25
これで第2章は完結です。
第3章は後日から更新します。
長くなりましたが、ここまでお読みいただきありがとうございました。
インキュリア王国を出て三日。
サレンはチョコと共に、列車にて帰路についていた。
「…………はぁ」
「なに?まだ引きずってるわけ?」
向かいに座るチョコにそう尋ねられ、サレンは力なく首を横に振った。
「そうじゃないっていうか、決定そのものに文句はないんだけど」
インキュリア王国で起きた騒動。
国家元首にして精霊使いであるクレアと、その身を案じた執務官セジリオの謀略。
彼らの思惑がすれ違ったことで起きた一連の事件は。
その全てを、なかったことにした。
「仕方ないでしょ。国家規模で事件があった以上は、原因を追究したうえで誰かが責任を取らないといけない。でも、その責任を押し付けられる一部の人間が揃って消えちゃって、残ってたのはクレアとセジリオだけ。だけどそれは、アタシらも望んでない」
何かに憑かれたように暴れたセジリオは、サレンらが退散するまで目覚めることはなく。
そのセジリオを倒したイグニアと、倒されたシュラは先んじて退散。
聞けば精霊科の先輩らが何人か来てたらしいが、最後までサレンが会うことはなく。
残されたサレンとチョコ、そしてクレアの三人で後の話し合いをしたのだ。
「アタシらの目的は、学士になれるだけの実績と相手にそれを担保してもらうこと。その要になるクレアを断罪させたら、巡り巡ってアタシらに火の粉が降り注ぐことになる。そうしたらもう、魔法学校に通うどころじゃないもの」
チョコ曰く、一般人への口封じは何も心配ないらしく。
起きた全てを、質の悪い悪夢だったと言い訳できる状況にあるらしい。
(きっと精霊科の誰かの魔法なんだろうけど。一国全土に行使できる魔法って精霊より凄いんじゃないの?)
魔法探求に目覚めたばかりのサレンは、是非とも詳しく知りたかったのだが。
どういうわけかチョコの口が堅いのもあって、これ以上の情報を得ることはできなかった。
ついでに、王宮から逃げ出した連中も、クレアとサレンの戦いまでは目撃できておらず。
あとはサレンらが何も言わなければ、何もなかったで成立する状態にあった。
(ごり押しにも程があると思うけど…………そこはクレアが頑張るって強く言ってたし、変に疑うのもそれはそれで違うし…………)
実際、精霊の存在をクライドラ王国に隠せていたのだ。
サレンがあれこれ気に揉むだけ余計なお世話なのは、サレンとて分かっているつもりだった。
「ただ働きになったのは痛いけど。今回ばかりは仕方ないわね。元々、学外依頼なんて成功しないのが当然なわけだし、クレアって味方を作れただけでも大手柄よ」
騒動の最中、被害を食い止めるために奔走したチョコへの恩義か。
あるいは、友だちだと言ってくれたサレンへの友愛の証なのか。
クレアは個人的に、サレンらと連絡先を交換し協力を誓ってくれた。
下流階級の生まれで後ろ盾のないサレンにとって、一国の主が味方なのは強力な味方だし。
なにより、同じ精霊使いとしてこれほど心強いことはないだろう。
「でも、クレアの言い方、なんか変じゃなかった?」
「変って?」
「上手く言えないけど、向けられてる好意がこう、友だちって感じじゃないっていうか…………」
気がかりなのは、クレアがサレンのことを「お姉さま」と呼びだしたこと。
そしてそう呼ぶと同時に絡めてきた指が、どことなく艶めかしいものだったことだ。
「諦めなさい。話を聞いた感じ、悪いのはサレンだから」
「友だちだからって殴ったから?」
「さぁね。アタシには分かんないわ」
あれが友愛ではないことくらい、チョコでも分かることなのだが。
それに気づけないサレンも、それであぁなるクレアも大概なので。
「大いに悩んだらいいわ。どのみち、長い付き合いになるんだし」
チョコは完全に、他人事だと放置することを決めていた。
「それよりも、これからのことを考えないとね」
「これから?」
「そうよ。想定だと一か月くらいで戻れる予定だったのに、結果的に二か月近い滞在になったでしょ。前に話した期末考査までは時間があるけど、その前に一つ行事があるのよ」
なんにしても、二人が学生で学び舎に属する人間なのだ。
当然、学校行事には参加しないといけない。
「それって全員参加なの?それとも一回生だけ?」
「名目上は全員ね。とはいえ、他の学科は違うと思うけど」
「なんで?」
「ルール上は、五人いれば成立するからよ」
