12
「第一戦、私に行かせてほしい」
時間は一度、動物科の出場者が舞台に姿を見せたところまで戻る。
事態を理解した精霊科の先輩がたへ、サレンはそう提案した。
「わたしは別に構わないわ。どのみち、勝ってくれないと困るわけだし」
「ならば拙者から言うこともない」
ホムラとシュラはあっさりと快諾し、ライネは少し落ち着かない様子で視線をチョコの方へと向けた。
「…………分かった。その様子じゃ、何か策があるみたいね」
「策っていうか、解決案はあるよってだけ。でも、二度使えるかは微妙だから…………」
「向こうの思惑を崩すことで、問題の矛先をそっちに向けるってことね。いいわ、そういうことならアタシも賛成」
「でっ、でしたら!ウチも賛成なのです!」
やや上ずった声でライネが賛同したことで、サレンは観客席から飛び降り舞台へと向かう。
「で、実際どうなの?」
サレンが舞台に上がった頃合いで、ホムラがチョコにそう尋ねた。
「アンタのことだから、ある程度の見込みはついてるんでしょ?」
「…………普通の生徒だったら、普通にやれば勝算はあると思う」
先ほどの自信ありげな言葉は陰すらなく。
中央へと向かうサレンの背中を目で追うチョコは、弱々しい口調でこう吐き捨てた。
「でも、今回ばかりは相手が悪すぎる。よりにもよって、動物科の中でも戦える連中を集めてきてるから」
「それが分からんほど、サレン殿は愚かではないと思うが?」
シュラの疑問に、チョコは一瞬だけ躊躇うように口ごもると。
「精霊の力が使えるなら、当然サレンが勝つわ。でも、連中は絶対にそれを禁止事項にしてくるはず。なにせ、そのルールで損するのはサレンだけだからね」
「それが分かってて、あなたサレンを送り出したわけ?」
「どのみち、サレンがここで勝てないならアタシらの敗北は確実。それが分かってないわけがないと、そう信じるしかなかっただけよ」
そして追加ルールが発表され、壇上にはサレンと対戦相手だけが残された。
「鮫に類似した魔獣を使役する魔法使い。確か中央でもそこそこ名の通った家だっけ?」
「魔法統括局で行われる魔法戦でも、上位に入れる一族の後継者だからね。まず間違いなく、戦える側だわ」
闘争には向き不向きがある。
それは本人の潜在的な性格でもあり、魔法よりかは分かりにくい明確な才能の差だ。
ある程度は訓練で鍛えることはできるが、それでも持っているか否かは能力に多大な影響を与える。
しかもそれは、普通に生きている中では分かりずらい部類。
特に魔法使いにおいては、とりわけ重視されることでもない場面が多い。
でも、この魔法戦では違う。
優れた魔法使いであっても、戦いの才がなければ遥か格下の相手にすら余裕で負けるし。
その逆もまた、この魔法戦においては当然のように起こる。
そういった経緯もあって、基本的に学士以上の魔法使いは参戦することはない。
彼らが評価されている部分と関係ないところで、無駄に評判を下げる意味はないからだ。
「少なくとも、サレン殿は動ける側ではあるがな」
「それは間違いなくそうね。インキュリア王国でも、真っ先に王宮に駆け付けてたっぽいし」
二人の評価を聞いたホムラは、少しだけ感心した素振りを見せた後で口を開く。
「話は変わるけど、精霊って常に契約者の傍にいるの?」
「…………いるはず、だけど」
「仮にいなかったとて、拙者らに認知する術がないからな」
「確か精霊から力を借りて、それで戦うのよね。それって、貸し借りの距離に制限とかあるわけ?」
「なに?ホムラって精霊にそんな興味あったわけ?」
やけに食いついてくる態度に驚いたのか、チョコはやや反射的にそう尋ねてしまう。
するとホムラは一瞬バツが悪そうな表情を浮かべると。
「…………別に。負けてもらったら困るだけ」
「サレン殿は、追加ルールには驚いていないようだな」
話の流れを真っ二つに切り裂くように。
やや間延びした口調で、シュラは自らの感想を口にした。
