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一目で分かる異様さだった。
「…………あの人、かな」
「だと思う」
恐らく噂を聞きつけた生徒が駆け付けたのだろう。
ごった返す廊下を掻き分け、サレンとシルフィは目的の人物を視界に捉える。
「…………なんていうか、凄い個性的な御方ですね」
説明するなら、シルフィの言葉が全てだった。
背丈は百と六十弱。
隣で何か話している校長の背丈より小柄で、体形はやや子供に近い。
性別は女性。
外ハネの強い髪は腰よりも下まで伸ばし、スタイルの良さが遠目でも分かるほど。
ただし。
その髪色は鮮やかなオレンジで、水色の斑点模様が随所にちりばめられており。
猫耳が付いた唾付き帽子に、腹部と脚部を大きく露出させた服装、腰に巻きつけられた無数のスプレー缶に加え、頬から足元まで所々に塗料が付着したままだった。
「にゃるほど。丁寧な説明、真に感謝します」
「いえいえ。その、これぐらいであれば…………」
ややハスキーな声質。
だというのに、遠くにいるサレンにすら明瞭に聞こえる強さがあった。
「わざわざ説明しなくても知っているのでは?と。にゃるほど、それは一理ありますね」
「い、いえっ!?滅相もございません」
慌てた様子で頭を下げる校長に対し、その女性はあっさりと笑い飛ばすと。
「ガレラはこう見えて、物事に対して初見であることを重視しているのです。余計な知識は先入観を生み出し、歪んだ認知とにゃって世界を変えてしまう。そうにゃってしまうのは、些か勿体にゃいと思いますので」
そして、ガレラと名乗った女性は周囲に視線を向けた。
「「…………っ!?」」
目が、合った。
全員が。
一斉に。
恐らく殆ど同じタイミングで。
彼女の独創的な絵画のような瞳に、自身の魂が捕捉されたと錯覚してしまう。
「特に人との出会いにおいて、既存知識は邪魔でしかにゃいですからね。ふむふむ、この様子を見るに、このガレラが誰にゃのか知らないようですが…………」
「造形科。無常なるガレラ。『先征く者』の異名を取る、歴代最年少で『導師』を拝命した天才」
そう語りながら。
まるで自分に用があるのだろうと言わんばかりに、ガレラに近づく生徒がいた。
「ラシェト…………!」
「お目にかかり光栄に思います。アルゲスタ家が一人、ラシェト・アルゲスタと申します」
「…………にゃるほど、道理でガレラを前にしても動じにゃいわけだ」
敬うよう深く頭を下げるラシェトに対し、ガレラは納得した素振りのあと。
「キミの兄上から話は聞いてるよ。近く、かの弟が入学するってね」
「ご記憶にあること、大変嬉しく存じます。このた」
「だけれど」
一言。
それだけで場に緊張が走る。
「今日の目的は君じゃにゃい」
それは明確な拒絶だった。
これ以上話しかけるなと、ラシェトが自然と口を噤むほどの。
「生徒シルフィであれば、恐らくまだ宿舎かと思われますので。もし御用でしたら…………」
恐らく不快に感じたと勘違いしたのだろう。
びっしりとかいた汗をハンカチで拭いながら、恐縮そうに校長がそう口にする。
すると、ガレラは首を横に振ると。
「生憎、ロマニア先生の生徒を横取りする趣味はにゃくてね。今日ここに来たのは、そこにいる君だ」
視線の先。
今度はたった一人だけに向けられたと、場にいる全員が一斉に理解できた。
「……………………私?」
それはラシェトの横を抜け。
前に並ぶ生徒の隙間を、まるで最初から用意されたかのように真っすぐ結ばれた場所。
「そう、君だ。ガレラは君に会いにきた」
「…………」
そこにいたのは、サレンだった。
隣にいるシルフィではなく、ただの一生徒であるサレンを。
「…………あの」
「そう怯えにゃいでほしい。特に取って食ってやろうってわけじゃにゃいからね」
ゆっくりと近づいてくるガレラを前に、サレンは指一本すら動かせずにいた。
ガレラの進路に立つ者だけが数歩横にずれ、それ以外は瞬きさえ自重する。
それはどこか、天啓を授かる聖女を見守る信徒のようだった。
「初めまして。ボクの名前はガレラ・パーフェクト・ユニバース。パーフェクトってのは勝手に名乗ってるだけだから、正式にはガレラ・ユニバース。ガレラって呼んでくれて構わにゃいよ」
「…………」
憧れが、目の前にいる。
その事実が余りにも非現実的すぎて、サレンは返事どころか声さえも発することができない。
「君の噂は聞いててね。ガレラとしては是非とも本校に来てほしいと思うんだが、どうもそれは難しいというじゃないか」
するりと。
撫でるように顎を触れられ、咄嗟にサレンの両肩が跳ね上がる。
「とはいえ、物事には初見で向き合うというのがガレラの信条。それを歪めるというのは、つまるところ魔法使いとしての在り方を否定することに繋がる。それがどういう意味を持つのかは、今ここで説明しにゃくても分かるだろう?」
ふっ、と。
不意に視線を向けられたシルフィは、殆ど反射的に一歩下がっていた自分に驚いた。
(…………なに、今の)
畏怖でも、嫌悪でもない。
針のように突き刺さる、違和感。
(魔力とか素養とか、そういう分かりやすいものじゃない。もっとこう、この人を根本的に否定したくなるような…………この人の世界に存在したくないって、頭より体が先に否定するみたいな…………)
ただ、それ以上は特に何もなく。
ガレラはサレンの顎を取ったまま、お互いの吐息が届く距離まで近づき、こう囁いた。
「だから一つ、今から君に試験を課したい。君がどういう魔法使いで、どういう魔法使いで在りたいのか。それをガレラに証明してほしい」
息が詰まる。
独特な香水らしき匂いが鼻を掠め、吐息が僅かに頬を撫でる。
「もし、君がそれができたのなら、ガレラが君に本校への推薦状を書くことを約束する。だから」
怖い。
この状況が、ではなく。
余りに幸運すぎるから、でもなく。
「君にとって、魔法はどういう存在なのか」
この距離にいて。
同じ形をして。
同じ言語を使っているのに。
「腹の奥底にある欲望を、是非とも明かしてくれると嬉しいかな」
一ミリたりとも、ガレラを人間とは思えない。
その確信が揺るがないことに、サレンはただ怖かった。




