4.使いこなせ!一撃必殺
まず使いたいサブタイトルを考えてから中身を書いてていると、中と外が全く合わないことがあります。不思議。
翌朝、マロンはいつも通りに朝早く起き、開き続けるごく小さな虫食い穴を祈り縫い留める最中に、地精たちから魔王の情報収集をした。地精というのは修道士たちに負けず劣らず無口で、偏屈と言っていい。仲間内ではよく話し、噂話は遠くまで飛んで行くが、見知らぬ者――地精以外の他のすべてにはなかなか心を開かない。
魔王ヴェルデの話になると、彼らとの話は弾んだ。地精たちが彼の話をするときは何故か誇らしそうで、その理由を聞いていると、話は神話の時代にまで遡り、信心深い彼としては冒涜的と言えるような話題に至り、さりとて精霊が嘘を吐く理由もないため、彼は街に降るまで、珍しく饒舌な地精たちの話に耳を傾けていた。
「そうか、地精たちには自慢の姫様だったんだね」
今や水の世界の人々には魔王と呼ばれ、元の形は失われている。おそらく自分でも、己の元の形を覚えていないのだろう。
火精により干上がった地上。地の世界と風の世界が触れ合った時。死した水精、干上がったウミウマ。地精たちの守護者。歩く死体。役目を持ち、名づけられた精霊。そして今は、魔王。
「わかった。僕が彼を救うよ」
話をしてくれてありがとう、と言って彼らの代表の頭を撫でる。この約束は地精たちから話を聞いた報酬である。地精との契約は定期的な交流でもない限り、報恩も多いが基本的には高くつく。いつの間にかそういうことになっている。好奇心に身を任せた罰かもしれないし、彼にとってはチャンスかもしれない。ともかく、彼は安請け合いをし、命を賭しても履行しなければならない身となった。
ともかく、マロンの今後の行動は決まった。彼の物語は動き出した。
のんびり山道を歩いていたおかげで、街に着く頃には日が傾きかけていた。マロンは既に朝の仕事を終えて宿屋に戻って来たらしい彼女を見止め、申し訳なさそうに手を振った。
「おはよ、……おはようっていう時間でもないか。今日遅かったね」
「ちょっと話してたんだ。長話になっちゃった」
「へー。誰と?」
「内緒」
この時点で、マロンは地精との約束にアルマを巻き込むつもりはなかった。地精との約束で知り得たことをアルマに話せば、彼女もヴェルデを救う破目になるかもしれない。魔王を救うなどと外聞の悪いことを他人に知られたら、アルマの将来は大変なことになるだろう。
「今日は何する?」
「そうだね……」
今日はトープと会えていないので、立派な食事は食べられていない。昨日得た小銭で食事をとってもいいが、あまり腹は減っていないし、立派な仕事もするつもりが無い。今日はもう一人で森の中を歩くつもりはなかった。また地精と話すことになったらきっと長い念押しを食らうことになりそうだ。
「ヴェルデの新しい情報は?」
「ううん、無いみたい」
「そうか」
冒険者ギルドの情報もたかが知れている。地精のほうがよほど頼りになるが、彼らの長話に耐えられる人間はそうそういないから仕方ない――地精に愛されていると言っていいアルマでさえ、世間話などしないのだという。もぞもぞ喋っているように聞こえるだけでだいたいの意図を察知し、詳しく理解はしようとしていないらしい。
「帰ってきた冒険者を捕まえて、四属性付与をしてみよう」
「昨日薬屋でやったみたいな? あれを、人に?」
「そう。攻撃に回してみよう。剣を、巻藁でね」
攻撃は難しい。傷付けるべきものを傷付け、傷付けたくないものを傷付けさせない。冒険者に必須の技であるが、極めている人間は少ない。過ぎたれば敵だけでなく味方を傷付けることにもなりかねない。そういうことをアルマに滔々と話し、アルマはマロンの話を耳が痛くなりながら聞き、二人は宿屋に戻ってくる冒険者を捕まえようと戸口で待ち構えていた。
マロンもアルマも理論の説明に飽きてきた頃、都合よく、見慣れた三人パーティーがやってきた。トープが率いる風属性統一パーティーである。
「やあ、トープ。今日はもう帰り?」
「ああ。思いのほか収穫が無くてな。それならもう帰ろうという話になったんだ」
「例の魔王の関係かな」
「魔王の捜索に協力するか、もういっそ休みにするか、と考えていたところだ」
丁度いいタイミングだ。なんて都合がいい男なんだろう。マロンはトープの肩を軽く叩き、掴んだ。
「ねえ、トープくん。暇だったら一つ、協力してくれないかな」
「……悪いことなら、しないぞ」
今日のマロン・メルランの目つきはかなり悪かったらしい。後ろに立つアルマのにやけ面も悪いほうに働いたのだろう。
「悪いことじゃない。彼女の、法願付与の練習台になってほしいんだ」
少し風が吹く。グリがさりげなくサブルの前に立ち目線を遮り、足音の後にトープが返事をする。
「サブルくんはうちのダメージソースだから貸し出せないぞ」
