5.捕まえろ!アンデッド魔王
白髪の男が出てきました。筆が進みました。
翌朝、マロンは早々に街に降り、何組かの冒険者のために祈り、相変わらず魔王ヴェルデの新しい目撃情報が無いことを確認し、食事を取りつつアルマと合流した。
「昨日言った今日の授業のことなんだけどさ、やっぱり危ないから中止にしない? 今日は昨日の反省点を生かして自習ってことに……」
スープに固いパンを沈めつつコソコソ話す。怪しい取引などしていないが、なんだか後ろめたい感じがしていた。
「えー? 魔王探しのほうが面白そうだからついていきたいし、もし倒せたら賞金欲しいし……」
アルマはにやけた顔で返す。相変わらず豪気な子だ。命懸けの稼業に単身飛び込むだけはある。金のためなら蜂や熊の巣穴にも飛び込んでいきそうだ。
「本当に危ないんだよ」
「賞金を独り占めしようったってそうはいかないよ。それに危ないなら一人でも人がいたほうがいいでしょ」
「でもね、僕は賞金目当てでやってるわけじゃなくてね」
コソコソしながら食事を終える。再三確認をとると本当に魔王探しに行きたいらしいアルマに「しつこいよ、行くったら行くからね」と言われる。今までは特に守銭奴らしい一面を見せて来なかったが、一攫千金のチャンスを得られるとなったら豹変した。生け捕りにした場合は賞金は得られるのだろうか、とマロンは少し考えた。あまり期待をさせるのは悪いから村を出たらすぐにでも言うべきかもしれない。
「ねえ! 今日は何も依頼受けてかないの? 薬草取りの仕事あるよ!」
宿屋から出て行こうとすると、冒険者ギルドの受付が声をかけてくれる。この時間は人がいないので暇なのだろう、のんびりしていればいればいいものを、仕事熱心な人だった。
「今日は魔王探しに行くんです!」
「へえ! えっ! それならもっと人数いたほうがいいんじゃない!?」
マロンは頭を抱えた。アルマの口を止めておくべきだったかもしれない。出てしまったものはもう止められないから、また何か口を開く前にマロンが言葉を引き継いだ。
「そういうわけなので、今日はこっちに集中します」
「あっ……そう、気を付けてね!」
マロンはあのギルドの受付とはこの街に来て以来の付き合いである。マロンが冒険者を止めようか悩んでいた頃はみっともないところを見せ、休業中ということにしたほうがいいとアドバイスを給わるなどした。宿屋の入口で祈禱師をやる許可もその時にくれた。その時と変わらず働き者だ。
今は修道院に間借りしているわりに修道士にならず町に降りて来たり、休業中と言っているわりにアルマと組んで先生まがいのことなどしたりしている妙な奴と思われているらしいが、マロンの法願士――今はほぼ祈祷師としての実力は買って貰っている。彼には嬉しいことだった。
「まず、アルマさん。一つ大事な約束をして欲しい。魔王には絶対に攻撃はしないで」
「えっ、なんで? 討伐じゃないの」
本当に魔王探しについてくることになったアルマに、街の外に向かいながらついてくる条件を付ける。
「討伐じゃない。ええと、生け捕りって言うのかな、そういう約束なんだ」
「えっ、誰と」
「内緒、でもすぐにわかると思う。僕についてくるなら、約束は守って」
アルマが地の精と話をすればすぐにわかるだろう。いう必要は無い。上機嫌に道案内をしてくれている姿は、彼女にもきっと見えている。
「防御魔法は?」
「相手が攻撃してきたら、やむなくね。でも絶対に攻撃はしないで。駄目そうだったら僕を盾にして」
「えっ、盾て」
「相手は魔王だよ。舐めてかかったらだめだ」
「そんなもんをなんで生け捕りにしようっていうの」
「そういう契約なんだ。それに、ヴェルデは死体から死体に乗り換えるっていうから、生け捕りにしないと別のものに移られるかもしれない。仲間はもういないらしいけど、山の獣に乗り移られたら面倒だ」
「あっ、なるほど! あったまいい!」
マロン得意の口から出任せだったが、アルマは納得してくれたらしい。森の境を超えると植生が変わり、だんだんと茂みも深くなってきて、歩くのにも苦労するようになる。
