3
先に訪れたのは、クアムという人の部屋だった。
「トアはまだしも、クアムは基本ここにいるのよ」
「確か文学科だったよね?」
「そうよ。普段何してるのかアタシも知らないけど」
「も?」
廊下を歩きながら、サレンはチョコにそう尋ねる。
「精霊科って括りだけど、話すどころか顔を合わせる機会が少ないからね。アタシはシュラとトアは割と話すけど、他ってなると…………」
どうやら記憶を探っているのか、チョコは数秒ほど黙ったあと。
「レナリアとは、まぁ話すっていうか遭遇したら絡まれるけど。あとは殆どないわね」
「あれ?でも私が自己紹介した時、他にも人いたよね?」
サレンの記憶にある人数は六人。
チョコ、シュラ、トア、クアム以外にも、少なくとも二人はいたと覚えていた。
「あぁ、それライネとホムラでしょ?」
チョコは納得した様子で二人の名前を出すと。
「あの二人、というかホムラの方がアタシのこと嫌ってるみたいなのよね。ライネとホムラって四六時中ずっと一緒だから、会話するタイミングなんて基本ないし」
「…………そう、なんだ」
今のところ、面識があるのはチョコだけなので、彼女を嫌っていると言われるといい気にはならなかった。
「気にしないでいいわ。むしろ、ホムラに関してはライネが例外なのよ。あの子、人間全般が嫌いだし」
「理由とかあるの?」
「想像はつくけど、断言はできないわね。適当なこと言って反感買うのも怖いし」
そうこうしているうちに、チョコは廊下の一角で足を止めた。
そこは一番上の階の、階段から最も遠い端にある部屋だった。
少なくとも五枚の扉を通り過ぎたが、そこから人が出てくる気配はない。
「この階は基本いない人のための部屋なのよ。アタシも、聞いた感じトアも会ったことないみたい」
「それでも、本校の生徒なんだ?」
「じゃない?ていうか、精霊科の生徒なんて誰も把握してないし、興味もないんでしょ」
あっさりとチョコはそう言い切ると、三回のノックの後で扉を開く。
(…………暗い?)
チョコの後ろから見た部屋は、真っ暗と形容するに相応しいほどの漆黒だった。
照明はついておらず、カーテンは完全に閉じられ、開けた扉から差し込む光さえ途中で遮られてると思えるほど。
「クアム、いるでしょ?いるわよね?」
返事はない。
ないが、サレンはなんとなくクアムがいると確信が持てた。
「アンタ、学科対抗戦に出ない?今、人を集めてるんだけど」
チョコは部屋に入ろうとせず、大きな声でそう部屋に問いかける。
どうして入ろうとしないのかと問うより先に、チョコがサレンの体を少し後ろに押した。
驚くサレンに、チョコは視線だけ向けると。
「いいわ。邪魔して悪かったわね」
そう言い残し、チョコはそのまま扉を閉じてしまう。
バタン、という音が鳴った後で、サレンはおずおずとこう尋ねた。
「今ので、何か分かったの?」
「参加はしないってさ。ま、分かり切ってたことだけど」
どうやらチョコの中では参加しないのが既定路線だったのか、特に気にすることなくクアムの部屋から遠ざかっていく。
「チョコ先輩、なんで部屋に入らなかったわけ?いる、とは思うけど。聞いてるか分からなくない?」
先ほど感じた疑問を投げかけると、チョコは至極面倒そうに息を吐くと。
「あの部屋、妙に暗いと思わなかった?」
「まぁ、うん。でも造りは同じなんだよね?」
「一応ね。トアが改造してる可能性もあるけど」
もはやリフォーム業者なのでは?と思うが。
サレンの部屋にも、綺麗とは言えないが光を取り込む大きめの窓がついている。
「クアムの部屋は、日中でも夜間でもずっと暗いままなのよ。外からクアムの部屋を見ても、カーテンが設置されてる様子もないのによ」
「…………え?」
「ついでに、疑問に思って調べようとした他学科の生徒が軒並み失踪してるわ。大勢が見ている目の前で、まるで陰に落ちたようにね」
「…………」
とん、と。
サレンの体感温度が、一つ下がったのでは思うような寒気が全身を襲う。
「だから、クアムの部屋には近づいても入ったらダメなのよ。あんな辺鄙な場所に部屋があるのも、それが原因だって聞いてるし」
チョコはそう話しながらも、どこか怯えに見える感情を覗かせ呟く。
「あの人の魔法は、ちょっと他とは毛色が違うしね」
階段を降りながら、サレンは次の行き先をチョコに尋ねると。
「次は…………そうね。トアの部屋に行きましょうか。普段だったら絶っ対に近づかないけど、今回ばかりは仕方ない」
「そんなにヤバイの?」
サレンの脳内にいるトアは、精霊科の生徒の部屋を魔改造するリフォーム業者なのだが。
「少なくとも、真っ当な倫理観はないわね。そもそも、普通にしてれば四年で強制的に卒業になる本校で、三回も留年してるような奴よ?退学にもなってない、できない奴だって言えばサレンも理解できるんじゃない?」
言われて気づいたが、本校では自発的に退学する人間はいるとは聞いている。
だが、留年しているという話も、そもそもするメリットも恐らくはないはずだ。
なにより、トアは既に学士の称号を獲得している。
そのうえで学校に残る理由を、サレンは一つたりとも思いつかなかった。
「会えば分かるわ。きっと、トアはサレンに興味を持つだろうし」
それが、どことなく他人事のようで。
それ以上に同情に満ちていることに、サレンは一抹の不安を抱くのだった。




