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予想と反して、トアは自室を留守にしていた。
「…………アイツ、よりにもよって『工房』を閉じてるわね」
「工房?」
「魔法使いが魔法探求のために整備した、個人仕様の部屋のことよ。シュラやクアムの部屋も厳密に言えばそうなんだけど」
扉を開けた先の部屋は、サレンのと瓜二つの簡素な部屋だった。
一人用のベットと学習机、備え付けの本棚とクローゼット。
少し色褪せたカーテンは開かれた窓から吹き込む風で揺れ、照明が部屋全体を照らしている。
「普段トアがいる部屋はこれじゃない。滅多なことがない限り、自分から『工房』を閉めることなんてないってのに…………」
「何かあったってこと?」
心配になったサレンがそう尋ねると、チョコは苛立ちの混じった溜息を吐き出し。
「アタシらが学科対抗戦に参加するメンバーを探してるって聞きつけて、誘われないように逃げたんだと思うわ」
「…………なんで?」
「どうせ造形科か人体科に自作品を売りつけて、その動作確認がしたいからでしょ。アイツ、魔法具作成に関してだけは一流だしね」
それが留年してまで本校が残す理由なんだと理解したサレンは、少しだけ部屋の様子を眺めると。
「どこかに隠れてたりは?」
「絶対ないわ。アイツ、魔力隠匿マジで下手くそだから。いたら一発で分かるもの」
少なくともサレンには魔力隠匿どころか、日常的に発生している魔力の流れすら分からないのだが。
チョコにはいないと断言できるだけの根拠があるらしく、他の扉を開けることなく部屋を後にした。
「さて、と。これで空振ったわけだけど。どうする?学科対抗戦に参加するだけなら、ぶっちゃけアタシらだけでも間に合うけど…………」
そう問われるが、サレンからすれば何も分かっていない状況だった。
(他の精霊科の人を誘うって言っても、私の知ってる人なんてほぼいないし…………)
一瞬、親友であり同じ分校出身のシルフィのことを思い出したが。
(シルフィはシルフィで、植物科の一人として出るかもだし。というか、扱い的に精霊科と関わらせるのは避けたほうがいいよね)
ここまでチョコやシュラにおんぶにだっこな状態だが。
それはそれとして、自分のことでシルフィを巻き込むのは避けたいのが本心だった。
「他に誘える人もいないし、このまま…………」
「あ、あのっ!」
可愛らしい声がした。
三人で試合に出ようと言いかけたサレンは、声がしたほうに視線を向ける。
「あの、えっと、そのっ!」
そこにいたのは、サレンより更に小柄な少女だった。
長い黄緑色の髪は、クマの耳のような丸い団子を頭部に乗せており。
モコモコの髪質と相まって、どことなく小動物のような印象を強く与えてくる。
服装はサレンと同じ正しい様式で着られた制服姿で。
その表情は、どういうわけか顔を真っ赤にしながら半泣きだった。
「学科対抗戦、ウチも参加させてください!!」
両手で強く握りしめたスカートの裾は、プルプルと小刻みに震えていた。
下げられた頭は九十度より深く、油断すれば倒れそうなほど前に傾いている。
「ウチ、その、サレンさまが学科対抗戦に出るために人を探してるって聞いて、それで、その!ウチも出たいと思いまして!」
「…………確か、ライネさん、ですよね?」
ちょっと前に話題に出た、サレンが面識のある精霊科の一人。
記憶が正しければ、元の所属先は地質科。
それもシュラと同じで、既に学士を持っているはずだ。
現状、サレンの一番の目標は学士になるための実績を積むこと。
そのためのインキュリア王国への遠征であり、そのための学科対抗戦だ。
だから、サレンからすれば学士を持っている人間が、参加せずとも問題視されない行事に参加したいと言うのは、特に他意なく不思議だと思ったのだ。
「はいっ!地質科学士三年、ライネ・ユリツァーノです!」
「えっと、造形科一回生のサレンです。確か、私の自己紹介の場にいました、よね?」