どこか居心地が悪そうに視線を背けるホムラを宥めつつ、ライネはおずおずとこう尋ねてみる。
「シュラさまから見て、サレンさまはどう見えますか?」
「特にはないな。強いていえば、先ほどの言葉が気になるくらいか」
「あぁ。さっきの一度きりのアイデアがーってやつ?言われてみれば、確かに気になるわね」
「サレン殿はとりわけ優秀な魔法使いではないが。だからといって勝算も無しに口走るほど軽率でもない」
そう語るシュラは。
開始の合図が鳴る直前に、サレンの用意した策に気が付いた。
「ロア殿ではない、別の魔力供給元を用意しているのか」
そして、サレンもまた始まりの合図を待たずして既に準備を始めていた。
(『あー、もしもしー?クレア聞こえてるー?』)
(『あっ!はい!こちらクレアです!お姉さまも聞こえてますか?』)
(『オッケー聞こえた。ごめんね、こんな個人的なことで頼っちゃって』)
(『構わないのです。それに、お姉さまの御力になれるのであれば、クレアは何でもしますので』)
ザナードと話をしたあと。
サレンはロアと相談し、あることを決めていた。
「ごめんロア。次の学科対抗戦、ロアの力は使えないと思う」
「『…………どういうことだ?』」
サレンは人気のない建物裏を歩きながら、実体化したロアにこう説明する。
「きっと向こうが入学課題の時みたいにしてくるなら、確実にロアの力は禁止されると思う。だって提案を断って、それで学科対抗戦そのものが中止になったら。それ自体が思惑通りになっちゃうから」
「『連中は精霊科にとって不利益な事実を作りたい。であれば、精霊科が規則を守らなかった事実でも問題はないということか』」
「だとしたら、私がそれを断ることはできないと思う。ううん、むしろ私以外が困らないんだから断れるわけがない」
動物科が真正面から戦って、精霊科を叩き潰しに来たのは想定外だったが。
「だから、私はクレアを経由してパンサラサの力を借りようと思う」
ロアの魔力を禁じることは、サレンであっても容易に想像できることだった。
「『…………その提案を否定するつもりはないが』」
だけど、サレンの提案はロアの想定とは少し異なっていた。
厳密に言うのなら、意味のない提案に聞こえた。
「『小生には疑問なのだが、精霊の力を禁じられている以上。あ奴の力も使えないのではないか?』」
「それが精霊の力だって分かる奴がいれば、だけどね」
サレンの返答に、ロアは大きく目を見開き、そして唸った。
「『…………そうか。今の時代、精霊の加護がどのようなものか詳しく知る者は少ない。であれば、盟友が小生以外の力を振るったとて、それが精霊由来かは判別できない』」
「ま、仮にいたとしても一戦だけなら余裕でしょ。そんでもって、指摘されたって無視すればいいだけだし」
サレンは別に、水の精霊序列二位であるパンサラサとは契約していない。
だが、サレンはその契約者であるクレアと戦った際、一時的にだがその力を行使してみせた。
クレアが協力してくれれば、恐らくパンサラサが拒絶することはしないだろうし。
なにより、遥か遠くからの魔力を受け渡しに関しては。
昨日行った魔法具による通信で、それが成立すると知っている。
「クレアには今から説明するとして。ロアには先に謝っておこうと思って」
「『何故だ?』」
「何故って…………そりゃ」
どうして分からないのかと言わんばかりに。
サレンは躊躇いがちに視線を泳がせ、そして白状する。
「一応、私はロアの契約者なわけだし。他の精霊の力を借りるのは、なんか、違うかなって」
殊更、そこから何かあったわけではない。
それでも両者の関係が、ほんのちょっとだけ変化したのは間違いなくて。
なによりも、サレンの考えは実現可能として協力まで漕ぎつけた。
「───────先に謝っとくぜ、クソエリートども」
サレンは青く迸る魔力に身を委ねながら、鮫の顎を両腕で抑えながら嘯いた。
「先輩がたの手前、情けない姿は見せられねぇんだよ」




