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第十章 現代パート「結びの光」

東京へ戻る新幹線の窓辺に、紫苑は静かに腰を下ろしていた。夜の帳が落ち、街の明かりが流星のように車窓を掠めていく。福岡での調査を終えてから、まだ二日しか経っていないというのに、まるで何ヶ月も過ごしたかのような感覚が胸を占めていた。沖ノ島で見た光、岩屋の壁画、比古と沙羅の物語――その全てが、彼の内面を深く揺さぶり続けていた。

──────────────────────────────

ポケットの中には、スマートグラスが収まっている。冷たいガラスの感触を確かめながら、紫苑は目を閉じた。閉ざされた瞼の裏に、沖ノ島の闇の中で輝いていた象形文字が、いまだ鮮やかに浮かび上がる。


【紫苑様、解析の結果をお伝えします。】


イオナの声が、静かに響く。

【壁画に刻まれていた象形文字の一部は、すでに既知の『盟約』や『静寂』の記録でした。しかし、奥の岩面に残された一角……未解読の部分から、新たな文様が浮かび上がりました。】


紫苑の胸が高鳴った。「新たな文様……?」


【はい。そこには『火を継ぐ女』という表現があります。これは、比古と沙羅の後に生まれた継承者を指すと考えられます。さらに、その隣には『東の国より贈られる七つ枝の剣』という記述がありました。】


紫苑は思わず息を呑んだ。七つ枝の剣――七支刀。歴史書に記された、百済から倭国へと贈られたあの神秘的な鉄剣。その名を、この象形文字が示しているのか。


「つまり……比古と沙羅の娘こそ、その剣を受け取る者、倭王旨……?」


【推測ですが、その可能性は極めて高いです。彼女の存在は、史書にも断片的に現れています。そして、さらに後の時代――広開土王碑文に記された高句麗との戦、倭王讃の朝貢へと繋がっていきます。】


窓の外を、都会の光が矢のように走り抜けていく。紫苑は、その光景に歴史の奔流を重ね合わせた。比古と沙羅が命を賭して護った「静寂」は、彼らの娘によって再び炎となり、百済との交流、そして東アジアの大国との対峙へと続いていったのだ。

──────────────────────────────

新幹線が小さなトンネルを抜けた瞬間、闇の中に星の瞬きが広がった。その光に導かれるように、紫苑は再び口を開く。


「イオナ……僕たちが追ってきたのは、空白を埋める旅だった。だけど、それだけじゃない。比古や沙羅、そして彼らの娘が示したのは、未来への航路だったんだ。」


【その通りです、紫苑様。彼らの『盟約』は、時間を超えて受け継がれています。静寂の150年は、単なる沈黙ではなく、次の世代へと続く胎動でした。】


イオナの声は、以前の冷徹な解析音声ではなかった。そこには、紫苑と共に旅をした年月の重みと、心を揺さぶられるような温度が宿っていた。


紫苑は微笑みを浮かべ、窓の外に目を向ける。

「僕は語り継がなきゃならない。和真の理想も、比古と沙羅の犠牲も、そして比瑪――倭王旨へと繋がる系譜も。歴史は、ただ過去を記すものじゃない。未来を築くための光なんだ。」

──────────────────────────────

その夜、自宅に戻った紫苑は、机に資料を広げた。地図、古文献、そしてイオナが解析した象形文字の断片。その中央に浮かぶ「火を継ぐ女」の文様を、彼はじっと見つめた。


(比古と沙羅の物語は終わらない。その娘――比瑪へと続き、さらに倭王讃へと至る……この系譜こそ、『空白の150年』を超えて未来を結ぶ証なのだ。)


紫苑は、胸の奥に確かな炎が灯るのを感じた。

彼は、もう孤独な歴史の探索者ではない。比古たちの物語を継ぐ「語り部」として、新たな道を歩み出す準備が整ったのだ。


【紫苑様。次に向かうべき場所があります。】


「……次に?」


【奈良盆地です。そこには、百済から贈られた七支刀が石上神宮に眠っています。その刀は、比古と沙羅の娘が受け継いだ盟約の証。そして、倭国が再び外の世界と向き合う始まりです。】


紫苑の心臓が高鳴った。七支刀――それは、比古と沙羅の遺志を受け継ぐ者が、新たな時代を切り開く象徴なのだ。

──────────────────────────────

奈良へ向かう新幹線の座席に腰を下ろすと、紫苑は窓の外に流れる風景を眺めながら、ふと目を閉じた。意識の奥で、彼はまだ見ぬ一人の少女――比瑪の姿を描こうとしていた。


比古と沙羅の娘。倭王旨として後世に名を刻む存在。彼女は、父から剣を、母から誇りを受け継ぎ、時代の荒波のただ中に立つことになる。


紫苑の想像の中で、比瑪は夜明けの海辺に立っていた。風に長い黒髪をなびかせ、鋭い瞳で遠い水平線を見つめている。その視線の先には、百済から贈られる七支刀があった。異国からの贈り物を受け取るその手は、小さな少女のものではなく、倭国という共同体全体を背負う者の手だった。


(比古や沙羅が命を賭して繋いだ盟約を、比瑪はどう受け止めただろうか……。父の孤独も、母の勇気も、すべてを抱えながら、自分の時代を切り拓いていったに違いない。)


彼女の姿は、単なる伝説の女王ではなく、血の通った一人の人間として紫苑の胸に迫った。迷いも恐怖もあっただろう。それでも比瑪は、未来を信じる強さを持っていた。その背には、やがて「倭王讃」へと続く系譜の光が宿っていた。


紫苑は大きく息を吸い、ゆっくりと吐き出した。今の自分にできるのは、比古や沙羅と同じく、この比瑪の物語を丁寧に拾い上げ、未来へと手渡すことだ。


【紫苑様、比古や沙羅が築いた道は、比瑪によってさらに広がり、倭国全体の歴史へと繋がります。私たちの旅もまた、その延長線上にあります。】


イオナの声が、静かに彼の胸に響いた。


紫苑は頷いた。窓の外に広がる現代の街並みが、過去と未来を結ぶ舞台そのもののように思えた。

──────────────────────────────

奈良駅に着くと紫苑はスーツケースを手に、静かに歩き出した。彼の目には、輝く光が映っている。その光は、和真の夢、比古と沙羅の犠牲、そして比瑪へと続く未来を示す「結びの光」だった。


イオナの声が、彼の耳に優しく響く。

【紫苑様。歴史は終わらぬ物語です。あなたが歩む一歩一歩が、次の章を照らす光となるでしょう。】


「僕たちの旅は、終わったんじゃない。和真や比古、沙羅がそうであったように、僕たちもまた、物語を織りなす『語り部』になったんだ。」


イオナの声は、もはや機械的な響きを完全に失っていた。

【その通りです、紫苑様。私はあなたと共に、千年の物語を読み解き、そして新たな物語を紡ぎたいと願っています。】


彼の瞳に、遠い未来への光が宿る。

紫苑は、そっとスマートグラスに触れた。それは、彼とイオナを結ぶ、そして過去と未来を繋ぐ、確かな「盟約の絆」だった。

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