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しばらく歩いたところで、不意にザナードはその足を止めた。
「出てきな。ここなら例の精霊使いには気づかれねぇよ」
「…………流石は『鵂』。隠し通すのは無理だったか」
「残念だが、テメぇが出てくるのはツグモが想定してたってだけだ。オレ自身の魔力探知はそれほど高くない」
一般的に、魔法使いを評価する指標はいくつかある。
いかに淀みなく魔力を操れるかを示す、魔力操作。
万全の状態でどれだけの魔力を有しているかを示す、保有魔力。
人間が無意識に発する魔力を意識的に制御できるかを示す、魔力隠匿。
体内にある魔力など微細な魔力を感じ取れるかを示す、魔力探知。
これらの指標は魔法使い同士が会話をするなかで頻繁に使われ、同時に分かるかどうかが一種のステータスになる。
そしてそれは、精霊科三回生のチョコと文学科四回生のザナードも同様だった。
「それで、フォルワ家の長女が何の用事だ?生憎と、オレは今そこそこに満足してるもんで、言い分次第じゃ手出しはしねぇつもりだが」
人通りのない学舎の間で声をかける。
ただそれだけの間に、二人は互いの魔力隠匿と魔力探知の精度を探り、推測し仮定する。
もし今すぐ魔法戦になった際、果たして勝てるのかどうかを。
「その様子だと、まだ本当の目的は伝えてねぇんだろ?」
「…………ッ」
思わず下唇を嚙み締めたチョコを見て、ザナードはせぜり笑った。
「おいおい、そんなんでよく騙しとおせてるな。あぁいや、騙せると分かってるから利用してると言い直すべきか?どちらにしても、随分と趣味の悪いことをしてるもんだ」
「鵂のアンタに言われるの、正直かなり癪に感じるわね」
「そうかい。それは悪かったな」
一ミリも悪びれることなく、かといって返す言葉の出てこないチョコを前にザナードは告げる。
「別に、オレ個人としちゃ大して興味はねぇんだが。どうもアレを中心に色々と動き出しててな。特に『海楼』を丸め込めた情報は、息を潜めてた同類たちを大いに刺激し慌てさせてる」
「だから、接触したってこと?」
「半分は純粋に魔法使いとして、だけどな」
恐らくそこは本心なのだろう。
ザナードは生まれついての人の良さを僅かに滲ませた後、即座に組織に属する者へと戻る。
「どちらにせよ、アレは鵂の監視対象だ。テメぇがアレを使って好き勝手やるのは構わないが、あまり度が過ぎると上に報告せざるを得なくなる。一応、警告はしておいてやるよ」
何も言い返せないチョコを放置し、ザナードは何事もなかったかのように場を去る。
途端、周囲に施されていた結界魔法が解除され、僅かな喧騒が風に乗って耳に届いた。
「あなた、正気?」
頭上。
知っている声にチョコは一瞬体を震わせ、そして大きくため息をついた。
「ホムラ、何回も言ってるけど遠くから声を飛ばすの止めてくれる?かなりビックリするんだけど」
「あっそ。それよりも、あの鵂に絡むとか頭おかしくなった?」
チョコの小言を適当にあしらい、ホムラは四階建ての学舎から飛び降りると。
「今のあなた、検索魔法が使えないくらい疲弊してるの。流石に自覚はしてるのよね?」
「…………まぁ、自分のことだし」
「それでサレンを独占するためにザナードに絡むとか。命知らずすぎるでしょ、あなた」
ホムラの口調は一切の遠慮がなかったが、それでも悪意の類は一切なかった。
むしろどこか、チョコの身を案じ心配している節さえある。
「アンタ、確認のために聞くけど。アタシのこと嫌いよね?」
「好きではないわね」
「それで、どうしてアタシの身を案じるわけ?」
「ライネが悲しむからよ」
一切の躊躇いすらない返答だった。
余りにも堂々と答えるので、チョコは理由すら聞けず納得しそうになる。
「…………いや、アタシが倒れてもライネが困ることある?少なくとも、アンタとシュラ、それにサレンがいれば大半の学科に勝てるわよね?」
「ライネは、皆と仲良くしたいのよ。あなたも含まれてるのは不服だけど、ライネがそう言うなら学友の真似くらいはするわ」
「それ、相手に言ったら意味なくない?」
「どうでもいいわ。それよりも、あなたに無理されるのはライネが困るから辞めて」
相変わらず、人の話を聞かない。
チョコはホムラが自分を嫌っていると口にしていたが、実際は自分がホムラを苦手としていた。
理由は言うまでもなく、このどこまでも我が儘で、相手を鑑みるフリすらしない言動にある。
(世界の中心に自分がいることを信じて疑わない。そういう自信過剰なタイプだったら少しはマシなんだろうけど。ホムラの場合はそんな人間の価値基準で物事を見てない)
ホムラはその魔法が故に、社会性が大きく欠落していた。
それは集団で過ごせないという欠点を孕んでいたが、同時に人が持つ嫉妬や憎悪の類すら持たない利点を有してもいた。
(…………アタシとは、魔法の才能も含めて全てが真逆。頭では分かってるんだけど、イマイチ納得しきれないのが悔しいところなのよね)
その証拠に、ホムラはそれ以上のことをチョコに言ってこなかった。
恐らく彼女の中で必要なことは伝えたので、これ以上は言わなくていいと思っているのだろう。
チョコの中にある葛藤も迷いも、ホムラにとっては考慮する選択肢にもならない細事。
いや、そもそも事由にすらなっていないかもしれない。
「分かったわ。アンタの接近にも気づけてなかったし、暫くは魔法を使うのを止める」
チョコは光る立方体、つまり自身の魔法具を虚空から取り出すと。
「『指示:本校に設置した検索機の一時停止』」
手元にある魔法具は承諾し、途端チョコの保有魔力が一瞬だけ大きく膨らんだ。
「ふぅ。久々に全部止めたから、ちょっとだけ新鮮かも」
「なら良かったわ。それ、学科対抗戦の日まで続けてね」
「…………本来なら感謝すべきなんだろうけど、アンタに礼を言うの凄い嫌だから言わないでいい?」
「好きにしたら?それじゃね」
本当に興味がないのか、ホムラは颯爽と学舎の屋根上に飛びあがり、そのままどこかへと消えてしまった。
残されたチョコは軽く肩を回すと。
(情報収集のために情報収集用の魔法具を二百近く稼働させてたから、回復量に消費量が追い付かなかったのよね。元から魔力効率は良かったし、稼働させるのも魔力の消費が少なかったのもあるんだけど)
何かを思い出したかのように、サレンへ仕掛けていた検索機へ意識を向ける。
(確か、ロアだっけ?あの子はアタシの魔法に勘づいてたっぽいし。サレンの情報を集めるのは暫く控えたほうがよさそうね)
特別、チョコに企てがあるわけではない。
サレンを助けたいのは本心で、気に入ったのも本心だ。
でも、それ以上に。
チョコには、魔法使いとして為さねばならない宿命があった。
「…………ここまで来て、引き返せるなら苦労しないわよ」
果たして、それは誰に向けて言ったのか。
チョコは吐いた言葉を、どこか食いしばるように呟くのだった。