「うん。だから魔力耐性の高い君に頼もうかと思って」
「最初から僕目当てだったか、しまったな」
「やってくれる? ちょっとの時間で済むと思うから」
街はずれのの広場に巻藁を立てる。ただの試し切りにしてはもったいぶった広さの端に陣取り、他のパーティーメンバ―二人はトープに付き合ってベンチに座って様子を眺めている。
「今からこの世界を形づくる四大精霊に呼びかけて、君の剣の一撃を至上のものにする」
「いざそう言われると恐ろしいな」
「仰々しい言い方しちゃった」
マロンは冗談めかして肩をすくめ、口の端を引きつらせる。トープは両手剣を構え、ぶんぶんと素振りをした。
「四属性付与はやったことある?」
「ないな。風と水と火の三つまでだ」
「リーチだね」
指折り引きつった口の端が元に戻る。それでどうしてこの場に留まっているのか、マロンには理解し難かった。彼には彼の事情があるんだろう。それ以上は踏み込まないことにした。話を終えたと判断したらしい、グリがマロンの視界の端で手を挙げた。
「はい、質問」
「どうぞ、グリくん」
グリは素直でわからないことはすぐ人に聞ける、勤勉な男である。授業をするにあたってこういう人間の存在はありがたい。
「地の精に呼びかけるなら、女の人のほうがいいんじゃないの?」
「迷信だよ。精霊に性別は無いし、相性は個人差だから。サブルさんも風の精と一番相性がいいでしょ」
「あ、確かに。でも実家にいたころはよく女子にモテてたし……」
「モテることと精霊との相性は――わからないな。機嫌取りの仕方は関係してるかもしれないけど……性別での相性診断はあてにならないよ」
話が長くなりそうになったので、グリには申し訳ないが返事は雑に区切ることにした。
こういう迷信は未だにある。火と地の精は男性だから女性の呼びかけによく応え、風と水の精は女性だから男性の祈りをよく聞くという。マロンの体感では法願使いの六割から七割に届かない程度にその法則が当て嵌まっている。誤差の範囲内だ。
「アルマさんは火の精と相性がいいし、今日は同時に呼びかける練習。精霊は必死に呼びかけて答えないことは殆ど無いし、ここは僕たちの法願を遮る誰かがいないからね」
願いをかけて届かないのなら、他の祈りのほうが強いからだ。嫌な言い方になるが、精霊たちの機嫌取りが上手い方が、戦いの場では勝利するだろう。
「邪魔するものが何もないこの状況は一番、今の実力が最大限に発揮できる。楽しんでいこう」
剣線上に誰もいないことを再三確認する。何もかも真っ二つになってからでは遅い。
「よし、やってみよう」
アルマは火と風の精とともに踊る。いつも通りに機嫌良さげに呼びかけ、歌うように舌を回し、言葉を紡ぐ。あたたかい風が吹き、トープが掲げ持った剣に力を与えた。
マロンの用意が終わるまで、歌はなお続く。剣は煌々と光り輝き、冷たい風と熱い炎が集まり、びゅうごうと吹き荒れている。
これではちょっと、ノリが良すぎる。マロンは早々に祈りを変えた。水の精はトープの身体を守り、地の精は自らを守るように。己の中の今ある魔力を総動員し、地の精に保護の魔術を与える――影響は少ないかもしれないが、無いよりましだ。水の精は問題なく働いている。これが失敗すれば、トープは乗りに乗った二つの精霊に挟まれ、破裂するだろう。
交わらない声調の終わりが一致したとき、トープは導かれるように剣を振り下ろした。
空気が裂けたような音がした。凄まじい風が吹き、辺りの木がバサバサ音を立てて葉を落とす。マロンは思わず目を細めた。アルマは杖をおろそかに、必死で外套を抑えている。後ろの様子は見えないが、グリが驚き叫んでいるのが聞こえる。
剣を振り下ろした地面には、大きな裂け目が出来ていた。風が一通り落ち着いた後、マロンは尻もちをついたトープのもとに駆け寄った。
「楽しんでいこう、とは言わないほうが良かったね……ごめん、怪我無い?」
「あ、ああ。俺のほうは、君が止めてくれたようだから。だが……」
広場の端から端まで大きく裂けていた。他の人間が居なくてよかった。世界の境界までは破れていないだろうけれど、地の精に祈っても元に戻るまでにかなり時間がかかるだろう。裂け目を造られた地の精は怒ってはいない。驚き、ちょっと引いている。一目で理解できる状況に対し、トープは自分の状況を冗談めかして言った。
「あっ、明日は筋肉痛かもな!」
「念のため、治癒掛けとくね。ごめん、今日はゆっくりして」
「うん、助かる」
アルマは自分が掛けた法願の影響で起こしたことを呆然と眺め、戸惑いがちにマロンと目を合わせた。
「今日の授業はここまでにしよう、見ての通り上手くいってる。いき過ぎているくらいに」
「あっ……! うん! でも、地面直さんと……」
「次は調整を学ばないとね。いつものことだけど。継ぎの魔法、今から教えるね……」
