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「…………と、言うわけで。なんだかんだで人数は集まったんだけど、私の知らないところで因縁があるっぽくてさ」
「お姉さまも大変そうで、クレアは少し心配です」
夜。
学科対抗戦に参加するメンバーを集めたあと、チョコは用事があると言っていなくなり。
気が付けばライネとホムラもいなかったので、サレンは渡された通信魔法具を試すため自室に戻っていた。
かけた相手は同じ序列持ちの精霊と契約している、インキュリア王国の国王であるクレアだった。
最初はどこにかけていいか分からず、適当な連絡先を入手したあとは、わらしべ長者よろしく連絡を繋いでいき。
「ですが、こうして遠くにいながらお話ができるなんて。クレアは想像していませんでした」
こうして無事、サレンは自室のベットに足を投げ出しながら、遠くにいるクレアと話ができている。
「私も。貰っておいて言うことじゃないけど、これ市販で買ったら結構な高級品だよね?」
「恐らく、ですけど。あ…………パンちゃんが言うには、金貨十枚はくだらないみたいです」
一瞬、バタバタと動かしていた両脚が止まるが。
「でも、既製品は特定の周波数しか繋がらないみたいなので。お姉さまが受け取った魔法具は完全なオリジナルなんだと思いますよ。中継器も使っていませんよね?」
「…………中継器がいることを今知ったかな」
「でしたら、恐らく市場に出回る代物よりも遥かに高性能になりますので。まだ流通させられてない理由があるかもしれないです」
悲しいことに、しっかりしているクレアの見聞はサレンよりも優れていた。
筆記試験で満点を取るための勉強と、魔法の才能を開花させる努力してこなかったサレンからすれば、中継器が何かすら若干怪しい。
ただ、それを年下のクレアは聞けなかったので、代わりにロアの胴体を数回揉むことにした。
「それにしても、お姉さまは随分と急いでいるんですね」
「え、そう?」
思わぬ問いにサレンはそう尋ねると。
「クレアとパンちゃんがいる空間が特殊なのを別にしても、インキュリア王国を出て、すぐに別の行事に取り組もうとするなんて。クレアは魔法学校のことは詳しくないですけど、お姉さまはまだ入学したて、ですよね?」
言われて、サレンは少しだけ自身が置かれている状況を俯瞰できた。
(確かに、いくら厳しい立場だからって色々しすぎじゃない?)
ここまでサレンは、先輩であるチョコの提案に従い動き続けていた。
それは学士を得るため、そして魔法統括局へ入るために必要なことだと聞かされていたからだ。
だけど、サレンはまだ入学して二か月しか経っていない新入生だ。
精霊科の敷地どころか、共有区域すら満足に歩いてすらいない。
「学生がどのように過ごすのか存じ上げないので、クレアはお姉さまの忙しさが普通かどうか分からなくて…………それでも、どこか焦っているようにクレアは見えるのです」
別にそれが嫌だと思い始めたわけではない。
むしろ事態をただ受け入れるくらいなら、積極的に動くほうが性に合っているのは事実だろう。
それでも、サレンはあくまで学生なのだ。
本校で受けられる講義の一つも受けていない状況は、いくら学費がかかっていないとはいえ勿体なさを感じてしまう。
「…………そうね。こう、急がなきゃ!って思ってたのは確かかも。入学初日で精霊科に異動させられて、そこで学士にはなれないって言われちゃったから。それで少し、焦ってたかもね」
「クレアには学士が何かまでは分からないですけど、お姉さまにできないことは一つもないですよ」
「ありがとね、クレア」
ググっと、サレンは強張りを覚えた両肩を軽く回して息を吐くと。
「ところで、パンちゃんって呼んでるの。もしかしなくても水の精霊序列二位のパンサラサ、よね?」
「そうですよ。これからは対等でありたいので、クレアから提案したんです。代わりに、クレアの事も名前で呼んでほしいってお願いしました」
