3.探せ!薬草とか
着膨れでずんぐりむっくりになっている女の子が好きです。いっぱいご飯食べてあったかくして寝て欲しい。わんぱく万歳。
主人公のマロンは私が許容できる限度ギリギリのキモさを目指して描いています。栗毛大好き。
マロンとアルマとの出会いはおおむね二年前に遡る。
マロンが修道院で生活を初めて九か月程度が経ったある日、旅のパーティーに置いて行かれ一人途方に暮れているアルマの様子を伺った。彼女は夜が深まっても帰らないパーティーメンバーを待っており、明かりが落ちてから自分が置いて行かれたことを悟ったらしい。宿の女将と数名の野次馬が見守る中、マロンがひとまずその日の宿賃を貸したことで今のような付き合いが始まった。
翌朝一番に心配になり、いつものルーティーンもそこそこに森の中の道を行き宿に向かうと、アルマは人でごった返す食堂で朝食をとっていた。自分の姿を見るなり慌てて雑炊を掻き込む彼女を見て、マロンは控えめに手を振った。
「もう取り立てに来たのかと思った」
「違うよ。昨日の今日でさすがにしないよ」
スプーンを握っていない方の手には割り印を捺された紙が握られていた。今日から早速、一人で立て直しを図るらしかった。
「マロン……さんは、冒険者じゃないの?」
「うん。今は休業中で、森向こうの修道院に仮住まい」
「区分は?」
「法願士。今はリハビリ代わりに祈祷師もやってる」
「へー、じゃ修行中なんだ」
「そうじゃない。間借りしてるだけ」
アルマはマロンの過去を知らない。マロンが冒険者を止めた理由を知らない。九か月前にこの場で起ったことを知らない。マロンは彼女になら何を言われてもいいと思っていた。己の自己否定に彼女を巻き込むつもりでいた。
「ごちそうさまでした。じゃ、行ってきます」
「一人で大丈夫?」
「駄目だったらそれまで! 祈祷を頼むお金はない!」
「そりゃあそうだろうけど、ちょっと考え無し過ぎるよ」
アルマはマロンが思っていたよりもずっと豪気で、彼が喋らない事情など推し量ろうとはしなかった。あまりにも潔過ぎる物言いに心配になったマロンは、数組のパーティーにおまじない程度の祈りをかけた後、今日ばかりは彼女についていくことにした。
「今死なれたら、宿代を返してもらえないでしょ」
「わ、今ちょっと稼いだのに。守銭奴」
「関係ないよ」
彼女が受けた依頼は見回りとモンスターの駆除だった。
愛らしい表情と人懐っこい態度、丸い顔にはそぐわず、彼女の魔術は苛烈だった。攻撃の炎は素晴らしい威力だったし、今まで見た魔法使いの誰よりも地の精を上手く扱っていた。しかしながらアルマの魔術は方角という概念が無かった。マロンが風の法願で補助をしなければモンスターに当たらない。しかし威力ばかりは素晴らしいので、当たれば一撃必殺、当たらなければ地が酷く抉れた。今回は定期的な駆除依頼なので、死体を残す必要は無い。いずれも地を這うモンスターはほとんど霧消していて、他の何かに生かす事は出来そうになかった。
何とか二人とも生きて帰り、ギルドで依頼料を受け取り、アルマに宿代に少し色を付けて返してもらった。マロンがほぼ一文無しで、お釣りを用意できなかったからだ。
「マロンくんさ、攻撃に魔法使っとらんかった? 不良なんだ」
二人は宿で夕飯も食べることにした。マロンには久しぶりの夕飯で、焼いた骨付きの肉も付いた豪勢な食事だった。
「僕は修道士ではないし、修道士であっても、モンスターに攻撃してはいけないって決まりはない。それに僕は君のはちゃめちゃな炎を誘導しただけ。君っていつもそんな感じの、……無秩序な感じの攻撃をしてるの?」
「うん。……それで追い出されたのかも」
「だろうね」
アルマはパンを掴んだまま神妙な顔をして、マロンのほうを見上げた。腕は皿を抱えたまま、頬をリスのように膨らせてもぐもぐと動かしている。
「新しいパーティーを探すのは、魔術のコントロールを学んでからのほうがいいよ」
「そうかも。……ね、一緒にパーティー組んでくれる?」
その申し出に、マロンのスプーンを握った手がビクンと震えた。パーティー。おおむね三人以上で徒党を組み、モンスターの討伐なり、滲出した材料なり、付随した名誉なりを取りに行く。彼には久々に聞く響きだった。
「そ、れは、その……」
今日は急を要する事態かつ日帰りできるくらい近場の依頼だったからなんとかなったが、まだ冒険者と呼べるほど遠くに行くのは駄目だ。無理だ。身体が震え、精神が硬直する。彼女の提案を聞いただけでこの始末だ。
「ごめん、今は出来ない。お肉あげる」
「……いいの? あ、修道士は肉食べちゃだめなんだっけ」
