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精霊科の客席へと戻る最中、ホムラはふと足を止めた。
「何の用?」
「後輩を助けてくれた感謝を伝えにね」
「あっそ。どうでもいいけど、可愛がるなら最後まで面倒くらい見たら?」
往来する生徒の数が一気に増え、ホムラは精霊科と動物科の学科対抗戦が終わったことを理解する。
その殆どが浮かない表情を見ずとも、この短時間で終わった時点で勝敗は明らかだろう。
「恥ずかしながら、返す言葉もないよ。僕としても彼女から目を離したのは失敗だと自覚しているつもりさ」
そんな彼らは、精霊科であるホムラの姿を見ると一様に驚き、話す相手に視線を向けつつ足早に去っていった。
まるでそれは、絡まれた相手に同情しながら、自身が巻き込まれないよう退避するような素振りに近い。
精霊科に絡まれる、という事実だけを見れば、そう判断するのも無理はないだろう。
だが、実際は違う。
(鵂の長だって知ったら、全員泡吹いて倒れそうね)
植物科、四回生。
学士を持たない魔法使いの中では優秀ではあるが、学士に届くほどの才覚はない。
そんな彼がよもや、魔法組合抗争仲裁委員会のトップだとは一人として想像しないだろう。
「それで、どうするつもり?」
「おや、珍しいね。君はそういうことには無関心だと思っていたけど」
「関心がないんじゃなくて、もたないようにしてるだけ。あなたが気にすることじゃないわ」
ツグモ。
出生はシュラと同じ極東らしいが、プロフィールのほぼ全てが謎に包まれた正体不明の男。
とりわけ、ホムラとツグモに縁があるわけではない。
ただ、この男が学科対抗戦なんて行事に出ていること自体が、既に異常事態であると証明していることを知っているだけ。
「あなたが出てきたってことは、末端じゃ解決できない事態になってるか、これからなるのか。そのどちらにしても、降りかかる火の粉を静観するつもりはないってだけよ」
「勇敢だね。それに、義理も硬いみたいだ」
「当然でしょ。これぐらい、人間なら当然のことよ」
緩やかに笑い肩を竦めたツグモは、痛い所を突かれたと言わんばかりに口を開く。
「そう言われると、僕としても返答に困るが」
「どうせ『火岸華』絡みじゃないの?」
「残念ながら、『帝国』のほうだ」
それは、ホムラの周囲の温度を物理的に下げる言葉だった。
周囲を歩く生徒たちは驚愕し、障害物に遮られた水流のように二人から離れていく。
「年々、『帝国』の影響力は増していてね。少なくとも、この学校にも既に窓口を作っているらしい」
「その調査を、あなたが?」
「それは別の者に任せてるさ。僕の役割は、その窓口がしでかす愚行を止めることだよ」
恐らく、本心だろう。
この場で嘘をつく理由はないと、ホムラは感覚として理解し話を進める。
「さっきの件を含め、君には借りがあるからね。これで多少は返せたと思いたいけど…………」
「十分よ。それに、わたしはあなたに貸しを作った覚えはないわ」
「ありがとう。その言葉は素直に受け取らせてもらうよ」
ツグモはそう言い残し、まるで煙のように姿を消してしまう。
既に周囲には人の姿はない。
蜘蛛の子を散らすように逃げた生徒が多くいたからか、こちらに来る生徒の影すらない。
それらを一度だけ確かめたホムラは、苛立ちをそのまま舌打ちとして発散させる。
(苛ついても仕方ない。とにかく、今回だけは静観できないんだから)
いつもより早足で歩きながら、ホムラは精霊科の席へと戻った。
「む。遅かったな」
いち早く気づいたシュラが声をかけ、ホムラは平常通りに口を開いた。
「少し用事があってね。それよりも…………」
「案ずるな、きちんと勝利した」