魔王ヴェルデは今、山境にある人が入り込まない場所に居るらしい。地の精は人の事情を顧みず、平気で黄色い花々が咲き誇る低木の中を突っ切らせようとしてくる。
「アルマさん、ついてこれてる?」
「いけてる! なんで地の精が道案内してるの? ……そういう約束?」
マロンはかつてアルマに「精霊と出来ない約束はするな」と言った。今の自分はどうだろう、彼女の目を見て同じことを言えるだろうか。マロンは足元の藪を思いっきり踏んだ。この山を下りたら新しく頑丈な靴が欲しい頃だ。
「そう、精霊との約束。巻き込まれたくなかったら今からでも戻って」
「やだ!」
「賞金も出ないかもしれない」
「えっ、でっ、でも、今更この道なき道は、ぅえぶっ、戻りたくない!」
「それはごめん」
お金の話が出て初めて躊躇いの様子を見せるが、断りはしない。たとえ話している途中で藪の先が口に入ったとしても。見上げた冒険者精神だ。
「ごめんついでに、地の精に頼んでもうちょっと歩きやすい道にしてもらえるように言ってくれる? 気まずくって」
「うっ、ん、わかった」
後ろで額に枝をぶつけたらしい、痛そうな音がする。マロンとは同じくらいの背であるはずなのに、よくぶつける子だ。一旦止まってアルマが地の精にお願いをすると、ざわざわと音を立てて道が開けた。マロンはたった一言で地の精に言うことを聞かせた彼女に対し、埋めがたい才能の差というものを感じた。
「この先に魔王がいるんだね」
「そうみたい。約束は覚えてるね」
「うん、攻撃はしない、防御に専念」
「そう」
それからは足元の注意以外は殆ど喋らず、杖をつき足元を探り探り、二人は魔王ヴェルデがいるという山奥に辿り着く。歩いただけで日は頂点まで登り、広がった葉の隙間から金色の陽光が差し込んでいる。
倒木が幾つかあり開けた場所の大きな木の下に、襤褸を纏った白髪の男が剣を抱えて屈んでいるのが見えた。
「わぁ……」
木々の合間から差す光の中、白い花と地精に囲まれ、アルマが感嘆の声を漏らしたのにも頷ける景色だった。彼らが眺める男はまだ闖入者には気付いていないらしい、穏やかに眠っているように見えた。
「もうちょっと待ってみよう、いきなり起こしたら悪いから」
マロンは地精に彼を起こしてもらえるようにお願いをした。地精はマロンのお願いを一切無視した。
「……わぁ、みんなあの人に夢中や。全然聞かんね」
アルマの指摘通り、地精は皆彼のほうを向き、彼の眠りを守ろうとしているかのように見える。アルマが頼めばなんとかなるかもしれない、とマロンは思ったが、危険なことには巻き込みたくないのでやめた。ここまで連れて来ておいて、マロンは何を考えているんだろう。
「ねっ、あの人本当に魔王なの?」
「そうらしい。僕は行ってくるから、君はここで一旦待ってて。危ないと思ったら全力で逃げて」
わかった、という応答の声を背に、マロンは彼に歩み寄る。足音を隠す余裕はないが、彼が起きる様子はない。
ギルドの情報では長いと聞いていた髪は肩口で大雑把に切られ、伏せた白い睫毛の下からは葡萄色の目が覗く。
「おはようございます、……ヴェルデ、さん」
声を掛けると、葡萄色がゆるやかにこちらを向く。かっと目を見開き剣を振った。なんとかしゃがんで初太刀を躱すも、杖の柄はばっさり切られた。
「待って! 話を……」
立ち上がり、振り下ろそうとした剣が途中で速度を落とし、ふっと頬を掠める。日の光を照り返す剣は錆臭く、こちらを見下ろすヴェルデの表情は逆光で伺い知れない。
「ああ、お前か。俺を待ってる奴ってのは」
欠けた刃の切っ先を杖で逸らし、立ち上がろうとするマロンにヴェルデは剣を突き付ける。首筋を剣先で撫で、喉を晒させる。
「なんのつもりだ、どいつもこいつも。俺に何を期待している」
不快感を露わに、威嚇するように下顎の歯を晒す。
「干上がりし水精、地の精の庇護者だったものが、どうして魔王などと名乗っている」
マロンは頭の中であらかじめ用意しておいた台詞を読み上げる。
「あ?」
苛立たし気に目尻をぴくぴくと痙攣させる。剣が喉から落ち、マロンの胸を指す。ヴェルデは頭を抑え、白い髪をばりばり掻き毟った。
