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「…………」
「あれ?どうかした?」
無言で立ち上がったシュラを見て、チョコが何気なくそう尋ねる。
植物科と文学科の魔法戦は既に二戦が終了し、植物科が二勝としている。
現状の流れでいえば、このまま植物科の勝利が確実といった状況だ。
三戦目の準備中の最中なのもあってか、客席にいる他学科の生徒の一部も離席しているのが見える。
「野暮用だ」
「…………ふーん。ま、気を付けなさいよ。アンタまだ、動物科から恨まれてるだろうし」
「承知した」
そう返事したシュラは悠々と歩き出すと、精霊科の客席が見えなくなった頃合いで方向を変える。
「あら?君は確か…………」
「元、人体科学士三年。柳生修羅だ」
足を止めたのは、人体科の客席近くにあるテントの一角だった。
そこには各種魔法具の他、念入りに準備体操を繰り返す者や、手に持つ武器の手入れをする者が数名いる。
「出た、アナタが噂に聞いた八大名家出身の人だっけ?魔力を持たない欠陥品の分際で、身分を盾にして人体科に入学したっていう」
そう言いながら姿を見せたのは、黄色のツインテールの女生徒。
右目に眼帯をつけ、本校の制服ではなく魔法防衛局の制服を身に着けている辺り、恐らくは内部組ではなく外部から編入してきたのだろう。
(魔法防衛局の人間は、魔法学校を一つの訓練課程として見ていると聞いている。この生徒も既に魔法防衛局での訓練を経て、改めて学生をしている身。であれば、敢えて本校の制服に袖を通さないことにも納得がいくか)
あくまで軍人であり、魔法使いではないという意思表示。
それは魔法を学ぶ者への脅迫でもあり、同時に特定組織に属する仲間意識を生むこともできる。
軍隊という組織に属する以上、偏った思想に染まるのは避けられない。
なまじ血の気が荒く、そうならないとやってられない側面もあるのだろう。
特にこの若さで、肉体の欠損に治癒魔法が間に合わないのを見るに、階級はさほど高くないと見える。
「なに?ジロジロ見て?そんなに珍しいこと?」
「…………いや、失礼した」
「素直に謝られるとか逆にキモイんですけど。ていうか、マジで何しに来たんですか?宣戦布告とか?」
これだけ好き勝手話しているのに、止めに入るところか加わろうとする者は皆無だった。
揃えたように口を閉ざし、不自然さのない自然な様子で視線を一点に集めている。
「そうだ、と言ったらどうする?」
だから。
シュラは躊躇うことなくそう断言した。
「…………正気ですか?アナタ、ワタシたちが誰か分からないわけないですよね?」
「恐らくは対暴徒鎮圧部隊、あるいは指名手配された犯罪者を拿捕するための部隊出身だろう?やたら得物が多く並ぶわりに、魔法使いらしい備えが一つもない。魔法防衛局に属しながらも、その大半を魔法ではなく軍人として費やしてきた。違うか?」
なにより、彼らからは魔法使いからは絶対にしない匂いがするのだ。
それは同類でなければ分からない類のものでありながら、分かってしまうことが逆に危険とも呼べる代物で。
少なくとも、シュラも話し相手も気づいていることに気づいていた。
「へぇ、聞いてたよりもずっと、楽しめるみたいですね」
「敗北を愉しめる感性があれば、否定はしないでおこう」
「わぁ、凄い自信。いいですねぇ、世間知らずの御坊ちゃんは能天気で」
「そうだな。ヒステリックに喚き散らす子供よりは幸せであろうよ」
銀が瞬く。
金属同士がぶつかる音が響いた後、黄色髪の少女は一つ後ろへと飛んだ。
「…………マジで楽しめそうじゃん。だったら」
「カナサリ。そこまでだ」
制止したのは薄青の髪の青年だった。
背丈はカナサリよりも一つ高く、その背中には一丁の銃を携えている。
(いや、巧妙に隠してあるだけで、実際はそれ以上を携帯しているな。恐らくは、部品を体のあちこちに収納したうえで、用途に応じて組み立て使用する魂胆か)
シュラが一瞥し冷静に分析していると、薄青髪の青年は一つ咳ばらいをした。
「手の内をこれ以上晒すのは、些かこちらが不利になりすぎる。お互い学科対抗戦に参加する身、ここで痛み分け、としてくれませんか?」
「断ると言ったら?」
「その時は仕方ありません。こちらも、相当の犠牲を対価に呑んでもらいましょう」
嘘はついていない、とシュラは直感的に理解する。
この男は本心で場を収めたいと思い、本心で自分ならばシュラを武力で制圧できると確信している。
そしてシュラの想像通りなら、相手は本来ここにはいるはずのない人物のはずだ。
「…………理解した。いきなりの無礼、ここに謝罪させていただく。申し訳なかった」
「いえ、構いませんよ。カナサリの失礼な発言の数々、このレゾルテアが謝罪いたします」
レゾルテア。
シュラはその名前に聞き覚えがあった。
対首都防衛部、治安維持部隊。
治安維持とは国や社会の安全や秩序を維持するための専門の組織であり、危険な思想犯などを相手にする特殊部隊の通称。
レゾルテアはそこの部隊長でありながら、同時に優れた射撃手としても知られ。
近年起こった南部抗争において、極めて優秀な戦果を挙げた軍人の名前だ。
(本来なら魔法学校どころか表舞台にすら姿を見せない大物。それが偶然、このタイミングで入学してきたとは考えずらい。なにより、人体科が学科対抗戦に勝利しないといけない理由がない。もし、そんなことがあるとすれば…………)
何があったかは知らないが、恐らくは人体科独自のルートで秘密裏に入学させたのだろう。
人体科には常に欠席状態の生徒の記録があるらしく、それらを上手く使えば似たことができると昔チョコから聞いた覚えがあった。
「狙いは、サレン殿か」
「左様、と。そう答えれば。そちらは納得してくれますか?」
肯定でも否定でもない返答。
敢えて分類すれば、挑発が最も近く、警告が最も正しい。
動物科の目的は、魔法の禁忌を冒したサレンに罰を下すこと。
そして人体科の目的は、精霊使いであるサレンの身柄。
「そうだな。生憎と、それはない」
確保するのか、抹消するのか。
どちらにしても、危険が及ぶのは目に見えている。
これが本来の目的ではなかったが、どちらにしてもシュラにとっては同じことだった。
「組み合わせに細工をした理由を聞くつもりだったが、どうやら時間の無駄だったな」
会場から歓声が沸き起こり、そして二回戦目の組み合わせが発表される。
「容赦はしない。そのつもりで挑むといい」
二回戦目、精霊科の相手は人体科。
この本校において、最も戦うことに特化した集団であり。
紛れもなく、学科対抗戦における優勝候補の一角である。




