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シュラとイグナシアの魔法戦が始まる頃。
(…………全然進まない)
サレンは長蛇の列のなか、変化のない自分の位置にうんざりしていた。
トイレに向かった理由に深い意図はなく、ただ単に試合前に済ませておこうと思っただけで。
そもそも尿意どころか、急を要する段階ですらない。
それでも列から離れないのは、一試合目のアナウンスが聞こえてきたこと。
呼ばれた名にシュラがいたことから、とりあえず後回しにしてもらったと判断できたからだ。
(チラッと聞こえた感じ、トイレ用の魔法具の故障とからしいんだけど…………こんな時だから壊れたっぽいし、別に誰が悪いわけでもないし)
学校にある全ての設備は魔法具によって動作している。
そのため故障や不具合の類はたびたび起こるし、それはサレンの故郷である地方の農村だってあることだ。
この学校の場合、講義の一環で造形科が管理する箇所もあるとは聞いているが。
今回の学科対抗戦に駆り出されている生徒は、紛れもなく外れくじを引いたようなもの。
(他にもトイレはあるけど、ちょっとずつ進んではいるから離れずらいのがなぁ…………)
会場周辺にあるトイレは四か所。
それぞれ等間隔で並んでおり、歩いては行けるが会場の広さを考えると億劫にはなる程度。
加えて、列は完全に停滞しているわけではないのだ。
これのせいでサレンは判断を躊躇い、その間に列が進むという悪循環に陥っている。
「…………げ」
「…………あ」
目があった。
魔法戦は始まっているが、それを見ずに歩いている生徒は一定数いる。
退屈を紛らわすため視線を向けたサレンは、苦虫を嚙み潰したような表情の知り合いと再会を果たす。
「ラシェトじゃん。相変わらずニワトリみたいな髪型してんのね」
「…………そっちこそ、立ってるだけで粗暴さが滲み出てるのは変わらねぇなぁ」
ニワトリのトサカのような金髪に、胸に縫われたエンブレムには一匹のネズミが描かれている。
天体科一回生、ラシェト・アルゲスタ。
親友シルフィと同じ分校の、サレンにとっては因縁に近い間柄である。
「で、ここで何してるわけ?もう魔法戦は始まってるでしょ?」
「元人体科と人体科。どっちも生粋の魔法使いじゃねぇんだ。見る価値ねぇだろ」
「ていうか、ラシェトは魔法戦は出ないわけ?さっきの試合は出てなかったけど」
「俺は選ばれてねぇよ。お前や、シルフィとは違ってな」
そう吐き捨てたラシェトの顔を見て、サレンは少し間を取ってからこう提案する。
「少し、歩きながら話さない?普段滅多に会わないわけだし、色々聞きたいことがあって」
「別に構わねぇけど、トイレに行きてぇんじゃねぇの?」
「普通さ、女子にトイレのこと聞くの失礼だって分からない?」
「ケケケ、お前のことを女子だと思ってる奴とか、それこそお前ぐらいじゃねぇの?」
「…………ピヨピヨ野郎」
「誰がニワトリだって??」
適当に言い合ったのち、二人はゆっくりとした足取りで会場の周辺を歩き出す。
会場からはひと際大きな歓声が上がったが、それが何かは外からでは分からなかった。
ついでに、サレンの関心は自分の空腹の解消方法だった。
「学科対抗戦って出店とか出ないのかな?私、お腹空いたんだけど」
「出るわけねぇだろ。紛いなりにも講義の一環だぞ?そういうのは星覧祭でしかやらねぇし、学科対抗戦はこのまま夕方まで続くしな」
「マジ?じゃあいつ昼食とるの?終わったら?」
もしかしたら弁当でも支給されるのではと、軽く期待していたサレンは思わずそう尋ねる。
するとラシェトは意図を汲んだのか。
「アホか。普通に間で済ますに決まってんだろ。普通の学科は一試合ごとに出場生徒を入れ替えて、学科が用意した食事を一緒に取る。そうやって、全体の連帯感を高めてんだよ」
「…………なにそれ知らないんだけど」
「精霊科とかいう万年貧乏学科じゃ食事の支給もねぇのか。ケケケ、これはいい話が聞けたな」
情けない腹の音を鳴らしながら、サレンは大きく肩を落とす。
実際問題、サレンには昼食の用意なんてなければ、そもそも入手する手段すらない。
「ついでに、今日だけは食堂も全面的に閉鎖してるぜ。せいぜい飢えに苦しむといいな」
「…………アンタって、意外と肉付きいいわよね?」
「なんかすっげぇ嫌な予感がするけど。確実に俺は美味くねぇぞ」
覗き込む眼光が思いのほか真剣だったのもあって、ラシェトは半分くらい本気でたじろぐ。
するとサレンはわざとらしく息を吐くと。
「ま、いいか。腹が減ったくらいじゃ死なないでしょ」
「いや死ぬだろ普通に」
「それがそうでもないんだなー。特にここ一か月くらいは一日一食でも調子いいし」
「…………よくは知らねぇけど、お前もお前で苦労してんのな」
どこかしみじみと呟いたラシェトの横顔に、サレンは思わず口を噤んだ。
(いくらラシェトだからって、今朝お兄さんに絡まれたって伝えるのは悪い、よね?)
上流階級の家族関係について詳しくはないが、ラシェトとユダが普通の兄弟ではないことくらいはサレンにも分かる。
ただの無駄骨なら済む話だが、もし本当にそうだったら流石に気まずすぎる。
なにより、ラシェトに変に気を使われるのは、それはそれで負けた気持ちになる。
「話変えるけど、今日なんだか人の出入り多くない?さっきのもだけど、外部からの業者だよね?」
会場が静まり返った時まで、サレンらは複数組の業者とすれ違っていた。
植木業者に、食材運搬車、ガラス管を台車に乗せて運ぶ人に、よく分からない工具を持ち運ぶ人たち。
どれも平時なら見かけないどころか、そもそも内部で完結させている魔法学校においてはいるはずのない人たちである。
「あー、なんか聞いた話だと、学科対抗戦には多くの生徒が動員されるだろ?だからその隙に、溜まってた不備箇所を直しちまうんだと。毎年こうだって聞いてるぜ」
「そうなんだ…………ついでに精霊科の学舎も直してくれたらいいのに」
最後に軽く本音が零れたが、生憎とその予算があれば学科対抗戦には出場していない。
本当に困るところだけはトアという精霊科の生徒が直してるらしいが、今のところサレンにその実感は皆無だった。
「あぁ、やっと見つけましたよ」
知らぬ声がした。
サレンとラシェトは反射的に振り向き。
そして。
「っ!?なにすんだテメぇ!?」
「わーお。なかなかやるじゃないですか」
咄嗟に飛来するナイフを叩き落としたサレンに、声の主はクスクスと嬉しそうに笑う。
「別にアナタに興味はないんですけどぉ。邪魔するなら仕方ないですよね」
「人体科、か…………?」
「半分外れ。ワタシは…………って、これから死ぬ人に説明しても意味ないか」
サレンらより遥かに年下、もしかすれば中等部よりも下に見える少女は、深々と頭を下げると。
「カナサリ。名前だけ覚えて、そのまま揃って死んでくださいな」
その内側に秘められた猛毒を剥き出しに、そう嘯くのだった。