それは本校において数少ない、目に見える形で優劣が分かる催しの一つ。
魔法の探求に勤しむ者たちが、禍根と研鑽のために争う舞台。
「学科対抗戦。各学科から五人選出して、五番勝負で勝敗を競う魔法模擬戦よ。勝ち上がり形式で、順位に応じて本校から一時金が支払われるの。一位になれば、アタシら精霊科の年間予算より多くのお金が貰えるわ」
どことなくチョコが息巻いていることに気づいたサレンは、それが正しいと即座に知る。
「これまで精霊科は慢性的な人数不足で常に最下位。おかげで学舎はボロボロで、元の予算もほぼないから研究素材すら買えなかったわ。これまではね」
「…………」
「でも、今年はサレンがいる。頭数としてはギリギリだけど、上手くやれば優勝だって狙えるわけ!」
サレンは思い出す。
いつ抜けるか分からないほどに脆弱化した床。
汚れだらけで満足に光を通さない窓。
建付けどころか穴だらけの扉。
そして、日夜聞こえ続ける、何かが動き回る音。
「チョコ先輩」
男勝りな性格ではあるが、サレンとて一人の女性だ。
身の回りに無頓着とはいえ、思うところがないわけではない。
「私、綺麗なお風呂に入りたい」
「甘いわねサレン。別に女子棟を作れば全て解決するわ」
この時、二人は本当の意味で理解し合えたのだ。
正しい意味で、理念を共感しあえる友を。
実質、他の生物たちの住処に寄生させてもらっている待遇を。
「狙うは優勝。ピカピカの新居を手に入れて、快適な学園生活を手に入れるわよ」
二人は熱い友情を新たに、本校へと続く列車に揺られる。
話す二人はどこか姉妹のようで、妙に決意に満ち溢れているのだった。
「…………」
そして。
時を同じくして。
「お久しぶりですね。やはり、貴方が来てましたか」
インキュリア王国の一番外側。
背の高い建物によって作られた偶然の死角に、一人の男が足を踏み入れた。
「えぇー、やだぁなんでここにいるんですかぁ?」
そこは、散乱とした場だった。
例えるなら帰省途中の若者が、うっかりキャリーケースの中身をぶちまけたみたいな。
一人の女性を中心に、大小さまざまな荷物が投げ出され地面に転がっていた。
「あぁそうでしたねぇ。あなた、今は学校の先生をしてるんですもんねぇ」
荷物の正体は、人間だった。
生きたまま五センチ四方の正方形に圧縮された、この国から失踪した幕僚たちの全てである。
「それで、どうするんですぅ?まさかと思いますけどぉ、いつもの人助けぇ、ですかぁ?」
「いえ。今は辞めておきましょう。今は時期が悪いですので」
男はそう呟き、そして視線を横に向ける。
「『火車』くんのことはぁ、気にしないでくださぁいよぉ。これでもぉ、上の命令には逆らえないんですからぁ」
「冗談がすぎますね」
一蹴だった。
わざとらしい困り顔の、ふくよかな女性は。
「No.2である貴方であれば、精霊ごときに遅れは取らないでしょう?」
ズルリ、と。
まるで蛇が脱皮するかの如く、その外側だけを器用に脱ぎ捨てた。
「ふぅ。これ、肩が凝るんですよねぇ」
出てきたのは黄色髪の子供だった。
全身についた粘質性の液体を手で払いながら、No.2と呼ばれた者は全裸のまま大きく背伸びをする。
「それでぇ、本当に何の用事ですかぁ?まさかと思いますけどぉ、元同僚の顔が見たい、なんて言いませんよねぇ?もしくは、ほんとうに会いたくなった、とか?」
子供は覗き込むように身を屈め、そして笑った。
純粋無垢とは真逆の、邪悪と悪意に満たされた視線を向けて。
「警告ですよ」
対して、男は告げる。
それら全てに一ミリも意に介することなく。
あるいは、これぐらいであれば普通だと言わんばかりに。
「次、僕の生徒に手を出したら。その時は容赦しないので」
「…………あはっ」
その日を、インキュリア王国にいた全員が等しく記憶から消した。
なにしろ揃いも揃って、悪い夢を見たのだ。
たった一つの悪意によって、為すすべなく殺される夢を。
「やだなぁもう、そんな熱烈な告白を聞いちゃったらぁ」
子供は恍惚とした表情を浮かべ、己の指を舌に絡めながら囁く。
「今すぐここで、愛したくなっちゃうじゃないですかぁ」
「…………」
「でもぉ、それは今は許されていないのでぇ。『墜星』の日まで待ちますねぇ」
だから彼らは、再び眠りについた。
緩やかに続く安寧に、穏やかに続く平穏に。
「その時が来ることをぉ、首を長ぁくして待ってます♡」
破滅から偶然逃れた幸福に、気づくことなく永遠に。




