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「アンタさ、私とも契約しない?」
サレンの発言の直後。
二つの意味で、場の空気が凍り付いた。
「『…………我の聞き間違いであることを切に願うが』」
それは、水の精霊序列二位であるパンサラサから放たれる殺気と。
「『そこの『脈動』と命を結んだまま、我とも契りを結びたいと?』」
すぐ隣にいる、土の精霊序列二位であるロアの困惑によるものだった。
生半可な魔法使いならば、その場に立っているだけで失禁するほど濃密な魔力の衝突。
百メートル近く離れているというのに、二人と精霊二柱は自然な口調で会話が行えている。
その渦中にありながら、サレンはなんてことない様子で肩を竦めると。
「そんなに驚くこと?だって、私一度も精霊との複数契約がダメだって聞いてないし。できないわけじゃないんでしょ?」
先ほどまで起きていた激しい攻防から一転。
潮流から発する小川のような静かな音のみに包まれ、かくも厳かな気配が空間一帯を支配する。
「そっちの願いは聞いた。王様になりたいんだって?ぶっちゃけ私からしても、目的がはっきりしてる奴と組む方がやりやすいし。ロアは秘密主義なのか全然話してくれないし」
一瞥もすることなく。
サレンは淡々と、さながら商談をするかのように言葉を並べる。
「パンサラサもさ、クレアが話してくれなかったって言ってたじゃん。お互い相手に不満がある同士、手を組むのはアリかなって思っただけ」
その言葉を聞く間、クレアは一ミリたりとも動こうとしなかった。
それはどこか相手を窺うような、相手の顔色から機嫌を探るような行為に似ていた。
「『…………確かに、そちのほうが我の目的を叶えるのに適しているのかもしれん。業腹だが、そこだけは我も認めてやらんでもない』」
「だったら…………」
「『だが、侮るなよ。小娘』」
ブワリ、と。
せり上がるように魔力が吹き上がり、攫う波のようにサレンへと押し寄せる。
「『この娘は、我が選んだ相手だ。ただ願いを叶えるだけのために選んだと思うなら、その勘違いは高くつくと知れ』」
サレンを呑み込む魔力の波は、緩慢ながらも確かな力を以て腹部を圧迫していた。
硬い球状の何かで圧するように、サレンの呼吸を浅く短いものへと変えていく。
「…………分かってんじゃん」
瞬間、サレンの体から魔力が発せられる。
それは余りにも微弱で、時間にしても数秒にもならない刹那的な現象。
一瞬だがパンサラサの魔力を押し返したが、途端に押し返され呑み込まれる。
「それさ、クレアに言ってあげたわけ?」
「『なに?』」
「クレアが良くて選んだって。自分がクレアがいいって思ったから契約したって。ずっとずっと、二人きりでいても悪くないって思ったって。一度でも言ってあげた?」
悪寒を覚える。
それは精霊には不要の代物で、本来なら絶対に感じることのない報せ。
なによりも、クレアの呟きがパンサラサの予感を革新へと帰る。
「…………流れ、こんでる?」
サレンが発した魔力は、サレンが保有するサレンの魔力だ。
ロアから借り受けた魔力と違い、一度使い切れば回復には丸一日かかる。
そしてそれは、必然的にサレンの命を危機に晒す行為と同義だった。
「精霊にそこまで求めるのが合ってるのかは知らない。もしかしたら、そんなことする義理がないのかもしれない」
危機に晒された体は、本能的に欠けた代わりを求める。
渇死寸前の人間が、近くに流れている小川に飛び込むように。
サレンの体は、今この場に最もあるものを強く求めた。
「でもさ、パンサラサはクレアに本契約を求めなかったんじゃないの?今だって、クレアがそうしたいって言ったから『置換』を行った。クレアが求めなかったら、一度でもしたいと言わなかったら。その時はクレアが意見を変えない限りはしなかったんじゃないの?」
それは、普通の魔法使いでは絶対にできない行為。
なにしろ、魔法使いが自身の保有魔力を完全にゼロにすることはない。
できるできないではなく、そこまでの危険を冒す必要性がない。
仮に自分の血液を金銭に変えると交渉されたからといって。
実際に、本当の致死量ギリギリまで血液を提出する人間がいないように。
サレンはパンサラサの魔力を取り込むために、意図的に保有魔力を使い果たしたのだ。
「だってそれは、ロアもそうだから。ロアは一度だって私に強く求めなかった。ちょっと説明不足だとは思うけど、いつだって私のことを一番に思ってくれてる。そしてそれは、パンサラサもそうじゃないの?」
白い髪は黒へと戻り。
次の瞬間、どこまでも深い青へと輝きを放つ。
「クレアのためを思うんなら、もし本気でクレアを大切に想うんだったら。お前がすべきだったのは友だち作りを手助けすることでも、自発的に孤独になろうとするのを手助けすることでもない」
学生服から、ファンシーな服装へ。
沢山のフリルと大きなリボンがあしらわれた、可愛らしい魔法少女を連想させる装いへ。
伸びた髪は頭の高い位置で二つに結ばれ。
手には、大きなハート型の鉱石が埋め込まれた一振りのステッキが握られている。
「自分にとって代わりのない友だって!ただ適性があるから傍にいるんじゃないって!孤独に圧し潰されそうなクレアに、そう言って伝えることだったんじゃねぇのか!!」
そして姿を見せたのは、大蛇を連想させる巨大な生命体。
ウツボに類似する外見のそれは、場の支配者であったクレアを目掛けて一気に襲い掛かる。
「っ!?」
「『違う!そこではない!』」
咄嗟に別の生命体を生み出し防いだクレアは、パンサラサの声に思わず視線だけ向ける。
その先。
チーパオ姿のサレンが、右の拳を構え終えている。
「どいつもこいつも、変に気ぃ回すくれぇなら」
回避も、反撃も、防御さも。
もはやこの距離では、選ぶ時間すら残されていなかった。
「ぶん殴られてから、ちゃんと話しやがれ!!」
渾身の一撃はクレアの頬を捉え。
奥にいたパンサラサの体ごと、空間の壁面へと吹き飛ばされるのだった。




