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学科対抗戦が一時中断となった。
その要因の一人であるサレンは、退屈を紛らわすために周囲を適当に散策していた。
(『平気か?』)
(『ロア、か。大丈夫、割と落ち着いてるから』)
念話でやりとりをする。
今となっては慣れたものだが、ロアと出会った当時は苦労したのを今でも覚えている。
(『ちょっと考えごとをしててね。大丈夫、そんな大したことじゃないから』)
(『目指す先が揺らいでいるのだろう?』)
分かってはいたことだった。
サレンはゆっくりと空に視線を向け、さりげない素振りで近くの街灯に背中を預ける。
(『私の目的は、お金持ちになって家族の生活を楽にすること。実際、本校に進学したかったのも学費免除って面も大きかったしね』)
(『だが、実際はあらゆる面で金銭が必要になる。主に、人間関係の構築でだがな』)
(『なんだ、そこまで分かってるんだ』)
分校時代、シルフィは本校に関する慣例について話したことは一度もなかった。
当時のサレンはそれを疑問に思わなかったし、なにより他の生徒らが話しているのを耳にしたこともなかった。
だから、サレンはシルフィとの関係を単なる友愛だと疑っていなかった。
本当に、ただ仲良くしたいだけだと思っていた。
(『別に打算ありきで仲良くしてくれてた、とは思わないけど。ぶっちゃけシルフィからすれば、私なんて何にもならない相手で。だからこそ、ただ部屋が同じの私と仲良くしてくれてた』)
(『本校の生徒らは学年の垣根を超えた催しを定期的に開く。そこには暗黙の了解として、参加費がかかるのであろう?』)
(『当然、そんな余裕があるのは内部組を中心とした一部分だけで。私みたいなのは最初から見向きもされない。そして、その繋がりは大人になったあとも続いていく』)
本校に流れる慣習は、魔法統括局がある王国首都の影響を強く受けている。
ここでの振る舞いは一族の評判に繋がり、一族の評価のために多くの生徒が望まれた振る舞いをする。
その結果が、精霊科に対する強い迫害と、閉鎖的な仲間意識。
(『…………バカバカしいって、思わないとは言えないかな』)
(『それについては、小生とて同感だ』)
その返事を聞いて、サレンはインキュリア王国から戻ってきてからのロアの態度の意味を知る。
同時に、少なからず似た感情を抱いているということも含めて。
(『でも、ぶっちゃけ他にできることもないしなぁっていうか。別の国に行くっていっても、クライドラ王国ほど魔法が権力を持つ国もないし』)
(『そういうものなのか?』)
(『そりゃ、魔法を危険だと思うほうが今でも多いんじゃないの?この国だって、田舎のほうだと未だに魔法無しで生活してる場所もあるくらいだし』)
サレンは魔法が好きだ。
この感情に嘘がない以上、その魔法を捨ててまで大金を稼ぐのは気が進まない。
まして、魔法以外で稼ぐとなると、残っているのは金持ちの家に嫁ぐくらいだ。
「それだけは、絶対に無理」
気が付けばサレンの意識は現実にあり、思考はそのまま口から出ていた。
咄嗟に動揺を隠すため視線を左右に動かすと、そこには声をかける寸前で固まるライネの姿がいた。
「あれ?ライネ、さん。どうしてここに?」
「えっと、特に理由はないんですけど…………」
些か、タイミングが悪かった。
声をかける寸前でサレンが気づいてしまったせいか、ライネは次の会話がまるで思いつかないでいる。
そして当然、物思いに浸っていたサレンも意識がまだ内側に向いたままだった。
「それじゃ、その、座ります?」
「あっ、はい。なら、遠慮なく…………」
サレンの敬語の使い方は極端で、緊張すると敬語が止まらなくなる悪癖が顔を出していた。
(よく考えたら、まともにライネさんと話したことなかったのに、私めちゃくちゃタメ口で喋ってたな?)
チョコやシュラとの話し方をそのまま適用させていたことに気づき、サレンは内心で頭を抱えていると。
「サレンさまって、学士が欲しいんですよね?」
まさかライネから話題を振ってくるとは想像しておらず。
サレンは大きく目を見開いたあと、数秒経ってから慌てて返事をする。
「っ、です!欲しいなって思ってて…………」
「理由とか、あるんですか?」
「あるにはあるんですけど…………凄くみっともない理由というか…………ライネさんに話してもいいのか分からないっていうか」
「ウチは、学士が欲しくなかったんです」
いきなりの告白だった。
どう受け取っていいか分からず、サレンは曖昧な返事のまま口を閉ざしてしまう。
「サレンさまが、本気で学士を手に入れたいのは理解してるので、ウチみたいな考え方のひとは嫌いかもしれないんですけど…………」
「…………」
「ウチにとって魔法は、他人に見せびらかして、褒めてもらうためのものじゃないんです。だから、学士って評価が、その、ウチには少し荷が重たくて」
しきりに組んだ指先を組み替えながら、ライネはぽつぽつと言葉を並べていく。
「ウチはずっと、人と関わるのが苦手で、ちょっとだけ怖いって思ってて。そんなウチにとって、魔法は一番の味方で。今は、ホムラちゃんって友達がいるけど」
そこで一度言葉を区切り、唾を呑み込んでからライネは呟いた。
「こんなウチじゃ、いつか愛想をつかされちゃうから。だから、ウチもサレンさまみたいに、前向きに物事に取り組める人になりたいんです」
サレンはそこで、どうしてライネが学科対抗戦に参加してくれているのか理解できた。
できたからこそ、サレンは感じていた距離の遠さが今はなくなっていることにも気づく。
(…………ごちゃごちゃ考えるの、私の悪い癖だって分かってたのになぁ)
元々、頭は決して良くないのだ。
ただ単に、他よりマシだから、鍛えて鍛えて、どうにか使い物になる程度にしただけで。
本校に来た二ヶ月程度で、何もかも分かったつもりでいる自分が、サレンはどうしようもなく恥ずかしいことに思えた。
「ライネさんって、凄いですね」
「えっ!?そそそ、そんなことないですよっ!?」
「そんなことありますよ。だってそう思って、私のお手伝いしてくれてるじゃないですか」
立ち上がり、大きく背伸びをしたサレンは思う。
チョコ先輩にも、シュラさんにも、ホムラさんにも。
きっとそれぞれの事情があって、まだ聞けてない理由があって。
それは人間なら誰でも持っている、ごくごく普通の感情だ。
「…………うん。やっぱり、オレはこっちが向いてるな」
「?サレンさま?」
「サレン、でいいですよ。私も、ライネって呼びますから」
大きな出来事が裏で動いていて、サレンはそれに利用されていて。
もしかすれば、色んな思惑が絡み合ったまま、取り返しのつかない事態に誘導されているのかもしれない。
でも、今のサレンでは考えても分からない。
分からないなら、考えても無駄でしかない。
「とりあえず、学科対抗戦で全員ぶっ飛ばして、学舎の改修工事費を稼がないと」
「…………っ!ですね!」
精霊科の先輩らから受けた恩は嬉しかった。
なら、今はそれを返すことだけ集中すればいい。
サレンはライネと共に歩き出し、そこから互いの話を簡単にした。
それは決して深い会話ではなかったが、それでも楽しかったとサレンは思ったし。
朗らかに笑うライネの様子に、嘘はないと信じられたのだった。




