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墜星のイデア ~生まれついて才能がないと知っている少女は、例え禁忌を冒しても理想を諦められない~  作者: いさき
序章 邂逅

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6

 中央講堂。


 分校の真ん中に位置するそこは、全校生徒を収容できる大きさを誇っており。

 主に全体での集会や実技実習、学校行事で使用されることから、生徒にとっては象徴とも言える建物である。


 褪せた銅色の屋根に、六角形の広間、白の壁には精巧な装飾。

 目の肥えた者にしか分からない精密な防護魔法が敷設された場所でもある。


「んじゃま、準備はできたってことでいいんだよな?」


 左右にいる取り巻きと話を終えたのか、ラシェトは悠々とした様子で中央へと進む。


「いいんだぜ?私が悪かったです、とだけ言えば。あとは俺がどうにかしてやるからよ」

「…………」


 ニタニタと。

 意地汚い笑みを浮かべるラシェトの様子を、サレンは自分でも驚くほど冷静に眺めることができていた。


(……………………よし)


 別に先ほどの行為を許したわけではない。


 ただ。

 これから行うことを思えば、そんな余裕がないだけのこと。


「ケッ。それじゃあ、死なねぇように気をつけるんだな!!」


 まるでラシェトの踵で爆発が起きたかと思うと。

 既にその体は数メートルの距離を一気に突き進んでいた。


(魔法による身体強化の訓練。普段の授業では強化しすぎた身体能力で相手を傷つけないこと、それに伴い適切な魔力運用を可能にすることを目的にした。合計で二十回に渡る基礎訓練)


 先生でさえ完璧には把握していないカリキュラムの詳細。

 サレンはそれを、テーブルに並べるように頭の中で浮かべ。


「…………分かってるっての」


 誰にも聞こえないように。

 あるいは、自分自身に言い聞かせるように。


 そう呟き、高速で殴ろうとしてくるラシェトの顔を見た。


(───────甘い)


 相手の行動を予測するのは難しくない。

 

 特に、向こうが得意とする魔法を自ら禁じ、サレンを辱めようとする相手なら。


「チッ!?」

「おぉ!?」


 舌打ちの音。

 それに遅れる形で、二人の戦いを見守る観衆がどよめいた。


「ちょこまかとっ、めんどくせぇ真似してんじゃねぇぞ!!」


 躱す。

 躱す。

 躱す。


 後ろに、左右に、あるいは前に。


 サレンを掴もうと腕を伸ばし、転ばせようとする脚を振るい。

 あるいは全身で体当たりをしようするラシェトに対し、サレンは徹底して回避を繰り返した。


「…………、」


 沸き立つ観衆。

 

 当然の反応だ。

 やっていることは闘牛使いが華麗に闘牛を操っている光景に近い。


 少なくともラシェトの魔法の才は本物で、この手の試験で負けたことは一度もない。

 悔しいが、この男の才能は本物なのだ。


「ケッ、そこまで馬鹿にしやがるってんなら、出し惜しみはしねぇぞ!」


 焦れを見せたラシェトは、どう怒鳴ったあとで人差し指と中指を揃えサレンのほうを向けた。


「『天よ、回れ。描け、箒星(ほうきぼし)』!」


 指先に集まる光の粒子。

 それらが一つ大きく輝くと、さながら弾丸のように射出されサレンへと襲い掛かった。


「…………っ!」


 一度の射撃で五発。

 それを三度繰り返したことで生まれた弾幕へ、サレンは敢えて前へと踏み出す。


(軌道は直線じゃなくて、やや緩やかな放物線。ここらへんは、流石名門の天体魔法ってとこだけど)


 彗星(すいせい)魔法。

 手元で生み出した天体を射出し、自動で標的を追尾し降り注ぐ魔法。


 射程、威力、連射速度、効率性。

 凡庸的な魔法とは明確に一線を画す、ラシェトを天才と呼ばせた魔法だ。


「どうしたチキン野郎!ちゃんと目ぇ開いてんだろうなぁ!」

「っ、うるせぇ!」


 それが、ただの一発も掠りもしない。  


 周囲はその光景に感動と興奮を覚え。


「…………がんばれ、サレンちゃん」


 実情を知るシルフィだけは、両手を組み固唾を呑んで無事を祈っていた。


(…………あぁもう、落ち着け私。余裕ぶって煽ったんだ。これぐら、今までやってきたことと同じだっての)


 背中を這う冷たい感覚。

 思わず唇を一つ舐めながら、顔の横をも通り抜けていくのを感じる。

 

