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墜星のイデア ~生まれついて才能がないと知っている少女は、例え禁忌を冒しても理想を諦められない~  作者: イサキ
第2章 海楼国家インキュリア

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12

 ───────彼女は、聡明だった。


「ありがとうございます」


 言葉の一つ一つに敬意が込められ、所作の一つ一つに情愛が込められていた。


「お気遣い、痛み入ります」


 彼女を取り巻く環境は、端的に言えば地獄そのものだった。


 彼女にしか果たせない使命。

 国家を動かす機能の歯車。


 そう言えば聞こえはいいが、やっていることは単なる搾取でしかない。


「どうか、お疲れの出ませんように」


 だというのに、彼女はそれを微塵も感じさせなかった。


 まだ幼き身でありながら、嫌がるでも暴れるでもなく。

 ただただ、己に課された使命に殉じていた。


「…………お聞きしても、いいですか?」


 だから、だと思う。


 交わす言葉は最低限に。 

 伝えるべきことを、簡潔に伝えるだけ。


 そう命じられていたはずなのに、頭では分かっていたはずなのに。

 

「どうして、貴女はそこまで頑張れるのですか?」


 心だけは、生まれた疑問を無視することができなかった。


「…………」


 彼女は答えない。

 

 驚いているようにも見えたし、不思議そうにも見えた。


 迂闊なことを聞いたと。

 疑問の余韻が口元から消えたころ、自分はやっとそのことに気づいた。


「失礼。余計な会話でしたね」

「…………両親が…………言っていたんです」


 意を決しているのは分かった。


 彼女はその瞬間だけ、年相応の少女に戻っていることも。

 それが、人ならざるところから降りてきた印だということも。


「これは、わたしにしか、できないことだって。だから、選ばれてすごく嬉しいって。だから、えっと、頑張れてるのは、そういうことなんだと思います」


 全貌が見えてしまえば、あまりにも残酷なことだった。


 彼女は愛されるべき相手から愛されるため。

 本来なら無償で貰えるはずのそれを、対価として提示されただけの話。


 彼女は聡明だ。


 対価として出されるものが、相手にとって価値のあるものだと理解しているし。

 対価として出されたものを、今の自分が持ち合わせていないことも理解していた。


 だから、あまりにも残酷すぎて。


「…………その、わたしからも聞いていいですか?」


 あまりにも健気すぎて。


「わたし、頑張れてますか?あなたからみて、わたしは立派ですか?」


 縋りつくように向けられる視線が、どうしようもなく可哀想だった。


「えぇ、十分に」


 だから、答えは自然と出てきた。


 考えずとも、心からの尊敬が彼女への敬意を口にしていた。


「とても、素晴らしいことだと思います」


 自分もまた、彼女を苦しめる一人だと分かっていながら。

 まるで自分に罪過がないように、他人事のようにそれは出ていた。


「そう、ですか。そうなんですね」


 怯える瞳には安堵の色が。

 小刻みに震える肩は、ゆっくりと脱力し。


「それでしたら、よかったです」


 道端に咲く小さな花のような笑みは。

 可憐すぎて、すぐに散ってしまうかと思った。


 だから。

 自分はすぐに行動を開始した。


 大義名分は、国家の機能を維持するため。

 平和と秩序のためにすべきことだと。


 これは必要なことなのだと。

 これは意味のあることだと。

 これは理由のあることだと。


 自分は誰かに言い聞かせるように、意見書を記し父へと提示した。


「論外だ」


 一蹴だった。

 

 取り付く島もないとは、まさにこのことで。

 返す言葉を発するよりも先に、父は理由を口にしていた。


「そのようなことをして、こちらに何のメリットがある?一度でもアレに譲歩すれば、あれよあれよと次第に要求が増えるだけだ」


 父は語る。


「確かに、その提案だけであれば叶えることはできる。だがしかし、一度でも要求を認めれば、アレはこちらが願いを叶えてくれると学習する。今はまだいいが、この先どうなるか想像できないとは言わんだろうな?」


 父は語る。


「そもそも、アレと関わるなと伝えたはずだ。その約束を破るような相手が、この先も約束を違えないと誰が保証する?その結果、我々が受けている恩恵を損なうかもしれないのだぞ?」


 父は語る。


「それに、アレは我が国のモノだ。同情も共感も、アレには一つとして必要ない。すまないが、明日は重役との会議があるのだ。これ以上、あんなモノに付き合うほど暇ではない」


 父は、語る。


「お前は役目に殉じ、アレを機能させればいい。それ以外のことは、今のお前には何も求めていない」


 最初から、父は自分に期待なんてしてなかった。


 ただ扱いやすく、都合がよく、物分かりがいい。

 それだけの理由で、自分を彼女と関わらせた。

 逆らうわけがないと、そう擦り込んだから。


「…………分かりました。父上」


 そこにいたのは、権力と地位に固執したナニカだった。

 醜く浅ましく、己の欲望のままに振舞うだけの物体。


「よく、分かりました」


 歪んでいたのは、最初から自分たちだった。

 

 私利私欲のために彼女を利用し、直接手を汚さない仕組みを作り上げ。

 この緩やかな時の中で、ゆっくりと罪悪感を薄めていったのだろう。


 何を言っても無駄だ。

 何をやっても無意味だ。


 この国は、取り返しのつかないほどに狂ってしまって。

 この国は、どうにもならないところまで来てしまった。


「何をすべきか、非常によく分かりました」


 壊そう。


 こんな醜く穢れた箱庭は。

 彼女を海底に閉じ込める牢獄は。


 彼女の未来のために、これ以上の犠牲を生まないために。


「では、さようなら」


 それは、あまりにも遅すぎる親離れであり。

 

 それが救いになると妄信した、身勝手な騎士の奉仕だった。

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☆☆☆完結済の過去作はこちら☆☆☆
異世界に転生したら最強になって無双できるんじゃないんですか!?
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