「そういうわけじゃないよ。僕は修道士じゃないし。スープの肉は食べてたから。おいしかった」
「じゃ、遠慮なく」
「魔術を教えるのはちょっとだけなら、出来るから。遠慮なく頼って」
「魔法の先生だ」
「魔法じゃなくてね、魔術。先生でもない。そもそも魔法っていうのは魔術と法願の二つの系統に明確に区別されるものであって、君も冒険者区分の法願士って区分を知ってるように……」
そうしてマロンの長い話が始まり、彼は昼間受け取った依頼の裏紙に鉛筆で色を付けながら、簡単な授業をした。夜が深まる前にマロンは宿を追い出され、暗くなった夜道を一人トボトボ修道院まで戻ることになった。
その後も運良く続いた付き合いで、二人は魔法の練習をすることになった。アルマは冒険者として一山当てることを目的としているらしいことを聞いた。しかしながらその試みは上手くいっているとは言い難い。何しろ二年もこの街に留まっているし、宿暮らしである。実家にいるよりは自由で金も稼げるだろうけど、一山は当てられていまい。
アルマの魔術の力量は素晴らしく、集中させれば目当てのところに当てられるようになったが、気を抜いたり気を良くしたりすると暴発する。教えれば教えるほど覚えていくので、マロンも楽しんで教えている。
彼女とマロンの意見が決定的に合わなかったことは一度だけで、それ以外ではおおむね良好な関係を築けていた。その顛末はこうである。
ある日、山にほど近い場所にまで足を延ばし、案の定モンスターに出くわした時のこと。強い熱風に煽られて、アルマが普段から念入りに引き結んでいた二重の外套の内側から、丸く輝く硝子瓶が覗いた。
「……見た?」
炎がモンスターをこんがり焼いてすぐ、アルマは外套の襟を戻し、マロンの視線からそれを隠した。
「火の精だね。どうやって閉じ込めてるの?」
アルマはマロンの純粋な好奇心の問いに、ためらいがちに聞き返した。
「これ、そんなに珍しい?」
「うん。聖都でしか見たこと無かったし、仕組みは最後までわからなかったから。どれくらいそこにいるの?」
「マルボロは、わたしが五歳の頃からの付き合いで……ずっとここにいる」
彼女の一言で、マロンは本来奔放なはずの火の精が長く瓶の中にいる理屈を理解し、夜にだけ点く聖都の街灯の仕組みの可能性を一つ潰した。
「……そうか、精霊に名前を付けたのか。だから火の精が、大人しく瓶の中にいるのか……」
その声色の険しさに、アルマは冷や汗を一筋流した。
曰く、寒がりな彼女は、マルボロと名付けた火精がいないと普通の人間のように生きられないという。
「君は寒がりって聞いてたけど、そんな……火の精に名前を付けるくらいなの?」
「うん。小さい時から、ずっと」
彼女は幼い子供がするように、俯いて外套の裾をぎゅっと握った。
「もう知ってるかもしれないけど、一応修道院に間借りしてる身だから言っておくね。名前を付けられて、それを受け入れた精霊は存在が固定されて、もう他のものに生まれ変わることは出来ない。約束を反故にされた精霊が、君を傷付けることだってある。だから精霊に名前を付けちゃいけないんだ」
「……知ってる」
かつて同じ説教を受けたことがあるのだろう。マロンは型通りの説教を止め、放って置かれたモンスターの死体をアルマの鞄に詰めた。
「僕も黙っているよ。だからせめて君の命尽きるまでは、大事にしておいて。これからは精霊と出来ない約束はしないこと」
「うん、わかってる」
それきり、マロンは名付けられた火の精について一切触れていない。
さて、話はそれから二年ほど後、つまり現在に戻る。今は山の中、マロンは物へのエンチャントの講義をしていた。
「物へのエンチャントは保持以外にも効いて、特に火属性と風属性は単純な攻撃にも転用できる。いつも火をバーってやってる感じで」
「サブルちゃんが剣にやってるみたいな感じの?」
「うん。そういうやつ」
「じゃ、実際にやってみよう」
アルマは目を瞑り、息を吐いた。次に目を開いた時には、明るい茶色の目がきらきらと輝いていた。魔力が全身に行き渡っているのが見て取れた。
「先ずはナイフに付与、法願、植物の保持を祈りながら切る……」
手順を復唱しながら薬草を切る。切断面は植物自身が切られたことに気付いていないように瑞々しい。
「できるじゃないか」
「ふっ、普段感覚的にやってたみたいだからからさ、体系的には知らなかったし」
「僕だって体系的にはやってないよ。今の説明もすごく感覚的だったし」
「コツを掴んだって感じ」
