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人体科二回生、レゾルテア。
学年と学位に関しては単なる飾りのため、この際は一切気にする必要はない。
重要なのは、彼がクライドラ王国の首都に配置された魔法防衛局の兵士であり。
主に暴徒鎮圧、危険因子の排除を目的とした、いわゆる公安に近い人間である点だ。
「銃火器?」
「ボルトアクションのライフル銃ね。アタシも詳しくはないけど、あの形状は単発式で、距離的には五百メートル程度じゃないかしら」
その在り方は、動物科など全ての学科に属する魔法使いとは根底から異なる。
多くの魔法使いが一子相伝の魔法を鍛え、後世に繋ぐことを目的にしているのに対し。
彼らの扱い方は、その魔法使いを殺すことに特化している。
「ホントなら反感を買う行為なんだけどね。魔法戦ってのは魔法使い同士の名誉ある競い合いであって、殺し合いの場ではないもの」
「そう、なんですか?」
当然、ライネを含めた殆どの魔法使いは武器を扱うどころか、触ったことすらない。
魔法戦は互いの安全を考慮した、ある意味では催しである側面が強いのが現状だ。
「そりゃそうよ。そういう血生臭い行為は貴族の嗜みじゃないって考えが主流だもの。特にクライドラ王国の魔法使いは大半が上流階級の出身。魔法でうっかり殺すことはあっても、明確な殺意をもって凶器を用いるのは品位を欠くって認識なのよ」
動物科との魔法戦でサレンが圧倒できたのも、相手が魔法使いという名の戦いの素人だからに他ならない。
どれだけ優れた魔法使いであっても、全員が戦闘に精通しているわけではない。
「相手はレゾルテア。確か若い時から南部戦線で戦果を挙げてる兵士の名前と一致してるから、きっとサレンを狙って魔法防衛局が送り込んだ刺客ってところかしら」
「…………勝てます、よね?」
「ぶっちゃけ、分かんないかな」
微かに震えた声で尋ねたライネへ、チョコは視線を外すことなく答える。
「シュラは魔法使いの中じゃ、席持ちの連中すら余裕で倒せる武力を持ってる。でもそれは、席持ちの中には戦いに慣れていない人もいて、それには勝てるって意味」
試合が始まる。
腰帯に差した刀を抜かぬまま、やや前傾姿勢でシュラが構え。
レゾルテアは滑らかな動作で担いでいた銃火器を構える。
「それに、この戦いはシュラに不利すぎるもの」
「間合いの話?」
「それもあるけど」
ホムラが問うた直後、開始の合図が鳴り。
ガギャギャギャギャギャギャンッッ!!
「ただ銃火器を扱うだけとか。絶対にありえないってだけ」
六発。
殆どタイムラグなく射出された弾丸を、シュラは抜刀した妖刀で弾き飛ばした音が鳴り響いた。
「やりますね」
「…………」
余裕そうにリロードを行うレゾルテアへ、シュラはゆるりと切っ先を相手へ向け息を吐いた。
(やはり、その見た目そのものが囮か)
先の六連発。
それはボルトアクションと呼ばれる、一発ごとに手動で装填と排莢を行う構造では絶対に不可能な行為だ。
加えて、マガジンを取り換えることなくリロードを行う。
これもまた、弾丸が消耗品である全ての銃火器においても不可能なこと。
(その形状を選んだのは、こちらに連発速度に限界があると思い込ませるため。対処でなく回避を選んでいれば、その時点で不利を背負わされていたかもしれん)
レゾルテアの扱う銃火器は、恐らく魔法による強化と改造が施されている。
その射程も威力も、装填数も連射速度ですら、普通の銃火器とは明確に違う。
もしかすれば、弾丸すら扱わず、魔法を射出するなんてことも起こりえる。
(咄嗟に構えて正解だったが、全てを外せぬと相手に悟らせてしまったのは失敗だったか)
チョコがシュラが不利すぎると言ったのは、レゾルテアの持つ可能性が余りにも膨大すぎるから。
これが名の通った銘家の魔法使いならば、その名前から魔法を推測し対処できるが。
こと人体科が招いた軍人の場合、明かした手札すら嘘の可能性まである。
「来ないのですね。近づかなければ、その刀は届かないと思いますが」
「…………そうだな」
加えて、間合いの有利は圧倒的に相手が上だ。
シュラが思考し躊躇している時間でさえ、レゾルテアは一方的に射撃を行うことができる。
「虎穴に入らずんば虎子を得ず、という言葉もある」
続けて三発。
シュラは大きく左前へと踏み出し、最後の一発を刀の柄で弾くと。
「憂いは、後で考えよう」
踏み込む。
それは氷上を滑るように静かで、同時にあまりに力感のない運足だった。
サレンが行う、魔力操作による爆発的な接近とは真逆。
もしかすれば観戦する者でさえ、接近を悟れないほどに無音だった。
「これは、なかなか」
五十メートルほどの間合いを、一秒足らずで突破する。
いくら魔法防衛局の人間とはいえ、レゾルテアの額に汗が光る。
「早く、そして躊躇がない」
「っ!?」
放ったのは横薙ぎの一撃。
胴体を斜めから切り上げ、肺さえ両断する軌道だ。
それを防いだのは、一振りのサーベル。
レゾルテアの片手に握られるそれは、甲高い音を奏でながらもシュラの妖刀を受け止めてみせた。
「ですが、些か大味がすぎますね」
レゾルテアはあっけなくサーベルを手放すと、空いた片手にある銃火器を構え。
「なにも、この間合いは貴方だけのものではない」
八発。
もはやサブマシンガンと錯覚するほどの連射が、一メートル足らずの距離で一気に火を噴いた。
「…………ッ」
「ハハっ!流石は柳生家の者だ!この距離の弾丸を防ぎますか!」
笑い足でサーベルを拾ったレゾルテアは、銃火器を手放し一気に前へ。
至近距離で射撃を防ぎ態勢を崩したシュラへ、両手で握られたサーベルを振り下ろす。
「しかしっ、いや!その程度ではないですよね!」
高揚したまま笑うレゾルテアへ、シュラは僅かに顔を歪める。
不利な態勢で相手の一撃を受け止めたのが大きい。
背丈はシュラのほうが大きいが、レゾルテアの肉体は恐らく魔力強化を受けている。
加えてサーベルにヒビすら入らないのを見るに、そちらもまた魔法による強化を受けていると見るが正解だろう。
(名の通った軍人なのは存じていたが、まさか拙者の一刀を防ぐとは)
普通の魔法使いなら、先の一撃で決着がついている。
だがそうはなっておらず、依然としてシュラが不利な状況だ。
(ここまで追い詰められたのは、故郷を出て以来になるか…………)
受ける刀の角度をずらし、転がるようにして距離を確保。
飛来する弾丸を両断しながら、シュラは円を描くよう、ゆっくりとレゾルテアの周囲を歩き出す。
(一連の攻防を見るに、単なるごり押しでは些か無理がある。しかも様子を見た限り、まだ奥の手が残されているとみて相違ないだろう)
それを見たレゾルテアは、そこから追撃を行うことなくマガジンを交換。
ボルトを操作したあと、一度も外していない視界に照準を差し込む。
(さて、どうしたものか)
限りなく不利な状況にありながら、シュラの口元には笑みがあった。
単なる学生同士の競り合いであれば、まだ和やかに見えるはずのそれは。
殺し合いの場であっても、些か隠し切れない恐怖が滲み出ているのであった。




