表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/20

第四章 現代パート「地層のノイズ」

夜明け前、ホテルの窓から外を眺めると、東の空はまだ藍に沈んでいた。


都市の明かりと海の気配が溶け合い、遠くの水平線に白い筋が薄く伸びている。紫苑は呼吸を整え、黒いバッグを肩にかけた。中には折りたたみ式の地中探査レーダーと、小型ドローン、そしてイオナが夜を徹して解析したデータ。どれも旅の供物のように丁寧に詰められている。


【紫苑様。昨日の踏査で得た波形データを再解析しました。宮地嶽神社の巨石群――その地下二メートルの地点に、明瞭なノイズが検出されています】


まだ暗い駐車場に、イオナの声が静かに響いた。

紫苑はハンドルに手を置き、目を細める。


「異常? ただの鉱石反応じゃないのか」


【違います。波形は古代の鉄器や青銅器に類似しています。ただし自然由来ではなく、規則的配置を示します。偶然の埋蔵物ではなく、意図的な“結界”の痕跡と考えられます】


紫苑はハンドルを握り直した。

結界――その言葉に、背筋が冷えた。神域を守る仕組み。もしその中心に和真の「秘策」が眠っているなら……。

──────────────────────────────

森に囲まれた参道に着いたとき、空はうっすらと白み始めていた。鳥の声がこだまし、湿った風が葉を揺らす。

石段を上り、巨石群の前に立つと、紫苑はバッグから探査機を取り出した。アンテナを地面にかざし、スマートグラスと同期させる。


黒い断面図に光点が浮かび、螺旋を描きながら収束していく。


「ピ、ピ、ピ……」


音は一定のリズムを刻み、やがて結び目のような形を成した。それはただの反射ではなく、まるで意志を持つ記号だった。


「イオナ、見えるか?」


【はい。中心は巨石の真下。和真が“秘策”を封じた可能性が高いと思われます】


紫苑の呼吸が乱れる。目の前の岩はただの石ではない。千年の時を経てなお、光を秘めている。


巨石の脇に小さな洞穴が口を開けていた。地元では「岩屋」と呼ばれる。紫苑は懐中電灯を点け、湿った通路を進んだ。

空気は冷たく、滴る水音が耳に残る。壁面には古い刻線が走っていた。舟を漕ぐ人、星を仰ぐ人、魚を捕る人。宗像の海人たちの暮らし。


だが一つだけ異質な像があった。


胸を貫かれた男が剣を握り、その足元に幼子が立っている。


「……和真」


紫苑の声は洞窟に吸い込まれた。直感が告げる――これは和真の最期。そして隣の子は比古だ。


【解析開始】


イオナの声とともに、グラスに青い光が走った。刻線から仮想の文字が抽出され、符号と座標へと変換されていく。


【解析完了。座標は玄界灘の沖合――沖ノ島です】


沖ノ島。その名を聞いた瞬間、紫苑の胸に重みがのしかかった。

宗像大社沖津宮を祀る聖域。女性は上陸を禁じられ、島全体が神とされる。数万点の奉納品――鏡、勾玉、鉄剣、須恵器――が眠り、国宝や世界遺産として登録されている。


「イオナ……沖ノ島は、いま上陸できないはずだ」


【はい。神職以外の立ち入りは禁止されています。したがって、紫苑様ができるのは海上からの接近のみ。船で一定距離まで近づき、そこからドローンを飛ばして観測を行うのが現実的です】


「……なるほど。科学の眼は、信仰の境界を越えて届くのか」


【届くかどうかはわかりません。むしろ拒絶される可能性も高い。ですが、和真の痕跡が指し示すなら、挑む価値はあります】


紫苑はしばし黙した。

歴史学者としての理性が警鐘を鳴らす。だが心の奥では、これは「調査」ではなく「儀式」だと感じていた。

──────────────────────────────

その夜、港町の宿で紫苑は窓辺に立った。

外では漁船の灯りが点々と揺れ、潮の匂いが漂っている。イオナのホログラムがデスクの上に浮かび、翌日の計画を淡々と読み上げていた。


【船を手配しました。小型で揺れに強いタイプです。ドローンは二機、可視光・近赤外・熱の三波長を搭載。島の周囲を円軌道で飛ばし、地形と磁気異常を同時に測定します】


「干渉は想定しているか?」


【はい。高濃度の霊的エネルギーが機材を誤作動させる可能性があります。電磁遮蔽を強化しましたが、完全な保証はできません】


紫苑は頷いた。窓外の夜の海を見つめる。

暗闇の中に浮かぶ漁火は、古代の狼煙のように思えた。


「イオナ。もし、科学が拒絶されたら?」


【そのときは、耳を澄ませてください。記録は残せずとも、音は届くかもしれません】


紫苑は微かに笑った。

科学と祈り、理性と直感。その狭間に立つ自分を、いま確かに意識していた。

──────────────────────────────

翌朝。港に着くと、まだ薄曇りの空の下、海は穏やかに広がっていた。

船が滑り出すと、潮風が頬を打ち、遠くに沖ノ島の影が現れた。森に覆われた小さな島。その輪郭は不思議なほどはっきりしており、周囲の海から切り離されたように浮かんでいた。


紫苑は胸の奥でそっと言葉を紡いだ。

――和真。千年の時を越えて、いま僕はこの海に立っている。


【紫苑様。ドローン、発進の準備完了しました】


「行こう。科学と信仰の境界へ」


プロペラが唸り、銀の小さな機体が空へ舞い上がった。

船上で紫苑は風を受け、瞳を細める。潮の音と機械音が重なり合い、過去と現在がひとつの旋律となって響いていた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