そう尋ねると、ライネは勢いよく頭を上げると。
「はい!覚えててくれたんですね!もう二か月前のことなのに」
「まぁ、そんなに人数もいなかったですし…………」
それに、サレンからすれば体感時間は一月も経っていないのだ。
どちらかというと、ライネがサレンのことを認識していることの方が驚きが大きい。
そうこう話していると、ライネが立つ後ろから別の人物が姿を見せた。
「それ、わたしも出るから」
「ホムラ!?アンタ本気で言ってるわけ!?」
暗い赤髪に、大きめのサイズのパーカー。
本校の制服であるスカートではなく、恐らく市販品である短パンを履いた彼女は嫌そうな顔をすると。
「別に、そんな驚くほどでもなくない?」
「いや、だってアンタ、一度だってこの手の行事に参加したことないでしょ?」
「…………はぁ」
まるでこれ以上は話したくないと言わんばかりに、ホムラは溜息をついてサレンに尋ねる。
「それで、他の参加者は?」
「今のところは、私とチョコ先輩、それとシュラさんです」
どことなく怒っている口調だからか、サレンは少しだけ早口でそう答える。
するとホムラは、またしても溜息を一つつくと。
「呆れた。シュラはともかく、まさかチョコにも戦わせるつもりなわけ?」
「…………え?」
「分かんないなら教えてあげるけど。チョコの魔力は今、普段の一割もないわよ」
信じられない言葉だった。
反射的にチョコのほうを見遣ると、今度はチョコが苛立ちと怒気の篭った視線をホムラへ向ける。
「アタシ、アンタになんかしたっけ?」
「何も。逆に聞くけど、それ隠して参加する必要ある?そんな貧相な保有魔力で誰に勝つつもり?」
「それでも、敢えてアタシが隠してることくらい理解できるわよね?」
「そのつもりなら、普段通りに魔力隠匿したらいいだけでしょ」
いつの間にか喧嘩腰になりつつあるので、ライネがホムラを、サレンがチョコを宥め対話を中断させる。
「言った通り、わたしもライネも参加するから。ライネもそれでいいのよね?」
「は、はい!あ、あとですね…………」
ライネも長引かせないほうがいいと思ったのか、退散する素振りを見せながらサレンに何かを手渡した。
「これ、トアさまから友愛の記だそうです。なんでも、通信魔法具を小型化したものらしくて。互いの魔力の波長を合わせれば、遠くにいる人とも会話ができるんだそうです」
「なんでライネが持ってるわけ?」
「実はその、サレンさまらが出かけたあとで、トアさまから渡されてたんです。自分から渡すと、チョコさまが激怒して破壊するだろうからって」
「…………否定しきれないのがムカつくけど。だからアイツの『工房』が閉まってるのね」
「あ、そうなんですね。そこまではウチも知らなくて…………」
二人が話す横で、サレンは渡された通信魔法具の外見を眺める。
大きさは二十センチくらいで、厚みは縦横で五センチほど。
角は取られて丸くなっており、小さなダイアルが三つと、数字の刻まれたボタンが片方に密集している。
「それ、原理は魔力を介した念話と同じ」
慌てて顔を上げると、そこには顔を覗き込むホムラの姿があった。
吐息が触れるくらいの距離に、サレンは一瞬ドキリとするも。
「そのダイアルを回して、互いの魔力の波長を合わせる。で、そこのボダンでデータを記録すれば、後は勝手に魔法具の方が保存し再現してくれるの」
「詳しい、ですね…………」
「ライネと一緒に説明聞いたからね。今は、チョコと話すのに夢中みたいだし」
チラリと視線を向ければ、どこかはしゃぐようにチョコと対話するライネが見える。
その姿だけ見れば幼い子供のようだが、一応はサレンよりも上級生のはずだ。
「先に言うけど、わたしはあなたに興味はないし、特別助けるつもりもない」
スッ、と。
首元にナイフでも突きつけるように、酷く冷え切った声でホムラは囁く。
「だから、感謝するならライネにしなさい。理由は知らないけど、言い出したのは彼女だから」




