#1,事の始まり
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続きは未定
「讃えよ!勇者様が魔王討伐を果たし帰還した!道を開けよ!これは英雄の凱旋である!!」
王の住まう城へと繋がる道。そこに兵士の声が響き渡る。
道の両端には大勢の民衆がたむろし、歓声を上げながら手を振っている。
民衆の手と視線が向かう先に目を向けてみる。
そこにあったのは、この道の中央を通っていく1台の馬車であった。
2頭の駿馬が力強く足を踏みしめ、金色に輝く装飾が施された大きな馬車を引っ張っていた。馬車は重厚な音を立てながら、道の中央をゆっくりと進んでいく。
民衆はその光景に見惚れながら、歓声や拍手を送っていた。彼らは英雄たちに救われた恩人として、心から感謝していたのだ。
馬車の中には、英雄と称えられている4人の男女が居た。
民主の視線の矢面に立ち、朗らかな笑みを浮かべながら手を振り返している眼帯をつけた男は勇者と呼ばれる存在だ。彼は偉業を達成する為にリーダーとして仲間を率い、幾度とない苦難を乗り越えた。
その後ろに控えているのは、奥ゆかしさを感じさせる微笑みを浮かべる女性。聖女と呼ばれる彼女は、戦いで傷付いた仲間を癒し、幾度となく彼らの命を救った。長い旅路を経て帰還することが出来たのも、彼女の貢献が1番大きいだろう。
隣にいるのは、屈強な体格の戦士。背負っている大きな盾についている数多の傷からは、彼が旅の中で受けてきた苦難を感じられる。彼が仲間を護りきったからこそ、彼らは無事に国へ帰り着き目的を完遂した。しかし、歴戦の猛者である彼は、帰ってきても気を緩めることはないようだ。いまだ兜を脱ぐ気はない様だ。
1番後ろにいるのは、賢者という呼び名を持つ男。その名の通り、多種多様の魔法を操る彼が、最も多くの場面で活躍したであろうことは間違いない。何せ魔法の用途は、魔物以外にも有用なのだから。
そんな英雄達を乗せた馬車は、群衆の喝采の嵐の中を進んで行く。
彼ら群衆の困窮や苦難の主な原因である魔物は、街や旅人、農作物などに大きな被害を及ぼす。それら魔物を統べる存在こそが魔王───魔人の国の王であることは彼らの世界の常識だ。だからこそ、魔王討伐の報せに喜ばない国民などいなかった。
そのため彼らの熱気は仕方がないと言えよう。ただ仕方はないとは言え、あまりの歓声に、さすがの英雄達も少し呆気に取られたような表情を浮かべている。
が、大して気分を害することはない。これから先、王城に着けば楽しみが待っていることを知っているからだ。
そして数刻、彼らは目的地である王城に到達した。
◇
「いやぁ勇者殿!悲願の魔王討伐達成、おめでとうございます」
王城に到着した後、損耗が激しい装備や魔物の血で少し錆びた剣を、近くに歩み寄ってきた兵士に渡す。
そして服を着替え、部屋で少し待ったのち、彼らは大広間へと招待された。
そこで彼らを待っていたのは、勇者が魔王討伐を果たしたと聞きつけ上京してきた貴族たちと、豪勢なご馳走の数々。そしてそれを主催している王と王妃だ。
彼らの偉業の旅は、およそ5年に渡った。
その中ではもちろん、様々な問題があるわけで、そのうち最大のものが食糧難。
飢餓に苦しみ
毒に苦しみ
渇きに苦しみ
足掻いて
喰らって
食えないものも食って
腐ったものも食って
草を食って
土を食って
虫をくって
逆に食われて──────と、彼ら英雄達が食事に苦労した回数は両手では数え切れない。
そしてその旅が終わりやっとまともな食事にありつける。彼らにとってこれ程嬉しいことは無いだろう。
そんな食事会が始まると直ぐに話しかけてきた男。ブクブクと肥り、髪は禿げている醜いその男は、祭司を勤めている。
ただ、そこに伴う妥当な能力はなく、強者に媚びへつらって生きてきた。そうして今日もこうして勇者に話しかけているのだ。
対比と言う言葉が恐ろしく似合う状況だ。
余裕と苦難、筋肉と脂肪、強と弱。
そんな2人が並んでいるせいか、勇者としての当然か、その場の人の視線が集まる。
しかし彼は食うのをやめることは無かった。まるで気づいてないような立ち振る舞いだ。その多くの視線を見返すこともない。ただただ食っていた。
彼の眼中には入っていないらしい祭司は、控え目に存在の主張を繰り返す。が、帰ってこない反応に痺れを切らしたのか、再び声をかけた。
「あっ、あのぉ〜」
「ん?」
勇者が、ようやく男に気づいたらしく、振り返って男の方へ向く。眼中に無かった祭司を見る。そして眼帯を取った。
反応を貰えた祭司は、まるで褒められた子供のようにパッと顔を明るくした。が、それもすぐに一変することとなる。
彼は見たのだ。
己を眼中にないように振舞った男の眼差しを。
いや、眼中に無いという表現は正しくないだろう。
眼中に無いのではない。
眼球が、無いのだ。
勇者と呼ばれるその男。外した眼帯の奥にあるはずの目が、2つとも潰れていた。
「ひッッ!」
男の声を聞いて振り向いた勇者。その目を、目があったはずの虚ろを覗き込んだ男が小さく悲鳴を上げる。
遠くから眺めていた群衆達はその異変に気づかなかったようだが、この距離だ。声が出てしまうのも仕方ないか。
「そ、その……目、は?」
「ああこれ?」
その英雄の声は、明るかった。軽い調子の声を出している。
