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二戦終わって、精霊科の二勝。
粛清と呼べる一方的な展開を期待していた他学科の生徒は、その事実に歓声を挙げることすらできずにいた。
「…………強い」
植物科の生徒にして、サレンの親友であるシルフィでさえ、今の状況は驚きしかない。
それは二戦目に出てきた精霊科の生徒が、幻想種に育てられた人間であることも大きいが。
シルフィからすれば、一戦目で見せられた光景の方が遥かに重要だった。
(サレンちゃんの魔法は造形科寄り。主に素材に魔力を込めて、形状を変化させることを得意とする魔法のはず)
やや驕った表現だが、シルフィはサレンの才能の程度をきちんと知っている人間だ。
だからこそ、鮫の使い魔を一方的に倒した結果や、髪色まで水色に変化するのは普通に考えて辻褄が合わない。
もし、それが可能にする方法があるのなら、恐らくは精霊の力を借り受けることなのだろうが。
(…………分からない。少なくとも、あの姿にロアの魔力は感じられなかった)
大前提として、保有魔力の性質が変化すること自体が常識外れなこと。
まして精霊の魔力で内側を満たすなんて、親友とて正気を疑いたくなる行為でしかない。
「驚いているみたいですね」
「先輩は、驚かれないのですか?」
隣で学科対抗戦を観戦する植物科の先輩に対し、シルフィは伺うようにそう尋ねる。
するとその先輩は軽く肩を竦めると。
「生憎と、精霊科のことは他の人よりも少しだけ詳しいので。元動物科のホムラを相手にすれば、こうなることは容易に想像できた、というだけの話です」
だからなのか、植物科の先輩はさりげなく動物科の生徒らが集まる区域に視線を向けると。
「誰が言い出したのかは知りませんが、あの様子を見る限りは動物科が提案したのでしょうね。ま、人体科に張り合わんとムキになったと見るのが正解でしょうけど」
「ムキになった、ですか?」
「今現在、動物科の権力は学科の中では三番目。天体科、人体科には大きく後れを取っていると表現していいでしょう」
学科同士の権力争いは、派閥同士の争いよりも少しだけ毛色が違う。
派閥同士の争いは、自らの理念こそが第一であり、他を否定するために行われているが。
学科同士の争いは、自らの理念に反していなくても、上が決定を下せば同じ派閥でも争うことがある。
つまり学科同士の場合、派閥という大きな括りではなく、より個人的な私怨で揉めることが多い。
その最たる例として、文学科と歴史科は『導師』の仲が悪いという理由で緊張が続いているとされている。
「動物科としては、あまり面白くない話です。なにしろ、彼らは自然派のトップに立っており、自然派の教義こそが至上だと思っている。それは暗に植物科を下に見ているわけですが、とりあえず現状は反発しないのが『導師』の決定ですからね」
どこか昏い笑みを湛えているのは、恐らくは先輩の個人的な嫌悪もあるのだろう。
植物科の先輩として尊敬できる人物ではあるが、こういうところは未だに受け入れられずにいる。
「とはいえ、一戦目の勝利に関しては完全に想定外でした。まさか精霊の力を使わず勝利するとは、紛いなりにも動物科の学士。弱いわけがありませんからね」
「それは、私も同じ意見です」
そう答えつつ、シルフィは静かにこう考える。
(仮に、仮の話だけど。もし私が今のサレンちゃんと戦っていたら…………)
果たして勝てるのか。
いやそもそも、戦うことができるのか。
(…………分からない。私は、サレンちゃんに魔法を振るうことができるの?)
覚悟の差。
入学して日が浅いという理由で、学士推薦の話に尻込みするシルフィとは違い。
サレンは既に、精霊科の一人として舞台の上で戦うだけの決意ができている。
もちろん、シルフィとて魔法戦に参加する身だ。
争うことも傷つくことも、傷つけることだって承知はしている。
だけどそれは、魔法使いとしての覚悟であって、戦士としての覚悟じゃない。
優れた魔法であると証明する意思はあるが。
相手を屈服させ、地面に倒してまで勝ちたいと思う動機がなかった。
「先輩は…………って、あれ?先輩?」
その覚悟があるのか。
そう尋ねようとしたシルフィは、そこで先輩の姿がどこにもないことに驚き周囲を見渡した。
(何か用事でも思い出したのかしら…………?)
シルフィに何も言わず立ち去るような人じゃないのは間違いない。
だがしかし、結果としてシルフィは突然として一人にさせられている。
少々気にはなったが、それでも慌てるほどのことではない。
植物科の生徒らが集まる区域は今いる場所から見えてるし、出番は二つ後なのは先ほど聞いたばかりだ。
とりあえずは、三戦目が始まろうとしている舞台を見て、そこでシルフィはあることに気づいた。
(あれって…………確かドザレーテ家の?自分の体を獣の姿に変える、獣化魔法の一族だったはず)
顔に見覚えがあったのは、昔一度だけ会ったことがあるからだった。
確かあれは、シルフィがまだ六つか七つの頃。
周辺一帯の魔法使いが集まる会合の中に、ドザレーテ家の名前があったと記憶している。
(荒々しい魔力に、丁寧で品のある言動。お父様が昔、優れた魔法使いは体内から放出される魔力で分かるって言ってたけど、きっとあれはドザレーテ家のことを指してた)
流石にあの場にいたかまではシルフィは覚えていないが、父が他の魔法使いを褒めることは極めて珍しいことだった。
なので自然と、ドザレーテ家の魔力隆起は記憶していたし、記憶する程度には印象に残っていた。
(流石は動物科の学士、ってところね。纏う空気を見ても、相当にできる魔法使いなのは間違いなさそう)
既に二敗しているからか、動物科の生徒は険しい表情で口を結んでいた。
完全なる臨戦態勢。
まだ精霊科の生徒が出てこないというのに、遠目から見ても準備万端だと言わんばかりに向こうを睨みつけている。
(精霊科の人は、あぁ出てきた。武器を持ってるから、前は人体科にいたのかしら?)
携帯する武器から察するに、恐らくは極東に伝わる剣の一種だろうか。
偉丈夫と言える体躯に、独特な色味の青は独特の厚みを感じさせる。
なにより、ただ歩くだけで分かるほどに、一本線を引いたように姿勢が綺麗だ。
(流石、って言うべきなのかしら。精霊科の立場は本校に来て少し理解できたつもりだけど、それでもここまでとは思わなかった)
一目で分かる強さ。
きっとサレンなら興奮しつつもシルフィに説明してくれるのだろうけど、生憎と今は隣にはいない。
(…………贅沢な話よね。何もかも失うことなく、それでいてサレンちゃんと一緒にいたいなんて)
結果はきっと、見なくても分かるだろう。
シルフィは親友が託した相手の勝利を確信しながら、植物科の生徒が集まる区域へと向かおうとする。
「おや、見ていかれないのかい?」
艶のある声だ。
一度聞けば二度と忘れないであろう、個性だけで構成された言葉がシルフィの鼓膜を叩く。
「…………どちらさま、でしょうか?」
「おっと、これは失礼をしてしまったね。生憎と、今の僕は顔が知られ過ぎているせいで、相手が知っている前提で話をしてしまうんだ」
金髪碧眼の男は、警戒心を露わにするシルフィに対し深々と頭を下げる。
「僕の名前はユダ・アルゲスタ。弟であるラシェトがお世話になったと聞いて、一度君に会っておきたくてね」
そして、男は頭を上げながらこう告げた。
「君はいずれ、こちら側に来ることになる。ならばここで、仲良くするほうが得策だとは思わないかい?」