 間違っても、サレンに魔法の才能はない。

 夜な夜な行っている秘密の特訓のせいで日中は魔力が枯渇し、実技の授業は一度だって参加したことがない。

 知識だけ、という評価は極めて正当なものだ。


 そして、それは今日とて同じこと。

 

(…………だけど、やっぱり)


 魔法の有無は、例えるなら丸腰の素人が完全武装した軍人に殴りかかる行為に近い。

 勝てるかどうか以前に、生身で挑む側の精神状態をまず疑うような。

 それくらい、無茶で無謀がすぎることなのだ。


 だから、今のサレンの状態を知れば誰もがシルフィと同じ反応をするだろう。


(怖いものは、怖いな)


 なにしろサレンは、魔法による身体強化を一切していなかった。

 純粋な身体能力と頭脳だけで、魔法で強化されたラシェトの猛攻を凌いでいる。


 掠っただけでも無事で済む可能性はほぼゼロ。

 もし直撃すれば、一瞬にしてサレンの肉体が挽肉になりかねない。


 迫る腕、脚、体の全てがサレンにとっては凶器と同じ。

 近づくそれに触れられることなく、かといって離れすぎるわけにもいかない。


(どうせラシェトの奴にはバレてそうだけど。下手に逃げ腰だと臆病者ってレッテルを貼られて、本校への進学に影響しかねないし)


 この期に及んで。

 そう思えること自体が、どれだけ異常なのか。


 サレンは知らず、当然のようにラシェトの攻撃を凌ぎ続ける。


「お、おい…………」

「なんか、凄くないか?」

「…………サレンさん、カッコいい」


 ものの一分足らずで、観戦に来た全員は嫌でも理解できる。


 何度でも繰り返すが、ラシェトは最上級生のなかでも指折りの実力者。

 サレンもまた学力だけなら秀でているが、それでも実技の授業に出ないことで有名だった。


 だから、止めなかった大半が同じことを想っていたのだ。


「誰だよ…………実はサレンって大したことないって言いだした奴…………」


 先生から答えを貰っている。

 業者から回答を買収している。

 カンニングを駆使し、不正に点数を稼いでいる。


 不真面目な授業態度と合わせれば、そういった類の噂が立つのも当然のことだろう。


 しかし、現実はこうだ。


「……………………もういい」


 音を上げたのは、ラシェトのほうだった。

 

 僅かに揺らめく魔力を漂わせながら、ラシェトは手の甲で顎に流れ落ちた汗を拭うと。


「お前、やる気ねぇだろ?」

「だったら?」


 小刻みに揺れるサレンの肩を一瞥し、ラシェトは一瞬だけ嫌そうな顔を浮かべると。


「ケッ、くだらねぇ。こんなのに張り合う俺が馬鹿みてぇじゃねぇか」

「そう思うんなら、二度と私に関わらないでほしいんだけど」

「ぬかせ。テメぇとは中等部までの付き合いになんだ。わざわざ今することじゃねぇ」


 心配そうに声をかける取り巻きを無視したまま、ラシェトは観客を掻き分け講堂を後にする。


 そしてサレンはシルフィと共に、興奮が残る観客を講堂を足早に去った。


「…………大丈夫?」


 周囲に人がいないことを確認した後。

 そっと耳打ちするシルフィに対し、サレンは小さく表情を緩める。


「足、ガックガク」


 震える膝を人差し指で示したあと、「なんてね、大丈夫」と一言置いてから。


「やっぱ、シルフィの結界魔法は超凄いね。おかげで先生たちの邪魔も入らなかった」

「…………そうね。ちょっと反応がなさすぎるとは思うけど」

「そう?シルフィの魔法が凄いだけだと思うけど」

「だったら、いいのだけど…………」


 ググっと背伸びをするサレンに対し、シルフィは怪訝そうにこう呟いた。


「ラシェトさんが絡んできた件と、何か関係がある気がするの」

「…………まぁ、あんな露骨にケンカ売ってきたのって初めてだしね」


 言われるまで気づかなかったのか、サレンも妙に納得した様子で同意する。

 そして、シルフィはチラリと、職員室がある方向を見てこう思った。


(第五書庫の整頓といい、彼の性急な行動といい…………なにか、よくないことが起きてる気がする…………)


 せめて杞憂であってほしいと思いながら。


 部屋に居座る精霊のことを思い出し、既に手遅れかもしれないと気づくのだった。

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