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墜星のイデア ~生まれついて才能がないと知っている少女は、例え禁忌を冒しても理想を諦められない~  作者: イサキ
第2章 海楼国家インキュリア

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20

「あ、やっと起きた」


 上から降ってくる声に、クレアはぼやける視界をゆっくりと開いていく。


「大丈夫?けっこう思いっきり殴っちゃったから、後で凄い腫れちゃうかも」

「…………サレン、さん?」

「あぁ良かった無事そうね。他に大きな怪我はなさそうだし、というか『置換』のおかげで怪我しないみたいだから。安静にしてれば大丈夫だって」


 本心から安堵したのか、クレアにはサレンが胸をなでおろした素振りをしたように見えた。

 そして無意識に視線を泳がせると、ぼやけた視界の端に一頭の虎が映る。


「『…………この期に及んで、小生(しょうせい)が言えたことではないが』」

 

 まだ焦点が定まってくれないからか、どんな様子かは分からないままだった。

 仕方なく瞬きを繰り返しつつ、クレアは聴覚に気持ちを集中させる。


「『このような幼子を容赦なく殴るとか、盟友(とも)には人の心がないのか?』」


 一瞬の静寂。

 割と本気で引いてるのか、ロアの声はクレアでも分かるほど慄いていた。


「なっ!?だって、あぁでもしないとクレア止まらなかったでしょ!?」


 慌てて弁明するが、独り言ちに呟くロアの言葉は止まらない。


「『しまいには小生と『進化』を手玉に取り、説教を加えたうえで一方的に力を奪い取り行使するなど。手段を選ばないのは盟友の良さだと自覚しているが、それでも小生は少しだけ怖く思えてきたぞ?』」

「いやいやいや、だからってドン引きしすぎじゃない!?ロアだって戦うの止めなかったじゃん!」


 サレンは必死だが、ロアの怯えはまるで消えない。


「『あれは平和的に制圧すると思っていたからだ。それが、まさか躊躇なく暴力を振るうとは。見てみろ、かの『進化』ですら怖がってる始末だ』」

「やけに静かだと思ったら、違うからね!?別に私は暴力で全部解決しようとか思ってないっていうか、兄貴とよく殴り合いの喧嘩をしてたから、そのノリでつい友達を殴っちゃったっていうか!?」

「『…………(オレ)、痛いのは嫌だな』」

「しないから!だから辞めて虐めみたいになってるってこれ!!」


 一人の人間に全力で怖がる精霊たち。

 

「…………ふふ」


 それがどこかおかしくて。

 実は、心のどこかで怖がっていた自分さえ滑稽で。


「ふふふ、あははははははははは!!」


 クレアは数年ぶりに。

 全てを忘れて、心の底から大きな声で笑った。


「ふふっ、もうパンサラサったら怖がりすぎじゃない?そんな、ふふふ、いえ、でもサレンさんも…………」

「クレア笑いすぎだから!クレアの精霊なんだからちゃんと言ってあげて!」

「そうですね、っくく、ごめんなさい。なんだか可笑しくて仕方なくて…………ふふ」


 止めようとするほどに、クレアの笑いは終わらないらしい。

 しばらく堪え笑いが続いたが、頬に涙が流れた頃合いでやっと平常心を取り戻すことができた。


「ありがとうございました。サレンさんのおかげで、なんとか正気を取り戻すことができました」

「いいわよ別に。私こそ遠慮なく殴ってごめん」


 本心から謝罪を口にするサレンに、クレアはそれでもと首を横に振ると。


「実のところ、早い頃合いで気づいてはいたんです。パンサラサと契約した時点で、わたしは両親にとって用済みなんだろうって」

「…………クレア」

「だから寂しくて。我が儘を言って、みんなを振り回してしまったんです。だから、本当にごめんなさい」

「『案ずることはない』」


 パンサラサはそう言うと、巨大な角をぐりんと振り回し。


「『既に街の機能は概ね復活させた。中央にいた連中への加護も、ひとまずは元に戻す形で対応してある』」

「ありがとう、パンサラサ」

「『例ならそちの学友に言え』」

「私?」


 角で指され驚くサレンへ、パンサラサは不服そうにこう説明する。


「『此度の騒動における、一番外で起きた暴動鎮圧にそちの学友が大きく寄与している。この国の兵士たちが我が身可愛さで逃げ隠れしている間、そちの学友が事態収拾に奔走していたのだ。おかげで、思っているよりも被害は出ていない』」

「…………チョコ先輩、かな。シュラさんは王宮にいたし」


 完全に巻き込まれた側だというのに、あの二人は文句を言わずサレンの手助けをしてくれた形だ。

 今のところ狙いも目的も不明だが、とりあえずは感謝をするで問題ないだろう。


「『なんにしても、ここまでインキュリア王国に尽くしてきたんだ。これぐらいの我が儘など、過去の実績でどうにでも握りつぶせる』」

「それでも、迷惑をかけたことは謝りたいです。特にセジリオさんは、色々とわたしにしてくれたみたいで…………」

「『そちは真面目がすぎるのだ。これからはもう少し、肩の力をだな…………』」

「…………あ」


 そこでやっと、シュラが今どこで何をしているのか思い出したのだろう。

 サレンは気まずそうに視線を泳がせたあと、気づかれないようロアに念話を飛ばす。


(『ねぇどうしたらいい?私、この流れでシュラさんが倒してるかもって言いずらいんだけど!?』)

(『好きにすればいいであろう。どうも小生は言葉足らずの秘密主義らしいのでな』)

(『え、なに拗ねてるの?あんなの流れで出た言葉だし、虎の機嫌の取り方とか私知らないんだからさ』)


 とりあえず、回れ右して来た道を戻ろう。


 サレンは謝罪の言葉を箇条書きのように連想しつつ、クレアにそう提案しようと考えた。


「『───────サレン!』」


 警戒の声より早く、クレアの装いが神霊外装へと変わる。

 その直後、揺らめく水面のような不明瞭な壁が砕け、吹き飛ぶように何かが飛び込んできた。


「シュラさん!?」

「…………サレン殿、か」

 

 慌てて駆け寄るより先に、シュラが力尽き地面に倒れる方が早かった。


 カランと力なく愛刀が転がり、体の近くから赤い染みが床に広がる。


「…………酷い。ロア、すぐ治癒魔法を」

「…………待て」


 激しく震える手で制止したシュラは、強い力でサレンの手を取りこう口にした。


「アレは…………紛い物、だ…………必ず、外側に…………、」

「ちょ、シュラさん!?」


 そこで力尽きたのか、シュラの体から力が抜ける。


「『一時的な気絶だ。治療さえすれば命に別状はない』」

「分かった」


 ひとまず応急処置だけ済ませ、近くに姿を見せた生命体にシュラの体を預ける。

 できれば安全な場所へ運びたいが、それを許さない何者かが奥から姿を見せたのだ。


 そして、その顔を見た瞬間。

 サレンは奥歯を強く噛み、クレアは息を呑んでいた。


「クレア、あの人って」

「…………わたしも、できることなら否定したいです」


 だが、それは叶わない。

 なにしろそれは、クレアにとっては唯一と言える特別な人間だから。


「でもあれは、セジリオさんで違いないのです」


 この国の執務官であり、サレンをクレアと引き合わせた張本人。


 手には巨大な戦斧が握られており。

 その体は、紅く灼けた地割れによって別人に成り果てているのであった。

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☆☆☆完結済の過去作はこちら☆☆☆
異世界に転生したら最強になって無双できるんじゃないんですか!?
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