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異様な空気だった。
「動物科は、どうやら本気で晒し者にするみたいですね」
植物科一回生、シルフィ・アルクメネは隣に立つ同学科の先輩の言葉にこう尋ね返す。
「私たちは何もしなくてよろしいのでしょうか?」
「私利目的でやるなら止めはしませんが、あまり推奨はいたしませんね」
集まった多くの学生が沸き立ち、そして舞台の上に誰かが姿を見せる。
「学士持ち。それも最高学年だけを揃えてくるあたりは、さしずめ『導師』か第一席から指示があったと見るべきでしょうか」
「そこまで…………なんですか?」
人数は三。
観客席の三段目辺りからでも分かるほど、よく練られた魔法使いなのが分かる。
「そこまでするほど、精霊は許せないものなのですか?」
「…………貴女にとってはそうであっても、我々魔法使いにとっては違う。むしろ、貴女が異端であることは理解したほうがよろしいかと」
忌み嫌われ、倒されることを期待される。
それが当然で、この学校の暗黙の了解なのだ。
「ただ、精霊科に向ける感情という意味では、動物科は少し例外だと思っていただいて構いませんよ」
「え?」
「かの学科に関しては、精霊というよりも精霊科に属する特定の人物が。それはもうどうしようもないほどに、全霊を駆けて否定したいのでしょう」
「だれか、聞いても?」
シルフィもまた、学科対抗戦に参加する一員としてこの会場にいる。
そして隣に立つ先輩もまた、植物科を代表して魔法戦を行う一人だ。
秀でたものは周囲に流されはせず、己の倫理観のなかで判断を行える。
多くの特例があると知りながら、それでもシルフィと対等に話をしてくれるのが何よりも証拠だろう。
その先輩は、口を開こうとするより先に。
舞台の上で、動きがあった。
「あっ…………!」
「あれが噂に聞く精霊使い。なるほど、聞いていた以上に平凡極まりない保有魔力ですね」
やはり、この人は優秀だ。
隠し事はできないと判断したシルフィは、意を決してこう尋ね返す。
「相手は、強いですか?」
「精霊を使えるのであれば、恐らくは問題ないでしょう。ですが、それを対策しないわけがない」
「…………止めに入ったら、どうなりますか?」
「まず植物科は失格。ついでに、貴女の学士推薦の話もなくなり、二度と話は貰えないと思ってください」
思わず奥歯を嚙み締めたシルフィは、沸き立つ歓声のなか舞台に上がった親友の姿を見遣る。
(もしもの時は、お家に迷惑をかけても必ず助ける。でも、そうならないことを願うことを許して…………)
シルフィは地方貴族の跡取りだ。
必然的に、彼女の振る舞いはアルクメネ家の評判に直結する。
現状、サレンと親友であるという噂が迷惑をかけた話は聞いていないが、だからといって楽観視できる状況にはない。
なにより、シルフィにはそれらを捨てるだけの勇気はまだ、なかった。
「出ましたね」
先輩の声の直後、舞台の少し上あたりに魔法で描かれた文字が姿を見せる。
「追加のルール、ですか?」
「推測通り、入学試験で披露した魔法の使用禁止。表向きの理由は会場の安全確保のためですが、実際は得意手の封殺でしょう」
シルフィは知っている。
サレンが本校にいられるのは、土の精霊序列二位であるロアの力があるからなのを。
そして、それを封じられた彼女には。
満足に戦うどころか、的となる防御魔法すら維持が困難であることを。
「それと、あぁなるほど。勝敗を判定するのにアクセサリーを使うようですね。サイズは親指よりも少し小さく、首から下げるネックレスにしてあると。魔力の衝突で破壊できるようですし、さしずめ地質科と造形科の合作といったところでしょうか」
何かを受け取ったサレンが首の後ろに両手を回している辺り、恐らくは先輩が語るアクセサリーを身に着けたのだろう。