血止め草をぐっと握り込む。薬草は台無しになったが、すぐ後で煮込む分には問題ないかもしれない。マロンは大目に見ることにした。
「早く仕舞って次取ろうね。同じくらいのをあと十五束だよ」
「うへぁ」
アルマは奇妙に唸り、手形の付いた薬草を腰の籠に突っ込んだ。次々と手際よく草を刈っていく彼女を見て、マロンも自分に課したノルマをこなす。彼女と同じだけの量、二人合わせて四瓶分である。
「教えたことなんでも出来ちゃうね」
今、アルマは自分が入る余地のあるパーティーを探している。得意の魔術に関しては気を付けてさえいれば当てたいところに当てられるようになったし、地の精との相性はマロンが見た誰よりも良い。どこに行ってもいいはずだが、運が無いのか未だに都合がいいパーティーは見つけられていない。
金を稼ぎたいならここではないどこか他のところ、より魔王の居城に近い東に行った方がいい。彼女の実力なら十分やっていけるはずだ。誰か彼女が信頼できる仲間が出来たのなら。
「最初よりうまくなってるかも……」
「そういうものだよ」
マロンは彼女にその提案を出来ずにいた。出来の良い生徒を、幸運を呼ぶ縁起物を失いたくないからではない。冒険というのは一人で行くのは危ないし、かといって自分が付いて行くことも出来ない。それでも移動だけなら一人で行けるだろう。アルマが入れるパーティーがあるなら、彼らとともに東のほうに行けばいい。マロンはアルマとの心地よいモラトリアムを楽しんでいた。しかしアルマはどうだろう? アルマが居なければ自分はかなり寂しくなるだろう。こうして人と喋る――一方的にまくし立てることもないし、魔法の授業をしに小さな冒険を繰り返すこともない。自分は彼女と出会ってからずっといい方向に向かっているのだから、彼女もいい方向に向かわせなければならないのではないか?
アルマと喋っていないと、彼女に関して悪い空想ばかりしてしまう。マロンは一足早く自分の仕事を終え、アルマが地の法願をかけながら薬草を切るのを見るのを眺めた。アルマはにっこり笑った。性根の豪気さも魔術の奔放さもにおわせない、愛らしい笑顔だった。
二人は早くに仕事を済ませ、ギルドの裏手にある薬問屋に頼み、魔法と共に薬草を煮詰めた。マロンは薬問屋の頼みもあって町の井戸の水精に祈り、アルマは風の精と共に踊った。余力があったので地精と火精にも協力を請った。
そうして出来上がった正八面体の魔力綺羅綺羅しい血止め薬四瓶は、故郷の家族に少々の仕送りができる程度の値段となってアルマの懐に入った。マロンの財布にも一夜の贅沢が出来る程度の分け前が入った。
「四属性付与、記念に一瓶ぐらい持っとけばよかったかも」
「ここにいて使う機会あるかな」
この街の稼ぎ所はモラトリアムを楽しめる程度の虫食い穴しかいない。ここにいる限り、血止め薬が必要になるほどの滅多な怪我はしないだろう。薬問屋には今度暇があったら魔力補給薬を作る依頼を出しておくと言われた。ノリよく作った血止め薬より、意図して作る魔力補給薬のほうが難しい。
「良ければ明日もこれの練習しようか。次は人に掛ける練習」
「わあ、飛んだなぁ」
「どんどん進んでいこう」
金は使う機会があまり無いので、結構な額になってきた。いざというときか冒険者に戻るときの復帰資金にしようと思っていたが、使う機会は果たして来るのかわからない。笑顔が可愛らしい自分の一番弟子であるアルマが旅立つときに、何か買ってやろうと考えていた。
「また明日!」
「うん、明日ね」
また明日。その言葉を噛み締めながら、マロンは街の出入り口で合流した修道士たちと帰路につく。
山道を踏みしめ踏みしめ、マロンと修道士たちは地精たちが妙にざわめいているのに気付く。初めに口を開いたのはマロンである。
「あの、失礼します。地精の動きが妙だと思いませんか」
「ああ、知覚している」
修道士たちは無口である。祈りの文句と他者との交渉以外、ほとんど口を開かない。無駄口を叩かない。だがこれは安全のために共有すべき重要事項だろう。マロンは控えめに修道士たちに聞いた。
「僕は冒険者ギルドで見たのですが、……御存じでしょうか」
「ああ。魔王の一角、ヴェルデが近づいている」
地精は多くを知っている。人間が感知し得ない遠くのことまで。人間の情報網は遠く及ばないが、今は追いついてマロンは近くにいる魔王の存在を知った。
修道院に戻り、修道士たちと慎ましい晩餐を取った後、マロンは自分に与えられた客間に戻った。今は誰も人がいないから、大きな部屋の隅を一人で使っている。一通りの装備を外し、シーツの中の寝藁を整えて潜る。マロンは眠り、明日に備えた。