「でしょうね。見たら分かるわ」
舞台の上。
恐らくシュラと動物科の学士が戦った後である、無数の切り跡が刻まれた光景にホムラはそう言う。
「それで、なんでサレンとチョコは落ち込んでるわけ?勝ったんだから喜びなさいよ?」
「…………いや、さ」
「…………うん。チョコ先輩もそうなんだと思うけど」
「なに?そんな酷い戦いだったわけ?」
「酷いというより、それ以前だった、というか…………」
いまいち要領を得ない話だ。
少なくともシュラの体に傷跡はなく、口ぶりから察するに圧勝だったのだろう。
この手の魔法戦であれば、シュラの特性は十二分に発揮できる。
納得できていない素振りのホムラに、おずおずとライネがこう答えた。
「シュラさま、一撃で倒しちゃったんです…………」
「一撃?」
「相手が魔法を発動させるよりも先に、相手のネックレスを破壊してしまって」
「なんだ、そんなこと?」
シュラの身体能力を踏まえれば、できなくはない話だ。
たかだがそんなことで驚いていたのかと、ホムラは拍子抜けしそうになったが。
「ただ、それに納得できない人が大勢いらっしゃって…………魔法使いの風下にも置けない!と怒鳴り込まれた御方もいて…………」
「シュラ先輩、その人らも全員倒しちゃったんだよね」
事の経緯は簡単だ。
五秒足らずで決着した第三戦に、納得できない動物科の生徒が乱入。
学科対抗戦の実行委員会らが制止に入るより先に、乱戦が開始され。
シュラはそれを、無傷で全て対処してしまったらしい。
「斬った張ったの大乱闘は、そりゃ凄いんだけど…………」
「やりすぎたせいで、他学科の出場生徒が揃って怖がってるみたいで」
「アタシが調べた感じ、実行委員会のほうで緊急の会議をしてるっぽいのよね」
「あぁ、なるほどそういうことね」
つまりは、精霊科を合法的に晒し上げるつもりが、返り討ちに遭ってビビってるらしい。
何とも行儀のいい魔法使いだと、ホムラは半分バカにしつつそう思うと。
「いいんじゃない?これで不戦勝になれば、優勝賞金はわたしらのものでしょ?」
「そうなれば、アタシも少しは喜べたんだけど…………」
チョコは言い淀んだあと、観念した様子でこう説明した。
「今回の件は、精霊科に対する動物科の一方的な逆恨みだった。シュラがまとめて倒しちゃったせいで、そう説明がついちゃうのよ」
「なんで?」
「動物科が本気で揃えた生徒が手も足も出なかったんじゃなくて、一部の生徒が暴走して精霊科を貶めようとした。後者の方が重大な過失だけど、負けた連中の面子は守れるからね」
幸か不幸か、精霊科を恨む価値観は理解されやすい。
そんな考えの下での暴走だったと非を認めれば、誰がやったかは些細な問題として埋没化できる。
誰が何をしたのかではなく、どこの集団が何をしたのかに論点をすり替える。
結果として動物科の評判は下がるかもしれないが、これぐらいのことであれば時間経過で元に戻るだろう。
「だから、全員して落ち込んでるわけか」
「そういうことよ。せめて僅差にして勝ちにするとか、そういう工夫を指示すべきだったって反省してるだけだけど」
「でもチョコ先輩、それは無理じゃない?だってぶっちゃけ、相手もけっこう強かったし」
そうサレンが口を挟むが、サレンはサレンでそこそこ一方的に殴り倒して勝利している。
なのでチョコもシュラも、なんならライネですら思わず突っ込みたくなったが。
「…………終わったことでウジウジしても仕方ない、か」
誰が一番マシだったか討論するのは、いくらなんでも無益がすぎる。
とりあえずそう判断したチョコは、同じことを思ったらしいライネと目が合い。
「難儀ね、ライネ」
「ですね。チョコさま」
そう、同時にため息をつくのだった。




