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2.祈れ!いつものように

 マロンが間借りしている修道院の信仰対象やシステムは現実にあるものとは全く違うものです。あらすじが間違っている。

 町に降り、修道士について道を行き、荷物を決まった商店に預ける。ここからは修道士と分かれ、マロン・メルランは冒険者ギルドに向かう。

 彼は現在休業中であるが、主に情報収集のために行く。世界の穴から湧き出るモンスターに関して、最も早い情報は冒険者が持って来る。あちらのほうには最近どういう種類のモンスターがよく出るだとか、新しい魔術がどうのだとか。ここ三年、彼が求める情報はこの街に来ていない。情報を自ら確かめに行ったこともまたない。

「いた! おーい!」

 時折、彼に仕事を振るものもいる。頼られるのは悪い気分ではない。いいことをすると特にいい気分になる。

「こんにちは、トープさん。今からですか?」

「ああ、丁度ね。君が来てくれてよかった。また法願をお願いしたくて」

「嘘だよ、トープったらもうちょっと待とうって言ってたから」

 彼ら三人のパーティーは時折マロンに声を掛け、風の精の加護を願うように言ってくれる。報酬は食事一回分。これで食べて行けているから、今日も彼らに会えてよかった。マロンはいつも通り、彼らと彼らの旅路に一番相性がいい風の精に、彼らの無事と冒険の成功を祈った。

「おっ、いつもよりなんかいい感じ!」

「リンゴの匂いが気に入ったんだって」

「へえ、今日サンドイッチ持ってるから? 林檎好きなんだ」

「今日はそういう気分だったみたい。今日は食べる前にちょっと待った方がいいかも、香りを飛ばしてあげて」

 トープの後ろの二人、グリとサブルがはしゃぐ。その周りで姿なき風の精が機嫌良さげに踊っている。この世界を構成する四大元素の精は、多数の人の祈りのほうが上手く通じる傾向にある。三人に、加えて一人。一つの目的のために、祈る人は一人でも多いほうがいい。マロンは、風の精に祈るのは彼らの流行りの韻律やら音調が毎日変化するために、少し苦手だった。今日も上手くいってよかった、と胸をなでおろした。

 改めて荷物を担ぎ直したトープが、そうだ、と声を上げた。

「掲示板は読んだか?」

「まだだよ。来たばっかりなんだから」

「あっ、それは悪いことをしたな。絶対に見ておくんだぞ。食事代はいつも通り僕につけておいてくれ」

「そうさせてもらうよ。ありがとう、気を付けて」

 いそいそと出発する三人に手を振り、マロンは建物の中に入った。

 冒険者ギルドはこの街一広い宿屋の一階に間借りしている。人一人いない丸机と椅子の群れの奥では朝の仕事を終え、夜の準備を済ませようと女将が奔走していた。これからまた一つ仕事を増やすことになる。出来るだけ早く済ませたほうがいいかもしれないが、先に掲示板を見ておく。

 トープの言った通りに、昨日の日付でギルドの掲示板に重要連絡が張り出されていた。

[パイライトの町北東部にて、“魔王”の一角・“死体の王(アンダーディガー)”ヴェルデが山間部へ向け敗走。逃走経路によってはカルボランの街にも来る可能性あり。現在の顔は長身痩躯の男、白く長い髪・現在は切られている可能性あり、葡萄色の目。]

 パイライトと言えば山向こうの多差路、交通の要所でけっこう大きな町だ。その近くに目立った虫食い穴は無いと聞いていたけど、そんなところまで魔王は何をしに来たんだろう。そんなところにまで魔王に入り込まれるなんて、人間たちは何をしていたんだろう。

 それにしても今朝から墓守は大わらわだったろう。苦労が偲ばれる。マロンは大きくため息をついた。情勢が大きく変わる。誰が休んでいようとお構いなしだ。彼も変わらなければいけない。

 トープくんのつけで、と宿屋の女将に頼み食事を取る。いつも通りなので慣れたものだ。女将にはたったの一日で顔を覚えられてしまった。陰鬱な顔色の客にも嫌そうな顔一つせずに朝の余りのパンとスープを出してくれる。パンをかじり、こんな穀潰しのようなやつにも好く応対してくれるのだから、支払い状況からしてトープくんはかなり信頼されているのだろう、と下衆の勘繰りをする。温かい食事で腹が満たされると余計なことも考えられるようになる。

 ふう、と溜め息を吐いて食事を休憩する。いつもならば朝の一仕事を済ませた元気なあの子が彼のもとを訪ねて来る頃だった。

 こういう他者との交流を当てにしている自分が嫌で、彼は考えを振り払うように首を振った。

「あ、いた!」

 つば広帽と杖がドアから覗き、鈴が鳴るような可愛らしい声が無人の宿屋に響く。聞き慣れた声に、マロンは飼い主が戻ってきた忠犬のように顔を上げた。

「アルマさん」

 羞恥に頬が熱くなるのを感じ、マロンはスープの中に目線を落とした。

 彼がアルマと呼んだ少女はどたどた足音を立ててマロンの前にやってきて、杖を抱いて正面の席に座った。がさがさと重ね着した布が鳴り、脚まで覆う外套の下にある装備がガチャガチャ音を立てている。

「まだごはんかかりそう?」

 つば広帽の下で燃えるようなブルネットが揺れている。瞳は明るい茶色で、いかにも火の精霊に愛されそうな色合いだと見るたびにマロンは思う。寒がりの彼女はいつでもケープ付きの外套を着ていて、いついかなる時も脱がない。

