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会場は独特の熱気に包まれていた。
楕円形の会場は、さながら大規模ドームのように大量の座席が設置されており。
中央の広間周辺には屋根がなく、手前に吊るされた学科のシンボルが描かれた巨大な旗によって仕切られているようにサレンには見える。
「意外といるね」
どうやら学科ごとに区域が分けられているらしく、サレンら精霊科の場所も一応は用意されてはいた。
とはいっても、機材などを置くスペースを適当にあてがったような、見るからに急ごしらえのものだったが。
「そうね。毎年、懸賞金の額が上がるって噂が流れるから最初の参加率はいいって聞いてたんだけど…………」
「なにその不毛な噂。そんなので人来るんだ」
「サレンはイメージないんだろうけど、意外とここの生徒はお金にがめついのよ。あればあるだけ困らないわけだし」
五人はそんな会話をしつつ、ほんの数十歩で精霊科のスペースに到着する。
「…………席、ガタガタだし何か濡れてる」
「酷いな」
「ま、去年まで誰も参加してなかったんだから仕方ないでしょ。周り見なさいよ、めちゃくちゃ注目されてるわよ」
気色悪いと言わんばかりの態度を取るサレンを横に、チョコはチラリとライネへと視線を向ける。
(この子、クアムと同じで目立つの苦手だった気がするけど…………適当な結界でも張って視線を遮ったほうがいいかもね)
そんなライネはホムラに介護されつつ、渡された飲み物を口にし席の一つに腰かけると。
「大丈夫、です。少しだけですが、落ち着いてきましたので」
「無理だったら先に言いなさい。どのみち、三戦全勝するから」
「うん。ありがとね、ホムラちゃん」
チョコからすれば引っかかる言い回しなのだが、ライネからすれば純粋な善意になるらしい。
ここらへんは個人の感性の違いだろうと思いつつ、どこか嬉しそうに笑みを浮かべるサレンの頭を軽く小突いた。
「殺気漏れすぎ。サレンって、見た目によらず戦闘狂よね」
「その言い方だと、チョコ先輩から見た私の印象が気になるな…………」
「安心なさい。お金にがめつい可愛い後輩って思ってるわ。可愛げはないけど」
「そこはかとなく馬鹿にされてる気がするのは気のせいじゃないよね?」
「もちろん。ちゃんと褒めてるわよ」
ジロリと睨みつけるサレンを適当にあしらいつつ、チョコはいよいよ我慢できずシュラに声をかけた。
「さっきからキョロキョロしてるけど、アンタさっきから何を探してるわけ?それとも何か物珍しいものでも見つけたの?」
「…………いや」
そう言われたシュラはどこか不思議そうな口調でこう呟いた。
「思いのほか、学士が多いと思ってな」
「…………シュラさん、なんで分かるの?」
「勘だ」
もはや突っ込む気にもならないので、サレンも適当に視線を周囲に動かしてみる。
(『ロア、分かる?』)
(『微妙なところだな。確かに全体でも目立つ者がちらほらいるが、それが全て学士なのかは判断がつかん。有り体に言えば、大きく抜けた者はいない印象だ』)
(『逆に、絶対にヤバイって人とかいる?絡んだらダメな感じのとか?』)
(『その点は盟友の杞憂で済むだろうな。以前伝えられた手法も看破されんだろう』)
(『りょーかい。ありがとね、ロア』)
ロアに礼を伝えたあとで、サレンは再びライネのほうを見つめる。
実のところ、サレンはライネに声すらかけられずにいた。
それはサレンが怖気づいたのではなく。
いつどこで何をしているのか、それが一切が分からないまま今日になってしまったのだ。
「ライネさん、大丈夫ですか?」
加えて、ライネの傍には常にホムラがいる。
今日会えてからずっと傍に居続けるので、ちょうどいいタイミングが一瞬たりともなかったのだ。
「ひゃっ、あっ、サレンさん」
「サレン、でいいですよ。私もライネって呼びますから」