「これはね、そう。魔王との戦いの中で、ちょっとミスしちゃってね。両方無くしちゃったんだよ。はは、怖がらせちゃったかな?」
呆気にとられている祭司に、続けて軽口を叩く勇者。
「まぁでも、意趣返しに魔王の目もくり抜いたから、対等だよ」
「そうそう、これね」と懐から麻袋を取り出す勇者。その場にいた人間なら、言わずともその中身を察することが出来た。討伐証明の意図もあるのだろうが……少なくとも食事の場で出すものでは無いこと。そして、既に勇者は何処か狂ってしまっていると、人々は理解した。
勇者たちは、あまりにも違う世界に生きていたと、貴族たちは感じさせられた。
異常であるのは他3人も同様、この騒ぎになっても勇者の方をチラリと見ることもしない。まるでそれが己の使命であるというかのように、ただ食っている。
そして目を凝らせば、勇者と同じく多くの傷痕が。
聖女は、服の隙間から僅かに見える皮膚が火傷で爛れている。火を吹く魔物から受けたのだろうと簡単に想像出来るそれは、肉の焼ける音を想起させた。
戦士の傷で目立つのは、頬にある大きな傷。頬肉は大きく削れていて、骨まで到達したらしい部分からは欠けた歯が見えている。
賢者の足、巧妙に隠されているがどうやら一本しかないらしい。欠損してしまったのだろう。魔大陸にいる大型の魔物の中には、四肢のうち一本のみ齧り取った後に貯蓄する種がいるらしいが…。
とにかく、彼らの全身に刻まれたその傷の数々はその道程の険しさを感じさせた。
狂っていても仕方ないのだ。
死んでいなければ上々というもの。
それでも周りの貴族たちは目を背け、あるいはその傷を鮮明に想像し、顔を歪めた。
場は混沌であった。
◇
「ねぇ、それっておかしくない?」
勇者が帰還を果たした日の夜。
とある高級料理店のテラスにて、向き合って食事を待つ女性が二人。
そのうち1人は記者だ。有名な記者である彼女は、勇者の帰還を記念した立食会に呼ばれていた。もちろん魔王討伐と勇者帰還は、特大ネタ。立食会で聞いた様々な情報を精一杯整理している。
もう1人は、その記者の親友である女。記事が出せれば、給料が入ってくるのは間違いない!だから今回は私が奢るよ、と記者に言われ、高級料理店に奢られに出向いた。
高級店を奢るとは、随分と豪勢なことだと思うかもしれない。が、もっとも、彼女たちは数年来の親友で頻繁に奢り合う仲であり、その始まりは親友からの高級店の奢りだったことを考えれば不思議でもないだろう。彼女たちの習慣のようなものだ。
「何がおかしいの?」
メモから顔を上げて、親友にそう問う記者。
なんのことか検討もついていないらしく、不思議そうに首を傾げた。
「いやだって、変だと思わない?」
「だから何がよ」
「傷、だよ」
「傷?それの何が変なの?」
「だって、聖女がいるのに傷が残ってるなんて変じゃん」
親友が続ける。
「聖女っていうのは、神に癒しの力を与えられた特別な存在なんだから、ほとんど制限無しに癒しの力が使えるでしょ?連続で使うと疲労したりもするけど、あの癒しは古い傷跡すら治すんだから、傷が残るわけがない」
「そう?でも、それって決めつけじゃない?治せるけれど、本人の意思で残しているかも」
「そんなことしてもメリットは無いよ。それに賢者とかに至っては、足を欠損しているんでしょ?そんなの治さない理由がない」
「……何が言いたいの?」
訝しそうに親友を見つめる記者。
親友は、目を輝かせながら答える。
「これはボクの予想なんだけど、旅の途中で癒しの力が使えなくなったんじゃないかなって」
いやに親友の言葉が響く。少しの間、場に静寂が漂った。彼女をみると、癖のような薄笑いを浮かべながらも真剣な眼差しをしていた。冗談ではないらしい。
「……でも聖女の権威性は癒しの力によって担保されているのよ?使えなくなったら彼女の教会での立場はどうなるわけ?」
それに───
「それに、癒しの力が使えなくなったタイミングによっては魔王討伐の信憑性だって───」
「でもそう仮定すれば辻褄が合うじゃない?」
ワクワクが滲んだ声の親友。それに反し、記者は少し困った表情。
「あのねぇ、それってただの陰謀論じゃん。それにそんなこと言ったら教会に怒られ───」
「───でも、気になるでしょ?」
親友の言葉に心が揺さぶられているのを記者は感じている。図星だ。記者としての好奇心、探究心が湧き上がってきている。
確かに、聖女が傷を治せていないのは少し変と言えるだろう。それに、真実が知れれば記事のネタが出来るかもしれない。
「……まぁいいわ。じゃあちょっと調べてみる。」
自分の中で言い訳が出来上がってしまったものは仕方がない。記者は少し悩んだ後、了承の意を答える。
その答えを聞いた親友は、嬉しそうに微笑んだ。
そうして喋っているうちに、スープと肉が届いた。
銀のスプーンを持ち、スープを掬う記者と、皿を持ち上げグイッとスープを飲み干す親友。少し興奮しているようだ。
どうやら本当に、この小さな謎に興味があるらしい。隠れていた真実が面白味の無いものだったらどんな顔をするのだろう、とぼんやり思う記者。
そしてその心を読んだように、親友が口を開く。
「面白くならないことなんてないよ、ゼッタイ。ボク達で魔王討伐の真実を暴き出して、ガブリと噛み付いてやろう!」
そう興奮して言う親友。出された肉を手で掴み、がブリと咀嚼していた。
「行儀が悪いわね」
こうして事は、小さな疑問から始まった。




