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降り立ったホムラに対し、先に舞台にいた女は優雅な態度で声をかける。
「久しぶりね。その様子じゃ、精霊科でも上手くやれてないんだ」
ウェーブのかかった紫色の長髪に、同色の瞳と片眼鏡。
手に持つ杖には蝶の刻印と、杖の形状をなぞるような蔓が彫られている。
「サンタリア家。中央では歴史ある蝶魔法の一族ね」
「あっ、それ聞いたことある?確か源流は応用科、だったよね?」
チョコの言葉にサレンがそう反応し、ライネが興味深そうに耳を傾ける。
「蝶の瞬きによって竜巻が起こる。元々は単なる慣用句だったそれを、魔法的に再現しようとしたのがサンタリア家よ。とはいえ、今じゃ事象よりも蝶そのものの研究が盛んなんだけど」
バタフライ効果。
それは些細な出来事が大きな変化を起こすという、物の例えの一つであり。
本来なら力学的な分野に発展する代物なのだが、サンタリア家は早々にそれを放棄。
むしろそう例えられる蝶そのものに活路を見出し、遺伝子操作に近い品種改良に力を入れることで発展。
現代では無数の蝶を使役することで、意図的に魔力の流れを操る方向へと研究を進めてるとされている。
「やってることは呪詛科と同じ人を殺すことに先鋭化された魔法。魔法統括局じゃなくて、魔法防衛局に親族が集まってる時点で察して余りあるってわけ」
そんな話をしているが、実際のところ相手は強敵だ。
学士の四回生ともなれば、己に根ざした魔法の理解と強化は終わっている者が殆ど。
加えてサンタリア家の人間は、幼少期から対人戦への備えを徹底していると噂される一族だ。
必然、この手の催し事にも精通しているうえ。
扱う魔法の性質的に、明らかに闘争向きに調整されている。
「話の感じだと、動物科の卒業生って魔法統括局に行く人が多いの?」
「多いっていうか、ほぼ全員ね」
あっけらかんとチョコにそう言われ、サレンは思わずこう呟いていた。
「なにそれズルじゃん」
「仕方ないわよ。元々、自然派の旧組織が魔法統括局だもの。直系も直系、自然派ってだけで出世安泰コースは間違いないんだから」
世の中は不公平である。
サレンは分かり切ったことを今更思い、そしてふとライネの方を見た。
「ライネさん、落ち着いてますね」
「ひゃっ、わっ、えっと!?」
「あぁごめんなさい。なんていうか、もっと心配しそうだなって思って」
考え無しに話を振ったからか、ライネは驚くばかりで次の言葉が出てこなかった。
急に話しかけたサレンは、次から目が合ってから声をかけようと考えると。
「ホムラちゃんは、すっごく強いので。だから、誰が相手でも平気って思うだけです」
「…………チョコ先輩に聞くけど、ホムラさんってそんな強いの?私よりも?」
「強いわね」
即答だった。
少なくとも先ほどの圧倒劇を見せたあとだというのに、チョコの言葉に躊躇いはなかった。
「はっきり言って、精霊ありでもサレンよりホムラのが強いわ。あの子の魔法は理屈はシンプルだけど、だからこそ隙も欠点もない。アタシの知る限りじゃ、学士を含めてもホムラが一番強いんじゃないかな」
つらつらと語るチョコの言葉に嘘はなく、過度な誇張も大袈裟な表現もなかった。
例えるなら機械の取扱説明書を読むくらいの感覚で、ホムラの凄さを端的に説明する。
するとライネは恥ずかしそうに頬を指先で掻くと。
「ホムラちゃんが学士にならないのは、実はウチのせいなんです。ウチはその、訳があって学士をもってはいるんですけど、それがウチの望んだものじゃないって知ってるから。だから、ホムラちゃんは遠慮してるんだと思います」
「彼女なりの哲学ってところよ。ぶっちゃけ、アタシも理解できてないわ」
サレンは素直に、とりわけ深く考えずこう思った。
(羨ましいな。学士が欲しくないのも、取れるけど自発的に断ってるのも)
単なる嫉妬だと指摘されれば、サレンはそうだと思い肯定したかもしれない。
でも、その内側は少し違う。
(…………私には、理解できないし。したいとも思わないけど)
感じたのは、理解できないことへの不気味さと、そこから湧いてきた懼れだった。
サレンはライネを小柄で可愛い少女だと思い、ホムラも当たりは厳しいが学友になりたいと思った。
それは二人とも魔法学校の生徒で、魔法を究めたいという志を共にする同類だと考えたからだ。
でも、実際はそんなことなくて。
サレンが喉から手が出るほど欲しいものは、何も価値がないと思える程度のもので。
そしてそれに、少なくともライネは疑問に思っていない。
「…………そういうものか」
遠い。
理解できたと思ったものは、実はただの勘違いで。
サレンはまだ、誰一人として本心を知らずにいる。
そしてそれに、今になって気づいている自分自身さえ遠くに思えた。
「でも、応援はしてあげてほしいんです」
「…………えっ?」
今度はサレンが驚かされ、そしてライネは小さくはにかんだ。
「ホムラちゃん、あぁ見えて実は寂しがり屋なところがあるので。負けるとは思わなくても、応援されないことを内心で気にしちゃうんです」
「アタシが言えた義理じゃないけど、それ言っていいわけ?ホムラ、絶対に嫌がるでしょ」
「大丈夫です!応援されて嫌な人はいないですから!」
そしてお願いしますと頭を下げるライネに対し、サレンは握っていた拳を緩やかに解く。
「…………そうね。そう言うんだったら、今は素直に応援しようかな」
「…………っ!はい!ウチも頑張って声援を送りますから、よろしくお願いします!」
サレンを手伝いたいと言ったのは、ライネである。
数日前にホムラから伝えられた言葉を思い出し、そして張り切るライネの横顔を見て静かに思う。
分からないことは多くあっても。
彼女らの好意と行動だけは、紛れもなく本当なのだと。
そして。
「来るわよ」
「へっ?」
呆けた声の後。
熱が、サレンを呑み込んだ。




