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レゾルテアの兵科は狙撃手。
一般人が想像するような、単独で隠密行動をするものではなく、部隊に属し仲間を援護する狙撃兵である。
若く学生に見える容姿だが、その実年齢は三十を折り返しており。
南部戦線や北部紛争区域において、数多の功績を挙げている。
(…………さて。ここまでは想定内と見るべきでしょうが)
そのため、彼の扱う狙撃銃は遠距離ではなく中距離を想定したもの。
有効射程は三百メートルほどで、連射性能と整備の容易さを伸ばした特注品である。
(先の攻撃で傷一つ負わせられないのは、流石に想定外でしたね)
銃火器は、その扱いやすさに反して故障が多い。
それは魔法による強化や改善があっても、道具そのものが備えてしまった先天的な欠陥である。
故にレゾルテアは、もう一丁組み立てられるだけの予備のパーツを携帯し、万が一の際にはすぐに交換できるようにしている。
(こちらの弾丸が十二発のマガジンが四つに、小型の拳銃が一丁。こちらはマガジンがありませんので、可能ならば使用は避けたいところですが)
必要のないリロード、ボルトアクション式の外見、腰に下げたサーベル。
これら全ては、相手に考慮させる要素を増やすためにある。
(剣術では明確に相手が上。加えて、不意をついた連射でさえ弾く角度を間違えないのを見るに、直撃させるには相手の想定を上回る必要がありますね)
レゾルテアには、魔法の技術はない。
身体能力の強化は軍服に施された魔方陣で行い、銃火器での攻撃は全て武器の機構と技量で成立させているだけで。
シュラの困惑と躊躇いもまた、治安維持部隊としての技術の一つでしかない。
(こちらにある奥の手を、どのタイミングで切るか。判断に困りますね)
それでも、魔法学校に潜入している以上は、そこに適した装備は用意されている。
ここまで使ってこなかったのは、全ての盤面で効果的に機能するわけではないため。
だからこそ、レゾルテアは推し測っていた。
遅すぎても効果を損ねる奥の手を、いつどのタイミングで使うのかを。
そしてそれは、シュラも同じく考えていた。
(動かない、か。想像するに、連射数は八よりも上。それみよがしな装填と排莢は、こちらの認識を誤認させるためと見るべきだろう)
単なる人体科の生徒ならば、まず想定せずに済む可能性。
レゾルテアのやっているそれは、相応の実力がある相手を単独で倒すための工夫である。
必然的に、シュラは警戒心を更に上げる必要があった。
これができる人間が、いいところの家で生まれ育てられた御曹司なわけがない。
偽名を使い強者を騙っている可能性は、ここまでで見せられた技術を見れば疑う余地もない。
(以前、チョコ殿に言われたな。魔法使いとの戦いは、いかに相手の切り札を予見できるかにあると)
いわゆる、奥の手。
たった数回の攻防で枯れるほど、お互いに持ち合わせている手札は少なくない。
ましてシュラの場合、その一点においては絶対の自信があった。
(…………皮肉なものだな。よりにもよって、これに寄り掛かることになるとは)
ただしそれは、本人からすれば決して歓迎できない自信だったのだが。
少なくとも、レゾルテアを倒すという点においては有効なのは事実。
「───────さて」
向けられた銃口は沈黙を保ち、靴底の擦れる音だけが会場に聞こえる。
緊張と、静寂。
観戦する魔法使いたちは、普段の研究ですら意識していない唾の音さえ煩く思うほど。
濃密すぎる殺気の競り合いは、シュラがレゾルテアの周りを半周する手前で一気に解き放たれた。
すなわち、シュラが一気に接近を試みたのである。
(…………速い)
先ほどよりも素早く、そのうえで躊躇がない。
こちらの動作を盗まれたと錯覚するほど、シュラの初動はレゾルテアの注意を掻い潜っていた。
「ですが、やや遠い」
しかし、それはレゾルテアの迎撃網を全て掻い潜るほどではなかった。
一射にて十発。
シュラが難なく妖刀で弾いた時には、既にレゾルテアは再装填を終えていた。
「元々、早打ちには自信がありますので」
まさに電光石火の早業である。
レゾルテアの銃火器は連射するために改造されているが、排莢の機構だけはボルトアクション式を採用していた。
つまりは排莢を行うには、レバーを動かすという物理的な動作が必要になる。
無論、全てを自動で行う銃火器は魔法防衛局の中にも存在する。
だがレゾルテアは、敢えてそれを扱うことはしなかった。
外見での誤認を狙う目的以上に、彼は一連の動作に絶対の自信があったからだ。
「で、あろうな」
しかし、それはシュラとて同じこと。
彼も彼で、レゾルテアと同様に絶対の自信を持つ技術があった。
尤も、それを技術と呼んでいいのかは個人の判断によるものだったが。
「っ、!?」
「元より、単発式の銃火器を愛用しているのだ。それくらいはできると想像がつく」
思わず怯んだのは、レゾルテアへ目掛けて飛来する物体があったから。
それは、レゾルテアが投げ捨てた空のマガジン。
「だが、悪いな」
シュラがやったことは単純明快。
落ちているマガジンを、鞘で打ち放っただけ。
さながらゴルフボールのように飛翔するそれは、直撃すれば致命的な隙になることは確かであり。
少なくともレゾルテアは、シュラがそれを利用するという可能性を完全に失念していた。
(───────ここだ!)
故に、レゾルテアは防御と回避を放棄する。
奥の手。
追い詰められた今だからこそ、選んだのは相打ち上等にしか思えない特攻。
「『鉄よ、翻れ』!」
妖刀の間合いだ。
手元にサーベルがないはずの相手は、あろうことか詠唱と共に引き金を引いた。
距離は二メートルほど。
近いが当然、シュラは弾く。
「…………」
一瞬の沈黙。
放たれた三発の弾丸は、定めらた通りに対象へと直撃した。
「……………………なっ!?」
「悪いが」
直撃したのは、シュラの妖刀と、その鞘だった。
「それくらいであれば、拙者には当たらない」
銃火器から放たれた弾丸は、まるで鏡に反射するように、空中で軌道を変えたのだ。
レゾルテアの奥の手は、一定距離で垂直に軌道変更する弾丸。
本来の用途は回避した相手の、無防備な背中に叩きこむための代物。
そしてそれは、弾かれた場合でも問題なく発動し。
あろうことか、シュラは視線すら向けず完璧に対処してみせた。
「…………な、ぜ?」
奥の手が防がれた、ことだけでなく。
銃火器の銃身さえ切断されていることに、思わず驚愕の声が漏れたのだ。
「そう難しくない」
対して、シュラは告げる。
「防げたのは、単なる勘だ」
言い終えるより早く。
首にかけていたネックレスの魔石が、一筋の傷により粉々に砕けるのだった。