あの巨大なサイをちゃん付けする姿を想像して、サレンはチラリと隣で眠るロアを見遣る。
(…………ロア、ちゃん?もしくはローちゃんとか?なんか、絶妙に気持ち悪いな)
一日中チョコと一緒にいたからか、夜になってもロアとは話を殆どしていなかった。
普段から会話が多いわけではないが、それでも今日ほど静かなのは珍しい。
「クレアが自由に出歩けるのなら、その学科対抗戦、とやらに参加したかったのですが。こちらも今は慌ただしい状況でして…………」
「ううん、気持ちだけで嬉しいから」
クレアの口調から、インキュリア王国の現状に対する言及を避けているのは明確だった。
恐らくはサレンを巻き込みたくないという気遣いなのだろう。
サレンは素直に感謝しつつ、手伝えないことに申し訳なさを感じながら最初の話題へと戻る。
「クレアが想像するに、そのホムラって御方は少し前のクレアに似ている気がするんです」
「少し前?私と会う前ってこと?」
「いえ、その…………お姉さまから熱烈な一撃を貰う直前、です」
何故か口調から照れの感情が漏れ出たが、クレアはそこから脱線することなく話を続けた。
「何もかもが嫌になって、信じてたものに裏切られて、もうどうにでもなれって思って。結局、パンちゃんは『置換』を殆どしてなかったみたいなんですけど、それでもパンちゃんの魔力が全身を漲った時、クレアは少し自暴自棄になったんです」
「…………」
置換を、殆ど、してない。
思わずサレンはロアの横腹を強く叩くと。
「『間違ってはいないだろうな。本来は、あの程度で済むものではない』」
それだけ言ってロアは眠り込んだので、サレンは無理やり言葉を呑み込んでクレアの話を待った。
「全てが同じというわけじゃないです。でも、誰かを嫌うことに、理由がないわけがないと思うんです。きっと、そう思うだけの理由があって、自分じゃどうにもできなくて。だから、嫌っていても関わろうとしてるんだと思いますよ」
「そう、かもね…………」
今現在のサレンの憂いは、チョコとホムラの仲の悪さだった。
チョコがあそこまで刺々しい言葉を発するのは初めて見たし、それを受けたホムラも言葉に遠慮がなかった。
これが単なるじゃれ合いなら気にしないのだが、あの様子は互いに許せるラインを躊躇なく踏み抜いているとしか思えない。
単純にサレンがやりずらいのもあったが、一番はホムラが最後に口にした言葉。
(言い出したのはライネ、か。それじゃ、ホムラさんはライネさんが手伝うって言うから、私の手助けをしてくれるってことだよね?)
構図がおかしいわけではない。
二人の仲が特に良好なら、そういうこともあるかもしれない。
でも、大前提として、ライネがサレンを手助けしてくれる理由が特にないのだ。
それも単純な埋め合わせ要因ではなく、きちんと勝利に貢献するための一員として参加するという。
(それに、チョコ先輩の保有魔力が回復してないのも。当日までに戻る算段があるからだとは思うけど、そこまでしてくれる理由が、今の私にはあるとは思えない)
強いて言えば序列持ちの精霊と契約しているくらいだが、これが何か役に立つとはサレンは思えなかった。
むしろ本校での扱いを見るに、関わるだけ逆効果なのは確かだろう。
「…………あの、サレンお姉さま?」
「あぁ、ごめんごめん。ちょっと考え事してて」
「クレアからも、お姉さまに忠告させてください」
まるで、人が変わったかのように。
どこか年相応の口調から、一国を背負う者としての重みを込めてクレアは言う。
「インキュリア王国で起きた騒動も、恐らくは単なる一個人の暴走ではありません。もしかすれば、お姉さまは今、とんでもない事態に巻き込まれているのかもしれないです」
なので、とクレアは再び一人の友人に戻り。
同じ精霊使いとして、サレンにこう提案した。
「一度、情報を整理するためにも、クレア以外の人と話をしたほうがいいと思います。お姉さまの愚痴なら何時間でも聞けますけど、クレアは魔法学校のことは詳しくありませんので」




