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チョコは街を疾走していた。
彼女に何かあったわけでも、何かに追われているわけでもない。
ただ、そうしないといけない理由があった。
「『検索:周囲の被害状況と人的損害の程度』」
応じる形で魔法具が作動し。
ものの数秒で、チョコが欲しかった情報を提示した。
(『火車』って名乗った男…………あの後しれっと姿を消してたから、てっきり不意打ちでもしてくるのかと思ったけど…………)
チョコが相手を逃がしたのは、別の物事に注意を向けていたからに他ならない。
そしてそれこそが、今まさに街を疾走している理由でもあった。
「そんなこと、するまでもなかったってことね!」
欄干の上を渡り、ベンチを跨ぐように飛び越え、街灯の側面を蹴って前へ。
やがて騒々しい破壊音と共に、野蛮な匂いと怒号がチョコの耳に届く。
(この国が精霊の力に依存しきってたのは丸わかりだった。でも、その精霊が役目を放棄することを全く想定してないってことだけは、流石のアタシでも想定できなかったかな!)
起きているそれは、集団による袋叩きだった。
片方は恐らく傭兵か何かで、この国に出稼ぎにきた大勢の一人だろう。
そしてもう片方は、執拗に仕事道具を振り下ろす近隣の住民なはずだ。
(武装関係、主に治安維持のために活用してた機能が全部止まったせいで、誰が呼び込んだか知らない荒くれ者たちが一斉に悪事を働き始めた。最初に来たとき、やけにガラの悪い連中がいるなって思ったけど、偶然ならタイミングが悪すぎるでしょ)
実際は事態の黒幕が意図的に招いたのだが。
少なくともチョコは知らず、そして事態は思わぬ形で進んでいる。
(悪事を働く荒くれ者たちが好き勝手するだけなら、まだ許容できた。この手の暴動は互いの身を守る意味でも、狭い範囲に限定されてくれるし)
ところが、そうはならなかった。
一体どこでそうなったのか、この国の人たちはあろうことか自らの手で反撃を始めたのだ。
(治安維持を担う軍隊がマジで仕事しないせいで、暴動が一極化しないで分散しつつある。追い詰められた荒くれ者たちが好き勝手に逃げるせいで、アタシ一人じゃ事態を制止できない!)
虐げられた側の正義ほど厄介なものはない。
なにしろ、そこに否定する倫理は存在しないからだ。
誰だって自分が危ないと思えば対処しようとするし。
それが集団となれば、もはや制御権など場の雰囲気によって霧散してしまう。
(アタシらの目的はこの国で挙げた功績を、この国に保証してもらうこと。でもこれじゃ、こんな暴動が起こったあとじゃ、そんなことをする余裕がなくなる)
だからチョコは街中を走り回っていた。
本来なら断罪されるべき荒くれ者たちを守るため。
しかも、この国の人たちを傷つけないようにしながら。
(でも、この範囲はアタシだけじゃ無理すぎ!てか、シンプルに血の気荒すぎでしょ!?普通、凶器を持った荒くれ者相手に襲い掛かるわけなくない!?)
荒くれ者たちが中途半端に弱いのも大きいだろう。
彼らは群れれば悪事を働けるが、孤立すると途端に脆弱な姿を大衆に晒している様だ。
チョコがここまで助けた人数は、ざっと十三。
そのどれもが雑魚だらけで、単独で事を起こすなんて論外な連中ばかり。
「ゴメンだけど、重傷にならないようにはするから!」
いかんせん数が多すぎるうえ、それぞれの場所が離れている。
チョコは躊躇なく魔法具を構えると、袋叩きをしている集団に向けて魔法を射出する。
「『行動:迎撃射撃』!」
止め方は簡単だ。
敵も味方も関係なく、まとめて吹き飛ばして物理的に気絶させるだけ。
一撃で済むうえ、極度の興奮状態である相手に説得の類は通用しない。
まして今は、とにかく短時間で終わる方法が最善だ。
「よし!次!」
だがしかし、これはあくまで応急処置にしかならない。
騒動は国土全体に広がっていて、なにより暴動の種類も増えつつある。
具体的に言えば、中央の連中がなりふり構わず外へ逃げようとしている。
そのせいで何も知らない一般市民が巻き込まれ、その余波で住民同士の抗争が始まりつつあるのだ。
(…………マズいマズいマズい!いくら狭い国だからって、アタシ一人じゃ絶対的に人手が足りなさすぎる!!)
魔法で身体能力を強化したとて、インキュリア王国を横断するのには数日かかる。
チョコがいた場所が来訪客の往来が多い場所だったから、荒くれ者たちの暴動には対処ができていた状況だ。
情報は、それだけに専念して構わないなら集められるが。
そこから出動して解決するのは、明らかに個人で行う範囲じゃない。
(どうする?シュラを呼び戻す?いや、いくらアイツでもこの規模の騒ぎは対処できない。というか、アタシもアイツも集団制圧を実行できる手段がない)
人手が一人増えたところで、それこそ焼け石に水でしかない。
この騒動を本気で終わらせるのなら、少なくとも機能不全に陥っているインキュリア王国の軍隊を復活させるか。
あるいは、国土全体に干渉できるだけの、大規模魔法が使える誰かを見つけ出すか。
「…………あぁもう!それができたら苦労しないっての!!」
唯一の希望は、サレンが王宮に向かったという情報。
彼女がこの国の精霊使いと接触し、停止している機能を復活させられれば。
そうすればきっと、軍隊が武装を手に動き出してくれる。
「してくれないと困るけどね!せめて軍隊くらいはあるでしょ流石にさ!!」
もはや独り言というより怒号に近いが、生憎とそれを訝しむ者はいない。
家屋の屋根上を疾走しながら、チョコは王宮へと強く願った。
(頼んだわよ、サレン。アンタに賭けた以上、勝ってくれないと困るんだからね)
今はただ、できることをやるしかない。
チョコは再び魔法具を起動し、再び人命救助へと意識を集中する。
この時、彼女の行為は非常時のなかでも特筆して目立つ行為だったのだが。
幸か不幸か、チョコがそれに気づくことはないのだった。




