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墜星のイデア ~生まれついて才能がないと知っている少女は、例え禁忌を冒しても理想を諦められない~  作者: イサキ
第2章 海楼国家インキュリア

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22

 サレンとて、その顔に覚えがないわけではなかった。


 だがしかし、それでも断言できないだけの理由がサレンにはあった。


(…………なに、あれ)


 セジリオ、であるはずの人間。

 その体は燃え尽きた墨のように黒く、胸の中央辺りは煮え滾るように紅く。


 なにより、彼から発せられる魔力の熱は、精霊らがいる空間でさえ容赦なく焦がすほどの力を秘めていた。


「『…………『天秤(てんびん)』、か』」


 ロアの言葉に、真っ先にパンサラサが反応する。


「『この場において、そちが冗談は言わんとは思うが。ぜひ、そうであることを我は思うぞ』」

「『残念だが、それはない』」

「『…………ほと、厄介極まりない話だ。まだ、我らを追いかけているか』」

「『仕方あるまい。コレと小生らは、そういう巡り合わせの中にいる』」


 二柱の精霊が意味深な会話をする間、クレアはどこか願うようにセジリオを眺めていた。


 もしかすれば、次の瞬間に戻るかもしれないと。

 揺れる瞳は静かに、それでも彼女の懇願を如実に表している。


「『して、諦めるのだな』」


 だが、パンサラサはそれを端的に否定する。


「『もはやアレは救えない代物。我とて詳しいことは何も知らぬが、アレが以前の姿に戻った話を聞いた覚えがない』」

「だとしても、諦める理由にはならないでしょ」


 クレアに向けた言葉に、サレンは真っすぐな声で拒否する。


「パンサラサの記憶がどうこうは重要じゃない。セジリオさんはクレアにとって大切な人で、何があっても救わないといけない相手。攻略の手順でもないんだったら、今その話は何も意味がないわ」

「『徒労だとしてもか?』」

「くどい。二度も言わせないで」


 そしてサレンは、小刻みに震えるクレアの手をそっと握った。


「クレア。気持ちは分かるけど、今はオレと一緒に戦ってくれ」


 ここまでの間、セジリオは呻くだけで動こうとはしなかった。

 それはどこか別の何かと戦っているようであり、動く余力を別で浪費しているようにも見えた。


 ただ、漏れ出る殺意は紛れもなく本物で。

 そしてその隙は、クレアの震えが止まるのに十分すぎる時間だった。


「…………分かりました。とにかく、セジリオさんを助けないとですよね」


 サレンは頷き、そして共に神霊外装へと姿を変える。


 クレアが変身と共に取り出した杖を構えた途端、セジリオは突如として走り出した。


(武器持ったままなのに、ちょっと早すぎるでしょ!?)


 両手に握られているのは、恐らくは斧に近い武器。

 それは柄に対し斧頭が極端に大きい代物だったが、セジリオは難なくそれを上へ振りかぶる。


「っ、させねぇよ!!」


 迎撃が間に合わない。


 幾つかの要因によって生じてしまったクレアの隙を、サレンが立ち塞がることで防ぎにかかる。


「ロアっ!例のアレやるよ!」

「『任された』」


 ギアを入れるように足元から魔力を吸い上げ、頭の頂点から放出されようとする前に右腕へ。


 それは右の正拳付きに似た構えから放たれる、前腕の捩りを加えた掌底突き。

 ロアとの相談のもと、二人で相談し編み出したそれに名をつけた。


「『虎放(こほう)絶牙(ぜつが)』っ!!」


 さながら虎が獲物を嚙み千切るかのような一撃。

 回転は暴力的な応力を生じさせ、莫大な魔力の放流は回避不可の攻撃範囲を成立させる。


 サレンが放ったそれはセジリオの体を容赦なく巻き込むと、白い光の柱となって天井をも貫いた。

 だがそれはインキュリア王国の外殻、つまりは外洋と内陸を隔てる壁までは届かなかったが。


「…………すごい、威力ですね」

「元々、蹴って殴っては得意だからな。応用させるんなら、こっちのほうが適性があった」


 上に兄が二人いるサレンにとって、喧嘩なんて日常茶飯事だった。


 上が下を虐げるのなら割とありふれた話だったが、生憎とサレンはそんな行儀のいい妹ではなく。

 むしろ自発的に、おおよそ勝ち目のない喧嘩を吹っかけ、ボロボロにされながら勝利を掴んできた過去を持っている。


 故に暴力を振るうことへの抵抗性や、魔法を戦闘の手段で使うこと。 

 魔法そのものを戦いへと特化させることに違和感を覚えないのは、紛れもなくサレンの出生が理由だと言えるだろう。


 そんなサレンは、自らが空けた天井穴を眺めると。


「あれで倒せるとは思ってなかったけど」


 スタリ、と。

 