「じゃ、じゃあ、サレンちゃん。で、いい、ですか?」
「もちろんです」
なので、強行突破することにした。
ホムラが話しかけるなオーラを全開にしているところに、身なり身のまま飛び込む。
牽制や小細工の類を全てかなぐり捨てた、文字通り直球勝負だ。
「ライネさんって、これまで学校行事に参加したことないんですか?」
「あるには、あるんですけど…………こんな大きいのじゃなくて…………」
「学校行事って言っても、任意参加のもあるからね。わたしもライネも、そういうのだったら何回かあるかな」
意外にもホムラは排斥しようとはせず、表向きは同調する形で会話に加わってくれるらしい。
これなら会話になると踏んだサレンは、主題を学科対抗戦へと変えつつ話を広げる。
「私、こういうのって詳しく知らないんですけど。学科対抗戦ってどのくらいの人が参加するんですか?あぁいや、学校行事に参加する人でもいいんですけど…………」
「どうなんだろ。基本は一般生徒が中心なんじゃない?学士と席って全体で見たら一割くらいだろうし」
「そ、それでも、こういうのが好きな人だとっ、参加する人もいるみたいです」
「相当に稀だけどね。ぶっちゃけ、こんなの魔法の研究と一ミリも役に立たないし」
「…………なるほど」
つまるところ、この学科対抗戦も全体の水準の底上げが目的であり、学士が一般生徒をボコボコにする可能性は低いと考えられる。
それと同時に、全生徒の八割が一般生徒ならば。
これだけの参加人数になるのも納得がいく話だった。
(精霊科は各学科から爪弾きにされた、退学させられない理由がある生徒の集まり。そう考えたら、学士の人数がそれなりにいるのも納得がいくか)
好奇心と嫌悪感が入り混じった視線。
サレンら精霊科に容赦なく向けられるそれは平時と大差ないが、この会場においては少しだけ異なるものをサレンは感じていた。
「なるほど、な」
そして、それは全員が同様に思っていたのだろう。
納得した様子で呟いたシュラの言葉に、サレンは思わず視線を向ける。
「何か分かったんですか?」
「あれを見ろ」
指さした先にあったのは、空中で絶えず動き続ける塗料だった。
その軌道は線となって模様となり、やがて全員が視認できる文字へと変化する。
「この人数と、謎の熱気。進行の遅さから何かあるとは思っていたが」
「うげっ…………」
「そういうこと」
「え、どういうこと?」
既に理解している様子の三人に対し、サレンは未だに半分しか描かれていない文字列が何かも分かっていない。
すると、そんなサレンの耳元へ、ライネがそっと耳打ちをした。
「あれは、学科対抗戦の組み合わせなんです。本当なら入場の手間などで、参加学科には開始前に先に連絡があるんです」
「スムーズに進めるためってこと?」
「はい。でも、発表があったのに第一戦の準備が終わっていない。それどころか、開会式すらしてないんです」
先ほどまで顔を真っ青にしていたライネは、どこか彼女のイメージとかけ離れた口調でこう続ける。
「だから、一戦目の参加学科はウチら精霊科なんです。それと、みんなが納得してたのは、対戦相手がもう舞台の上にいるからです」
敢えて遅らせ、まともに時間管理すらできていない出来損ない。
そう演出するため、集まった全生徒にそう思わせるためだけに、意図的にスケジュールを共有されていない。
そうする理由が不意に理解できたサレンへ、ライネはこう締めくくった。
「あの人たちは、動物科の学士四年生。この学校の中では、席の近くにいるって評判の生徒さんです」
これは、公開処刑なのだと。
精霊科の生徒をボコボコにし、その様を眺めるために集まっただけの。
あまりにも不純で、悪意と愉悦の入り混じった理不尽のための祭り。
これが後に、魔法学校全体を大きく揺るがす大騒動に繋がることを。
誰も彼も、サレンも気づかぬまま始まろうとしていた。




