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終始やる気の欠片もないホムラを前に、サンタリア家の魔法使いは僅かに苛立ちを抱く。
(コイツ、やる気ないわけ?)
魔法使いが魔法使いと戦う際、魔道具などは常に携帯する場合が多い。
理由は手の内を相手に晒すリスクよりも、魔法を発動させる手順を減らせる点にある。
(魔法具はなし、というよりも持ってきてすらない。加えて防御用の魔法すら発動させてないどころか、探知系の魔法もゼロって…………)
魔法とは、煩雑であるほどに威力と規模が増す傾向にある。
長々しい詠唱、煩雑な魔方陣、それらを記号化した魔法具。
それらは全て、魔法をより高度なものにするために、より超常に近い結果を生むために行う手間だ。
一方で、その手順の多さは無防備である時間を増やすことに繋がる。
なので魔法使いは己を守る防御魔法と、相手の魔力を推し測る探知魔法。
これらを発動させ、かつ気づかせないことで相手の想定を掻い潜り、そのうえで本来の魔法の準備を進めていく。
つまりは、姿を晒した時点で戦いは始まっており。
その観点で言えば、ホムラは用意をする素振りすら見せていなかった。
「…………上等じゃない」
これが侮りでないのなら、他の言い分を教えてほしいものだ。
サンタリア家の魔法使いは小さく嘯き、そして静かに魔法の詠唱を開始する。
「『ひらりひらりと瞬き揺れるは、大事を為す兆しにて始まりの報せ。揺らめき動き、流れるままに。さりとて先を知らぬをもって、数多になる橋と為れ』」
蝶魔法は、魔力を蝶の形へと変換し出力する魔法である。
他の魔法との最大の違いは、生命体としての実際の蝶を使用しない点。
これは蝶と生命体と契約し、繁殖させ増やすには脆弱すぎたこと。
加えて、魔力で作り上げた方が結果的に効率的だったからだ。
一つ一つの蝶に込められた魔力は、せいぜい一般人の平均程度。
だがしかし、それらを一度に二百近く、ある程度の指向性だけ持たせた状態で存在させれば。
「どう?これが我がサンタリア家の魔法よ。この蝶が群れる間は、あらゆる魔法は逸らされ効力を失う。貴女がどんな魔法を使うのかは知らないけど、せいぜい無駄に足掻くといいわ」
自己補完で姿を維持しながら、自動で彼女を守る無数の盾が舞台に姿を見せる。
この無数の蝶を前にすれば、あらゆる攻撃魔法は効力を失い。
あらゆる防御魔法はボロボロに中和さえ、あらゆる探知魔法は妨害され機能を失う。
加えて、これらの蝶は衝突した魔法の魔力に反応する性質を備えている。
それは魔法と衝突した瞬間、相手の魔力を吸収し逆に利用するという恐ろしい効果だった。
この効果によって、サンタリア家の一族は平均よりやや上回る程度の保有魔力でありながら。
未だ魔法統括局において、高い地位と権力を備えた銘家として君臨している。
「…………」
「驚いて声も出ないみたいね。無理もないわ。どういう経緯で出てきたのかは知らないけど、己の準備不足を呪いながら無様に負けるか。あるいは、今ここで地面に頭を擦りつけて降参でもするといいわよ」
サンタリア家の魔法使いの言葉を前に、ホムラはピクリとも動かない。
動こうとする意志がないというよりも、動く理由がないような素振り。
それはまるで、目の前で展開された魔法が、恐れるまでもないものだと言わんばかりの仁王立ちだった。
「…………まぁ、手を貸すって言ったのはわたしなんだけど」
その瞬間。
サンタリア家の魔法使いは、背筋を走った悪寒に疑問を覚えた。
(なに?今、何かに恐れた?)
恐れる理由がない。
だってサンタリア家の魔法は万全の状態で発動しているのだ。
これは、一族が積み重ねてきた、悲願にして努力の結晶なのだから。
「ねぇ、聞いてもいい?」
「なに…………かしら?」
舌が重たい。
まとわりつく唾が喉を上手く通らず、空気を呑み込んで音が鳴った。
「あなた、もうちょっと強力な防御魔法とか使えない?」
「…………あ?」
「それに自信があるのは分かるんだけど。わたしの魔法は、ちょっと加減が難しくてさ」
肌がひりつき。
逆立ち、乾く。
「ライネの前で殺しはしたくないから。死ぬ気で死なないでね」
途端、視界が白く染まった。
瞬きよりも早く、ペンキの入った容器をひっくり返すよりもあっという間に。
文字通り、サンタリア家の魔法使いの視界が単一の色に染まる。
(───────なに、が)
そこで、咄嗟に防御魔法を全力展開できたのは幸運なことだった。
なにしろ、そうでもしなければ彼女の体は骨すら残らなかったのだから。
「……………………は?」
何が、起きた?
サンタリア家の魔法使いは思わず、砕けた防御魔法の修復さえ放棄し呆然とする。
「やっぱり、加減が難しいな。ちゃんと調整できないんだから、無理に人前で披露するなって母さんから言われてたのに」
そこに立つホムラは、火が燻る腕を軽く振るい頭を掻く。
その頭部には、明らかに人ならざる鋭利な角が生えており。
その指先には、人間とは比較にならないほど鋭利な爪が伸びていた。
「おかげで、舞台の半分ごと全部燃やしちゃった」
サンタリア家の魔法使いは、即座にそれを看破した。
腐っても動物科の学士だ。
古今東西、あらゆる動物の特徴を記憶しているし、図鑑に記載されていない例外にも精通している。
だからこそ、彼女はすぐに理解できた。
ホムラの頭部に生える角は、ごく普通の動物の角ではないと。
彼女がどうして、精霊科に追放されたのかを。
「きっと、周りからこう聞いてたんじゃない?わたしが精霊科に転科したのは、まともな人間関係を構築できず孤立してたからだって。魔法の才能がないくせに、自分本位にしか行動しないから迷惑でしかなかったって」
ホムラ。
後にドラグニルという姓を授かる彼女は、外見こそ人間だが実際は異なる種族の生まれ。
「安心しなよ。それは全て正解で、何一つ否定するところはないから」
幻想種。
この世ならざる、魔獣と対極に位置する生命体の総称。
ホムラはその一角に座す存在に育てられ、そして本校の門戸を叩いた。
「ただ、殺し合いだったら、わたしの方が強いってだけ」
龍種。
それは世界を司る高位体のモチーフであり、人語を操り、人智を超えた魔力を有する存在。
ホムラは龍に育てられた来歴を持つ、唯一無二の怪物である。