少し首元を触りつつ、しっくりこないのか細かく位置を調整している姿はなんとも彼女らしい。
「始まりますね。第一戦は、確かピラゾーマ家の人だったかと」
「お詳しいですね」
素直に感心するシルフィに対し、先輩はなんてことない様子でこう答える。
「一応、同じ派閥同士ですからね。最低限の顔と名前、特に席次と学士くらいは把握しているのです」
「…………浅学で申し訳ございません」
「構いませんよ。どのみち出番までは暇ですから、後輩である貴女に説明するのは退屈凌ぎになりますので」
嫌味の無い笑顔でそう言われ、シルフィは改めて舞台へと視線を向ける。
ピラゾーマ家の人は、どうやら本を魔道具として扱う魔法使いらしい。
性別は男で、背丈はきっとサレンよりも上。
青の毛先が眼鏡に触れているが、普段通りなのか特に気にしている様子はなかった。
「彼ほど魔法使いを巡る伝統を象徴する者はいないでしょう。特に、彼が得意とする魔法はその最たる例ですから」
「つまりは、『原典』だと?」
「残念ながら、そこまでではないですよ。というよりも、『原典』を持っていて学士までという事例のほうが稀なくらいですから」
一方のサレンもまた、屈伸を繰り返したあとで大きく背伸びをしていた。
落ち着いているようにも見えるし、どこか楽しそうにも見える。
「貴女から見て、彼女はどう見えますか?」
「彼女、というと。サレンちゃんのことですか?」
「えぇ。彼女に関しては、親友である貴女が一番詳しいと思いますので」
「…………そう、ですね」
シルフィは一瞬だけ頬を赤く染めたが、口元に手を当てながらこう口にした。
「サレンちゃんは、どちらかというと競技者だと思うんです」
「詳しく聞いても?」
「魔法使いとして、周囲のことを全て忘失して没頭できるタイプではなく。むしろ張り合って競い合うことで成果を挙げるタイプ。なので、サレンちゃんはこういった、目に見えて分かる結果が出る事柄は得意だと思います」
逆の言い方をすれば、漠然とした目的の中で結果を出すことを苦手としており。
特に自由課題といった、条件が曖昧なものに関しては壊滅的に下手な傾向にある。
「それと、サレンちゃんって分かりやすい性格なので。喜怒哀楽が体に現れるんです」
「つまりは、彼女の準備運動は機敏に動く兆しだと?」
「そこまでは分からないですけど…………でも」
シルフィは一度言葉を区切り、そして断言した。
「サレンちゃんはきっと、本気で勝つつもりでいると思います」
魔法戦が始まる。
審判か、あるいは記録や中継を行うためか。
小型の浮遊型魔法具が、どこからともなく姿を現し。
それらがピタリと、予め定められた位置に収まったと。
「行きなさいっっ!!」
先制攻撃は、ピラゾーマ家の人だった。
フライング気味に開かれた本型の魔法具が光を放ち、空中に描かれた魔方陣から何かが飛び出てくる。
「あれは、鮫ですか?」
「鮫に類似する魔獣を使役する一族。先祖代々契約していますから、その強さは折り紙付きでしょうね」
いわゆる召喚魔法の一種。
モチーフがなんであれ、魔力で生み出された魔獣は込められた魔力の量によって性能が左右される。
当然、一人の生涯を費やしてたとて、どれだけ長寿でも二百年は存命できない。
それを、血統と共に継承し、長い年月をかけて強化していく。
そうやって強化された魔獣は、並大抵の魔法使いであれば瞬殺できるほどの凶暴さを有していた。
「流石は数百年は続く銘家の魔獣。もしかすれば精霊にも見劣りしないかもしれませんが」
体調はざっと二十メートル弱。
ずらりと並ぶ鋭利な歯と、サメ肌と評される鑢に似た表皮。
それが、ほんの数秒足らずでサレンが立つ付近に突っ込んだ。
「…………っ!?」
喉が萎む。
余りに呆気なく、回避する素振りもない姿を見た自分を、受け入れがたく思ってしまう。
そんなシルフィへ、先輩は端的にこう告げた。
「今回ばかりは、相手が悪い」