 サレンとクレアを両断できる間合いにいるセジリオへ、視線を向け告げる。


「それは、ちょっと安直すぎない?」


 途端、セジリオの体が突如として上へ吹き飛んだ。

 

 否、吹き飛ばされた。


「シュラさんを倒した相手が、あれだけで倒されるわけねぇよなぁ!!」


 ロア直伝、鳴震。

 ほぼノーモーションで発動できる中遠距離への攻撃魔法で体の自由を奪い、サレンは躊躇うことなくセジリオの懐へと入り込む。


 狙いは、胸の中央。

 紅く燃えるように光る、恐らく異常の中心点だ。


(どう見たって、これが原因にしか見えないんだから)


 取り外す、あるいは粉々に砕く。

 仮に壊せないほど硬いものだとしても、体外に排出さえできれば結果は同じだ。


(これをブチのめせば、万事解決するでしょうよ!!)


 故にサレンは、殴るのではなく叩き押すように掌を伸ばした。

 殴打することで意識を奪うのではなく、むしろ狙いを異常を除去することに専念する。


 そしてサレンの視界の端で、クレアがパンサラサの加護を発動させているのが見える。

 周囲に揺らめく潮流に似た召喚地点は、さながら包囲するようにセジリオの周囲を滞留。

 横や後ろや退避されたとて、その時点で絡め取り次手で仕留められる陣形だ。


 だから、サレンは信じられなかった。


「───────がっ!?」


 斬撃が、体の内側を切り裂いた。


 恐らくそれはリング状のもので、セジリオの胸から放たれたのをサレンは間近で見た。


 だが、それには質量がなかった。

 煙のように音もなく通り抜け、なんだったのかと思った直後。


 まるで巨大な斧で叩き切られたかのように。

 サレンの体は地面に撃墜させられ、口から大量の血反吐を吐き出す深手を負っていた。


「…………んだ…………それ、は」

「『拙いっっ!!』」


 疑問を呈する。

 

 それが命の取り合いの最中において、どれだけ致命的な隙なのかサレンは知らなかった。


「ゴボッッ…………!?」


 迫る斧頭を両腕で防ごうとし、直後に走った鋭利な痛みにサレンは息を詰まらせる。

 それは槍のような鋭利な鈍器で腹部を貫かれたような、鳩尾を正確に穿ち呼吸を奪う一撃。


「…………ッ…………ァ」


 思わず前のめりで腹を抱えるサレンへ、セジリオの斧は彼女の側頭部を躊躇なく振りぬいた。


「……………………され、ぁ」


 共に戦っていたクレアは、質量のない斬撃で無力化されていた。


 両者の違いを挙げるのなら、それは身体構造の差なのだが。

 生憎と、この場において指摘する者も思考できる者もいない。


(…………マズった。これ、オレ死ぬじゃん)


 音が遠い。


 普段あれだけ意識せずとも分かるロアの声が、頭の中で反響して殆ど聞きとれない。

 視界は霞んでいて、痛みは既に感じないところまで来ている。


 当然、手足どころか顔の一部分もサレンの言うことを聞きはしない。


(…………しまったな。こんなとこで、死ぬつもりは、なかったんだけど)


 死が間近に迫るなか、サレンの心は意外にも落ち着いていた。

 あるいは、急すぎるあまりに現実だと認識できていないからか。


 どちらにしても、サレンにできることはなく。

 クレアは動けず、仮に動けたとてセジリオの斧が先にサレンへ届いてしまう。


 精霊はその魔力を惜しみなく契約者に授けるが、事態が変わることはなく。


 ゆっくりと、サレンの首に斧の刃先が触れようとする。


「そこまでにしましょうか」


 その、寸前。


 触れる寸前で、斧を止めた第三者がいた。


「話を聞きて駆け付ければ、街はめちゃくちゃ王宮は大混乱。そこに加え、シュラさんだけじゃなくサレンさんまで血まみれで倒れている、と」


 白髪交じりのボサボサの黒髪。

 色濃い隈に伸び切った無精髭。

 ヨレヨレの白シャツに皺だらけのスラックスとネクタイ。

 履き潰されボロボロになった革靴。


 疲れ切った中年にしか見えない男は、当然のように素手で斧を掴み告げる。


「お前、僕の可愛い生徒に何してる?」

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異世界に転生したら最強になって無双できるんじゃないんですか!?
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