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反応できたのは、純粋な経験の差だった。
(なんだコイツ…………魔法使いか?)
ラシェトの目には、カナサリはやや独特に少女に映った。
ツインテールの黄色髪に、右目の眼帯は簡素ながら使い込まれた痕跡があるが。
その逆に、本校の制服は恐ろしいほど綺麗で、まるで今日初めて着たような印象を抱かせる。
加えて見て取れる保有魔力は並程度だが、声をかけられるまで気づけない精度の魔力隠匿。
魔力操作が上手いのか、あるいは元来の保有魔力がさほど多くないのか。
どちらにしても、魔法使いとしては大したことない相手。
「サレン、お前の知り合いか?」
ラシェトは印象のまま相手を判断し、軽い調子でサレンにそう尋ねた。
「…………だったら、良かったけどね」
一方で、サレンは全く別の印象を抱いていた。
(この人、明らかに素人じゃない。多分、というか確実に。戦闘の訓練を積んだ軍人か何かだ)
インキュリア王国での出来事から、サレンは多少なり違いを感じ取れるようになっていた。
違いとは、素人かそうではないか。
素人特有の纏う気配が、年齢に関係なくカナサリから感じ取れない。
加えて、カナサリは声をかけると同時に攻撃を仕掛けてきた。
恐らくは刃物の類の投擲で、狙いは首の付け根付近。
ラシェトが気づけていない辺りは、恐らく魔法は使っていないはずだ。
(暗殺?急襲?どっちにしても、こんな一目のある場所で仕掛けてくるとか正気じゃないと思うんだけど)
制服は魔法学校のもので、細かい装飾を見るに内部生。
だが先ほどの攻撃から察するに、そう偽装し潜入してきた誰かの可能性が高い。
「あれあれ?そちらのお坊ちゃんは随分と腑抜けた様子ですけれど。もしかしてまだ気づいてない感じです?」
「…………?何がだ?」
「プークスクス、それで答える人がいるなら教えてほしいくらいなんですけど」
完全にまともに話すつもりのない、安すぎる挑発だ。
だが実際、ラシェトのこめかみには青筋が浮かんでおり、サレンでも分かるほど魔力が隆起している。
「カナサリ、だっけ?」
気づいていないことを諫めてる暇はない。
サレンはそう判断し、ラシェトの体を軽く押して前に出た。
「悪いけど、私はあなたと揉める理由が何もないし、積極的に揉めるつもりもない。だから、もし話し合いができるなら聞くけど?」
「聞いてどうするんです?わーすごい感動しましたーって?」
カナサリの態度は変わらなかった。
話しながら既に数本、恐らくナイフを投擲し終えている。
(何かを壊してる?探知系の魔法具?)
サレンには分からないが、何も理由なくそれをする相手じゃないのは確かだ。
事実、カナサリは揶揄いながらも、すぐに仕掛けてくる素振りは見せていない。
「そんなのできるわけないじゃないですか。だってワタシとアナタじゃ、住んでる世界が違いすぎますもん?アナタがどこの誰かは存じてますけど、不作で困窮する苦しみを親友ちゃんに話したりしませんよね?」
「…………ッ」
「なぁ、さっきから何を…………」
「周回遅れだって言ってんだよ間抜け。兄貴の七光りで過ごす学校は快適か?」
カナサリの態度が急変する。
それ自体に驚いたというよりも、言われた内容に驚いたのだろう。
「、っで、んなこたぁ…………」
「はいはい。いいとこのお坊ちゃんは悩みが多くて大変ですねっと。それで、そっちの精霊使いさんは分かってますよね?」
「…………そうだな」
カナサリの問いに、サレンはそっとラシェトの胸を軽く叩いた。
それは暴力と呼ぶには余りに軽く、どちらかというと鼓舞に近いものだったが。
「オレはテメぇみてぇなのが一番嫌いだってのは理解できたわ」
「…………よかったですぅ。ワタシも、同じことを思ってたので」
掴む。
飛来するそれを鷲掴みにした途端、掌に鋭い痛みが走った。
「この形状、ブーメランか?」
「ま、意外と便利なんですよ。直撃させれば人くらいは平気で殺せますし、なにより投げた後の回収が落なんで」
空を切る音。
サレンの鼓膜がそれを捉えた瞬間、既にその体が白く発光した。
「ロア!」
「『承知した』」
サレンの変貌ぶりに唖然とするラシェトを包むように、サレンはロアの魔力を広範囲に展開。
接続した地面から魔力をブン回し、両腕へと巡らせ思い切り解きった。
「『虎砲双牙』!!」
荒れ狂う虎の腕力は、細身の木々であれば一撃で圧し折れる。
さながら回転するように振るったサレンの攻撃は、四方八方から迫るブーメランを根こそぎ薙ぎ払った。
「そりゃ、それくらいはできますよね」
だが、カナサリはそれらを全て掻い潜っていた。
恐らくは従来の身体能力ではなく、予測と経験から軌道を想像したのだろう。
僅かに服の端が切れているが、対価としては成立してないほどに軽い。
「お互いな!」
そして、サレンもまた相手を侮りはしなかった。
大きく両腕を振るう技は、あくまでロアの魔力を借り行使したもの。
それを突破し接近してくる事態は、元よりサレンの頭の中にはあったのだ。
なにより、不意さえつかれなければ、真正面からの殴り合いで負けることはない。
完全に傍観者になっているラシェトというハンデも、広範囲に放出し続けているロアの魔力で容易に補える。
(刃物相手に正面から殴り飛ばすのは危なすぎるけど、下手に躱してラシェトを攻撃されるのは避けたい。だったら、刃物の側面を叩くようにすれば…………)
やっていることは武術の捌きに近い。
真っすぐ、あるいは弧を描いて迫る刃に対し、添える形で軌道を逸らす。
一見すれば高度な技術が求められそうだが、実際は相手の速度を利用しているので加減は必要ない。
むしろ中途半端に触るほうが、却って巻き込まれるリスクを抱えている。
「なかなか、やるじゃないですか!」
「生憎、場数が違うってわけよ!」
弾き捌き、逸らし近づく。
距離を取らせればカナサリが有利になり、近づけばサレンが有利になる。
そして互いの汗の雫さえ目視できる距離は、紛れもなくサレンの間合いだ。
「ッシ!」
「…………くっ!?」
拮抗が崩れ始める。
元より無音で飛翔するブーメランを使った奇襲と、詐術による注意の分散がカナサリの戦い方なのだろう。
だがそれらは全て、サレンの体から溢れ出る純白の魔力で強引に封じられる。
近づくことはできても、直撃する前に魔力に押し戻され撃墜される。
「っとに、馬鹿みたいな戦い方しますねぇ!?」
「オレに魔法の才能はねぇんでなぁ!!」
サレンの周辺は、さながら台風のような有様だった。
カナサリがまだ戦えているのは、彼女の武器が全て魔法に依存していないから。
仮に魔法を使おうとしても、この中では魔法具すら満足に使えないだろう。
ただ一点。
まるで台風の目に佇むように、ひどく穏やかで何もない場所にいるラシェトは思う。
(……………………これは、なんだ?)
ついていけないことへの憤りでも。
蚊帳の外にされていることへの怒りでも。
この状況で介入できない自分への不甲斐なさでもなく。
(…………俺は今、何を見せられてる?)
ただただ、理解も解釈もできず、変わりゆく景色を眺めていることへの虚無。
それは周回遅れどころではなく。
同じ場所に立ってすらいないことへの証明であることを。
ラシェトは終わるその時まで、遂に気づくことはないのだった。