マロンは疲れてたのに付き合わせてごめん、と雑な謝罪をした。地面に開いた裂けを治すという申し出はアルマへの授業を理由に断り、トープのパーティーと別れた。
裂けた地面を二人で直しながら、今回の一撃の反省をする。ほとんどマロンの説教である。
「君の法願が強すぎたんだ。火と風の精も乗り過ぎてた。あれじゃトープくんの身体が持たないから、僕は止めた」
「なんでわたしのほうは止めなかったの」
「今日は授業だから。トープくんには悪いけど、止めちゃいけないと思った。今後のモチベーションにもなるし。でも、手加減は覚えたほうがいいかも。今日は二つの精霊を、剣の威力に掛けたでしょ。二つ以上の精霊にかけたときは威力が相乗して、その法願をかけた対象以外が破綻――人間の場合は破裂することもあるから」
「破裂!?」
「そう、破裂」
アルマに手を止めないように注意する。マロンは法願の技巧ではそれなりの腕前であると自負していたが、地精に関してはアルマの言うことの方がよく聞いてくれる。彼女が指示する手を止めれば、広場の端が元通りになるのは夜遅くになるかもしれない。
「わたしら、怖いことしてたんだ」
「みんな日常的にやってることだけどね。今回は度が過ぎたんだ。実験ってやつ。四精法願は危ないから、今回僕がやったみたいに、別の目的にもっと細かく指示を出すんだ。今みたいな剣の威力に全てを掛けるみたいなことは、儀礼用をちょっと越しただけなら大丈夫だと思ったんだけど――予想以上に凄かったや」
先程のアルマの法願を思い出し、マロンは。彼女は自分よりも優れた魔法使いになるかもしれない。旅路には頼もしい仲間になるだろう。
「もし僕と君の力を合わせて全力が出せる相手は、死んでもいい相手か、耐えられるように作られたものくらいかな」
「わあ、ヤバい」
「そう、ヤバい」
顔を見合わせてにっこり笑い合う。この程度のお茶目で作業は止まらない。
「一回使い切りなら一発で済むけど、戦闘の場合はそうもいかないから。周りの様子を見ながらやるものだよ」
「そっかぁ、そうだよね……」
「さっきの威力を常にやろうと思ったら……そうだね、例えば今逃走中の魔王、“死体の王”ヴェルデなら、間違いなく大丈夫だろうね」
「えっ、なんで今魔王? しかも最近はやりの。もしかして何か企んどる?」
「うん。ちょっと」
「今まで野心を見せて来なかったけどついに……?」
「そんなんじゃないよ」
反省会が一通り終わった後でも、作業は終わらない。マロンのよく回る口は別の方向に向かっていく。
「ねえ、アルマさん。この世界は水の世界だけど、僕らは土の上に立っている理由。知ってる?」
「いきなり方向転換したね……うん。神話やろ。火の精が風と水の精を干上がらせて、地の精に止められた話」
「そう。よく一段を一行にまとめたね」
「それくらいしか覚とらんから」
「うん。確かに、そういう話だ。火の精が風の精を焼き、水を干上がらせ、地を現した。僕らはそれ以来水の世界ながら地の上に生きていて、干上がった水の精の生き残りがまだこの地上にも生きている」
マロンがこういう話をし、地の精から聞いた話をほのめかしているのは、アルマに旅立ちを察してほしいからだった。彼はさんざん婉曲的に野望を示したが、これからすぐ後の話ははっきり言うことにした。
「それでね、アルマさん」
「何?」
「明日暇だったら、次の授業は魔王探しに行こうよ」
「今日はやに話題急に変えるねえ! だから魔王の話してたのかぁ」
「どう、暇? 明日はいい仕事出そう?」
「うん。そりゃあ、魔王探しともなったら、何が何でも暇だけど」
アルマは顔を上げ、手を止めた。地の精は彼女が支持をしなくても勝手に働き、自ら地面を元の姿に戻そうとしていた。
「えっ、もしかして、居場所わかってるの? 地の精に聞いちゃったりして……」
「ううん、まだだよ」
死体の王と仇名されるだけあって、彼は地の精を強力に味方に付けている。生きているうちは水の世界に生きる水のものであるが、水が干上がった大地に生きる者は死ねば地に至る。名づけられた原初の精霊、ヴェルデ・フラン。今の彼は、彼のあるべき姿ではない。
我らを守った者を元の姿に戻すなら、彼の味方をするならばと、地の精はマロンに応えてくれた。
「でも、明日頃にはこっちに来るみたいだから。迎えに行こう」
地に顔を向けながら作業を続けるマロンの横顔を、アルマは呆然と眺めていた。
「変な事情抱えてたりする?」
「まあね。君だってそうだろ」
「う~ん?」
全く心当たりがないらしい。アルマは首を傾げて頭を絞ったが、何の答えも手掛かりも得られなかった。
日が沈む前に作業は終わり、二人はそれぞれの寝床に戻った。マロンはベッドの中で今更彼女を巻き込んだことに気付き、久々に悪夢に魘されずに夜を過ごした。




