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三層に分かれた区域の中央。
王族や王政に関わる仕官たちが大勢住まうそこは、さながら蜂の巣をつついたような騒ぎになっていた。
「なんか、慌てすぎじゃない?」
インキュリア王国の要にして、守護者であるクレアから発した異変。
確かに慌てるのに十分すぎる理由になるが、だとしてもサレンの目に映るそれは些か過剰に見えた。
(家財道具を持ち出そうとしてる人に、あっちはなに?顔見知りか知らないけど、通りすがりの人と殴り合いしてるし。とりあえず気づいたのは止めるとして、これ全部を宥めるのは無理がありすぎる…………)
鳴震で気が触れてる連中を宙へと跳ね飛ばし。
その光景に呆気に取られる人混みを避けて王宮へ。
内部は外とは真逆で完全に静まり返っており、人どころか動物の類すら感じされないほどの静寂に包まれていた。
(…………照明とか消えてるのは気になるけど、今の私ってめちゃくちゃに発光してるからなぁ。なんなら悪目立ちしてるまである)
一瞬、神霊外装を解くことも考えたが。
「このまま、クレアのところに向かうべきだよね」
「『同感だ』」
ロアの返事を聞いてから、サレンはそっと足を踏み出し今日辿った道を進む。
分校時代に鍛え上げた記憶力をもってすれば、自分の歩数と曲がった回数ぐらいは完璧に暗記できる。
建物の具体的な配置が分からずとも、記憶したルートから外れない限りは目的地に辿り着けるはずだ。
そうやって周囲の警戒だけは怠らないよう注意しつつ。
サレンは段々と、クレアと出会った部屋に近づいているのが感覚で理解できた。
「…………意味のない予感だったかな」
「不思議なことを仰るのですね、サレン様」
待ち構えていたのは、この国の執務官であるセジリオだった。
浅黒い肌、灰褐色の髪。
グレーの燕尾服には昼間に会った時と変わらず、その手には彼の背丈の倍以上はある戦斧が握られている。
「そんな物騒なものを持ち出したってことは、オレの敵だってことでいいんだよな?」
滾らせるように魔力を放出し、サレンは威嚇を込めてセジリオにそう尋ねる。
すると、セジリオは緩やかに首を横に振ると。
「いいえ。できることでしたら、自分は貴女とは敵対したくありません」
「だったら、それ相応の恰好をすべきじゃないの?そんな戦いますって恰好されて、平和的な関係を維持したいってのは無理があると思うけど?」
空間を埋め尽くす白い魔力は、さながら巨大な土石流のようだった。
油断すれば一瞬で身体を轢き殺さんとするほどの、尋常ならざる密度がサレンの全身から溢れている。
それを前にしてなお、セジリオの口元には笑みがあった。
「返す言葉もありません。サレン様が来られると分かっていた今、できることなら武装せず出迎えたかったところでした」
「…………?」
足音。
背後から聞こえたそれにサレンは思わず振り向くと。
「シュラ先輩!?」
「さん付けでいい」
「いや、今それは…………」
「それよりも、そいつは拙者が相手しよう」
もはや問答すら不要と言わんばかりに。
シュラは腰に下げていた刀を抜き、空いた手で鞘を肩に担いだ。
「そこの男は、明らかにこの事態を知っていた。いや、恐らくはこの男が此度の依頼の首謀者だったのだ」
「…………理由だけ聞いてもいい?」
見ればセジリオは戦斧を構え、まるでサレンなど眼中にないかのようにシュラへと殺意を向ける。
それを軽く受け流しながら、シュラは淡々と自らの推測を口にした。
「この国は、最初から精霊の力を前提として設計されている。街の各種設備だけでなく、恐らくは王宮を警護する兵士たちの武装もそのはずだ。そして今、それが一斉に停止している」
思わず叫びそうになった。
サレンが想定しているよりもずっと、事態が重く深刻だったのもあったが。
「その中で、この男だけが一切の影響を受けない武装を備えているのだ。平時なら精霊の恩恵を受けた武器のほうが遥かに役立つなか、敢えて何もされていない普通の武装を用意する理由がない。第一、執務官であるなら武装する機会のほうが稀だ」
「…………やっぱごめん突っ込むけど!シュラさんなんでそこまで知ってるわけ!?私、さっき街をざっと見てもヒントとかなかったんだけど!?」
それ以上に。
先ほどの話し合いで微塵も発言していないシュラが、よりにもよってサレンより事態を正確に把握していることに驚きを隠せなかったのだ。
すると、シュラは至極真面目そうな顔で。
「半分はチョコ殿から聞いた。あとは単なる勘だ」
「…………」
その勘の的中率を知りたいが、半分がチョコの発言なら精度は違いないだろう。
なにより、この期に及んで冗談を言うような人じゃないことはサレンでも分かる。
「案ずるな。どれもこれも、先に住まう精霊使いと会えば結論は出る。問題は、この男は今の事態を歓迎しているということだ」
「心外ですね。執務官である自分が、我が国の崩壊を望んでいると?」
聞き捨てならなかったのだろう。
シュラの発言に食いついたセジリオへ、シュラは至極当然のように言う。
「何か違っているのか?少なくとも、隠す努力をしたうえで発言してほしいくらいだが」
「…………」
苛立ちの篭った視線。
それが容赦なくサレンにも向けられ、思わずブルリと全身を震わせる。
「狙いはなんであれ、この国の精霊とその契約者が何かを企てているのは自明の理。そして、そこの執務官はサレン殿を向かわせたいと考えている。事情も背景も拙者は知らぬが、それさえ分かれば次の行動は容易に思いつく」
衝突があった。
思わずサレンが見ると、いつの間にかシュラの一撃をセジリオが戦斧を用いて防いでいた。
「…………やはり、貴様ただの執務官ではないな?」
「さて、それはどうでしょう?」
恐らくシュラは一刀で斬り伏せるつもりだったのだろう。
悠々と笑みを浮かべるセジリオを睨みながら、シュラは背中越しにサレンへこう伝える。
「拙者は既に解を得たが、本当の解は奥にある。そして、サレン殿はそれを正しく知るべきだ」
「本当の、解…………?」
「そうだ。そして、それはサレン殿にとっても重い意味を持つことになる」
ただの勘だと笑うシュラを追い越し、サレンは一気に奥へと走り出す。
その背中を追わせぬよう、シュラは鍔迫り合いを解除し鞘でセジリオの胴を突いた。
「っとと、流石は精霊科きっての武闘派ですね。油断も隙もありません」
「一つ問う」
それさえ戦斧の柄で受け止め微笑を浮かべるセジリオへ、シュラは切っ先を向けこう尋ねた。
「ここに拙者らが来ることを、貴様は誰から教わった?」