「うん。ごめん、すぐ済ませるから」

「いいよぉゆっくりで」

 アルマはよく笑う。ご飯を食べているときなどよく笑顔で見て来る。そんなに笑えるかと聞くと、衒いもせずに「うん。微笑ましい」と答えられた。パンをスープに浸して柔らかくする。こうなってはのんびり食事をしていられない。適当な世間話でお茶を濁しつつ、食事を口に押し込む。

「掲示板、読んだ?」

「うん、なんか大変なことになってるね!」

 魔王の敗走を“なんか大変なこと”で済ませるアルマの図太さに、彼は苦笑してスープを喉の奥に押し込み、さっさと立ち上がった。これもいつも通りだ。彼女が来たのですぐに席を立って答えるはずだったのに、今日の彼は考え事が多かった。

「今朝から下がなんか大騒ぎでさぁ、やっぱ魔王だもんね、普段虫食い穴から出て来るやつとは違うのかな? 普通のモンスターと一緒?」

「違うと思うよ、何度も死体を乗っ取って動いているから死体の王だし。それに彼以外の九人の魔王自体は、東の島にある城に陣取って、ほとんど出てこないらしいし」

 魔王に関しての情報は断定できない。この街で新しく入ってきた情報も“らしい”ばかりが付く。今回ばかりはマロンの饒舌も歯切れが悪い。

「じゃあなんで死体の王はあちこち歩き回ってんだろ?」

「城が無い、……彼の本拠地である城は確認されてないから、かな。城が九つあるから魔王も九人いるって予想らしいけど、彼は魔王と呼ぶには色々と外れ過ぎている。大穴が開いた当初にアンデッドを引き連れて攻め入ったから魔王って言われてるだけかもしれないし、そもそもこの魔王の存在自体が各地に伝わる“死体歩き”の伝承とも似ていて……」

「へ~ぇ……」

 話が長すぎた。引かれている。女将の視線が突き刺さる。食事をおろそかにして自分の知識をひけらかしている場合ではない。パンくず入りの冷めたスープを一気に飲み干す。体の中に野菜の出汁としょっぱい味が染み渡る。カウンターに食器を返し、女将に礼を言う。

「よし、行こうか」

 彼が戻ってくるより少し早く、アルマは席を立つ。二人は連れ立ってギルドの掲示板を見に行った。

「今日の授業何するの?」

「そうだね……物へのエンチャントってやったっけ」

「やってない! ……と思う」

「じゃあそれしよう」

 昼過ぎの掲示板は歯抜けである。たいていの依頼は朝一番に出て、都合がいいものから抜けていく。昼頃に出る依頼もたまにあり、先程のトープら遅出の冒険者やマロンのような計画性に欠く人間が依頼を受ける。今は遅出の人間すら出払っている遅い時間だったため、掲示板はかなり寂しい。

 今日は血止め薬の材料を獲る依頼を受けた。日持ちしない上に毎日それなりに消費量があるため、依頼が数日おきに出る。薬草の採取から始まり、裏手にある薬問屋で調合を頼み、出来上がった薬を持って来るまでが仕事である。限度はあるが、出来が良ければ良いほどそれなりの値段で買い取ってもらえる。呑気な彼らには非常に都合がいい仕事だった。

「いつもながら悪いね、付き合ってもらって」

「ううん、全然! マロン先生の授業楽しいし!」

 揶揄うように笑うアルマに引き攣った微笑を返す。彼女の言う授業とは、マロン・メルランがかつて頭の中に詰め込んだ不確かな情報を一つ一つ再確認していく作業のことだ。血止め薬は直接の関係が無い。

 アルマと初めて会ったとき、魔法を体系的に学びたいという彼女に、宿の一階で『魔法とは己の中の力を使う魔術と世界の力を使う法願に分けられ、そもそもこの世界は地水火風の四つによって成り立ち云々』という初歩から講義をしていたところ、人が集まり過ぎて追い出されて以来、彼女との会話は外で行うことにしていた。外なら人は集まりにくいし、迷惑にもならない。

「血止め薬なんてなくたってねぇ、魔法で塞げばいいのに」

「冒険者で、傷を塞げるほどの魔法の素養も無い人も多いだろ。あわてんぼうもいるし」

「うっ、わぁ、確かに」

 図星を突かれてアルマは呻く。マロンも彼女と同様に魔法で閉じればいいと思っている。しかし怪我をしているときというのはたいてい、魔術も法願も不足しているものだ。

「傷を受けているときに冷静な判断が出来る人間も少ないし。緊急時に対応できるものがあると心強いだろ」

 彼女はあわてんぼうで、マロンは心配性だ。

「そういえば今朝はどこに行ってたの? いつも通り?」

「いつも通り。他のパーティーさんの後ろにくっついて火とか投げて支援してた」

「合いそう?」

「ううん、魔法使いは足りてるから、今のところ大丈夫だって。組んで炎バーってするの楽しかったんだけどな」

 雑談をしながら薬草が生えている場所に辿り付く。二人して小さな草の前にしゃがみ、指を差しつつ話をする。

「薬草を摘む前に法願をかけるんだ、切ったとしても摘む直前の新鮮な状態を保っておくように。この血止め草の属性は?」

「風属性!」

「そう。わからなかったらだいたい水の精に祈っておけば大丈夫だよ」

「それって自分が水属性得意だから言ってない?」

「違うよ。……それもあるかも。今まさに僕らがいる世界は水属性だから、が主な理由だよ」

「へえ。ふ~ん……」

「君は地の精と相性がいいから、そっちのほうがいいかも。僕らが建ってる陸は文字通り地のものだから」

 アルマは誰にもわからないくらいに少しずれた外套の襟を寄せ直した。マロンはさらに話を続けた。

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