「ぐっ、お、お前もっ、このっ、地精どもと同じようなことを……」
「聞いたことを言ってるだけだ。君の今までの事情は知らないけど、僕も彼らと約束した」
マロンはボロボロの剣を掴み、正中から逸らした。彼が腕を動かせば指が落ちるかもしれないが、ヴェルデが話を聞いてくれることに賭けるほかにないと考えていた。
「僕は君の味方になる。絶対的な味方にならなければいけない。僕はマロン・メルラン、先祖といまここにいる地精に誓って、君を守る」
「何を根拠に! そんな、戯言を」
「このあたりの地の精に聞いた。僕は君を、君のあるべき姿に戻さなきゃならない。彼らにそう誓った」
ヴェルデは借り物の頭を掻き、あまりの頭痛に剣を取り落とした。
「あぐっ、あっ、あるべき姿? うぐっ……、くそっ、雪の奴といい山の奴らといい、妙な事ばかり押し付けて……今度は人間か! 大人しく殺しにくればいいものを……!」
マロンは剣を拾い、ヴェルデに返そうと差し出した。
「僕ら人間は君達精霊に役割を押し付ける。君に魔王を押し付けたのは誰だ? どうやって君は今の君になった?」
「馴れ馴れしいぞ、近付くな!」
礼も言わずに剣を奪い取る。薄く切られて手袋を裂いて血が流れる。マロンは魔術で傷についた泥を流し、肌を繋いだ。ここまで滞る事無く一繋がりをいつも通りに行えている。程良い緊張感を保てている。マロンは落ち着いて次の手を探る。
「今、喋る必要は無いけど、いずれは話してもらうことになると思う。夜半の暇つぶしにでも」
「夜だって!?」
今の手はまずかった、とマロンは言った後で自覚した。道中とかにしとけばよかった。何のつもりで夜なんて言ったんだろう。ヴェルデは後ずさりをし、背を木に付けた。
魔王ヴェルデって剣使いなんだ、とマロンはその姿を見て改めて感じた。そういう情報は回って来なかった。
「何のつもりだ、お前、勝手なことばっかり……」
「君を元の姿に戻す。そのために君と一緒にいる必要があるならそうする。君の姿を紐解いて、君がなりたいものを探す。君は長く生きていたから、随分あちこち回らないといけないだろうけど……」
「うるさいっ、初対面のくせにずけずけと、勝手に他人を人生設計に組み込んで……」
確かにそうだ。マロンは彼の正論に思わず口の端を引き結んだ。これで笑ったつもりらしい。
「僕だって、地精たちがすべて正しいことを言っているとは思わない。でも彼らと約束してしまったから。僕に必要なのは、君がどんな人生を辿って魔王に成ったのか、君がこれからどうやって生きて行くか、それを知る事だけ。そして出来れば、君が人に仇成さずに生きてくれればいいと思ってる」
ヴェルデは辛抱強く彼の話を聞いていた。魔王と呼ばれて以来、いや死体歩きと呼ばれるようになって以来、人と話すことが殆ど無かった彼は、耳鳴りのように常に聞こえる土精の声を掻き消すマロンの声を、少しばかり心地よく感じ始めていた。
「それに、君が水の精なら、僕は君に尽くさなきゃいけないから。僕の名前、マロン・メルランというんだけど……」
「だとしたって、俺はもうモンスターに堕した。ヴェルデ・フランが今の俺の名だ。精霊にも戻れないし、死ぬことも出来ない。生まれてこの方、俺は人を殺し過ぎた。とても人の世界では生きられないぞ。どうする?」
「確かに、君はモンスターだ。教会には入りたくないだろうし、指名手配もされてる。だから……」
マロンは一息吸うと、まじめくさった顔をして言った。
「真実の愛の魔法というのを、僕と試してみる気は無いかな」
「……は?」
この場に来るまでずっとざわついていた地の精が、一瞬だけ静まり返った。ヴェルデは緊張が一気に解けたように、口の端で笑った。
マロンのはるか後方で、アルマが口をあんぐりと開けていた。
魔王ヴェルデは死体を動かして活動するため、動かす死体によっては今のようにボーイズラブになります。今後の展開で肉体をなくすため、ボーイズラブでなくなる予定です。
今回の投稿はこの五回分で終わり、次回以降の投稿予定は未定です。せめてヴェルデの体が元のものに戻るまでは、書き進めたいと思っています。




