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「『眠れぬのか』」
「ロア…………」
時刻は夜。
国全体を照らす灯りは完全に消え、遠くに見える潮流が時折揺らめくのが街の灯りによって薄っすらと見える。
ある程度の昼夜があるものの、町全体が一斉に眠り起きることはなく。
主に一番外側においては、未だ明るい箇所が幾つもあるようにサレンには見えた。
「『寝床にいないのでな。近くにいて安心した』」
「…………ごめん」
「『案ずるな。盟友は夜更かしが得意なのを知っているのでな』」
「別に、好きでやってたわけじゃないけどね」
サレンは小さく笑い、真上を眺めながら静かに息を吐いた。
「『意図的なのだろう?』
「なにが?」
「『先の話。小生と盟友が『進化』と邂逅した話には、伝えていないことがある。違うか?』」
指摘されると思っていなかったのだろう。
サレンは声にならない息を漏らし、そしてわざとらしく肩を落とした。
「それ、分かってたなら先に言ってほしかったんだけど」
「『触れてほしくないと思ってな。機会を伺っていたというだけだ』」
「ロアにしては気が利いてるじゃん」
「『伏せたのは、小生のためか?』」
今度こそ。
サレンは大きく目を見開き、観念した様子で笑みを浮かべる。
「一応聞くけど、どうしてそう思ったわけ?」
「『自然な流れだ。少なくとも、盟友は『進化』の契約者を王様だとは認識していない。より正確に告げるのならば、王様と呼ぶには違和感があると感じている。であれば、王様でいられる要因があると考えるのが自然だ』」
ロアは、淡々と。
まるで必要以上の感情を漏らさぬよう、糸を解くように言葉を並べる。
「『かの契約者は、明らかに孤立させられていた。必要以上の接触を排除され、まるで腫物のように扱われているのは小生にも分かる。そして、そのことに対し契約者は異様に従順だった』」
「だから、そうする理由があると思った」
遮るように。
そこから先を言わせないよう、サレンは意図的に言葉を被せた。
「クレアにそうさせる情報を仕込めるとすれば、それはずっと傍にいる精霊だけ。クレアの部屋を知ってる案内役ですら接触を避けてるっぽいし、誰かの思惑であぁなってるとは考えづらい。だとしたら、この依頼の本当の目的も理解できるなって思ってね」
「『…………友達を作る。同じ契約者であれば叶うと、かの契約者は考えたわけか』」
「どう思ったのかは知らないけど、周りが歓迎してないのは事実だし。あのパンサラサって精霊の態度を見ても私らに好意的だとは思えない。そうなると、今回の依頼は他でもない彼女だけが望んだものだって判断できる」
あの、違和感を覚える歪な思考。
あれが完全に孤立させられ、精霊としか関係を持てない少女が考えたのなら納得ができるのだ。
特に、最初に考慮した事項が家族である点など、ヒントとしてはあからさますぎるだろう。
「彼女は寂しくて、でも伝える相手がいなくて。だから一時でも離れることを嫌った。そう思ったら、チョコ先輩があれこれ話してたことが急にバカらしく思えちゃって」
「『確かに学徒の身で考えるには、些か過大がすぎるものではあるな』」
「でも、付き合わせちゃってる手前、それをどうでもいいって吐き捨てるのも違うし。だけど、そういうのってクレアとは全く関係ないよなーって思ったら、なんか眠れなくて」
そうしてサレンは一人、宿の屋根上で黄昏ていたのだ。
かつて行っていた、進学試験のための鍛錬をしていたころのように。
「ぶっちゃけ、ロアはどう思うわけ?ほら、なんか相性が悪いとか言ってた気がするけどさ」
「『…………あ奴は、王様願望があるのだ』」
「王様願望?」
サレンの復唱に、ロアはくだらなそうに大きく鼻を鳴らすと。
「『あ奴の持つ願いは、一国の主として国を治めること。王として我が儘に振舞い、そしてそれを許される世界を作ることにある』」
「凄いこと考えるね」
「『実にくだらんことだ。人間の子供のほうが思慮がある』」
恐らく、性格が合わない点はこれなのだろう。
全体的に棘まみれの言葉は、なんだか普段のロアよりもずっと親しみやすいものであった。
「『だが、あ奴はそれを契約者に伝えることができるのだ。小生と違ってな』」
だからか。
ロアの冷たい、獣の瞳に映る揺らぎが、サレンにとっては妙に近しいものに感じる。
「『あ奴に願いがある通り、小生にも願いがあり、目的がある。だがそれは、小生にとって伝えることのできぬものだ。特別な理由があるわけでもなく、ただ小生が口にするのを憚っているだけでしかないものだが』」
「それくらい、普通ならあるでしょ」
「『だが、小生は盟友を巻き込んだ』」
感じたそれの正体は、負い目だった。
ロアは後悔しているのだ。
具体的な説明もできないまま、自身と契約を結ばせてしまったこと。
そして、その影響で様々なことに巻き込まれ、国同士の関係に発展する問題に関わってしまったことに。
「『余りに不平等、不公平な関係だ。本来なら伝えるべきことを、小生は未だ伝える勇気を持てずにいる。その身でありながら、あ奴を貶す権利があるとは到底思えん』」
「…………」
「『そして、小生はそれでも盟友が見限らないと打算があって伝えている。余りにも、余りにも情けない限りだがな』」
「…………それでも、ロアは私から離れないんでしょ?」
どこか試すように。
あるいは、初めから分かっているかのように。
軽い調子で尋ねたサレンは、返事を待たずしてロアにこう伝えた。
「言っとくけど、私はロアを手放すつもりはないよ。クレアに話した通りで、魔法が自在に使える今は純粋に魔法が面白いし、できることが増えて面白いって思えてる。ただのお金稼ぎの手段だったのにね」
だから、気にしないでいい。
サレンはそう言い、そして数秒置いてから口を開いた。
「誰かに強制されたからじゃないの。これは、私がしたくてやってることだから」
そうして笑ったサレンに対し、ロアは感謝と忠節の言葉を紡ごうとした。
「───────ッッ!?」
全ては一瞬のことだった。
電流に似た衝撃が全身を一瞬で貫き、遅れて刺すような気配が街全体を覆い尽くす。
「ロア!」
「『王宮からだ。恐らくは…………」
「クレアっ!?っ、ロア!行くよ!!」
「『承知した』」
街が騒めき出す。
一般人でも分かるほどの異変の予兆が、他でもない王宮から発したこと。
それが前向きな出来事である可能性など、万に一つもあり得ないだろう。
「悪いけど、今覚悟決めたから」
「『どうするつもりだ?』」
街を疾走し、第一の壁を駆けあがってからサレンは宣言する。
「クレアの話を聞いて、そのうえで納得してもらうしかない!私にできる精いっぱいはこれだけだから!」
それと同時に、サレンは密かにこう思っていた。
もう一つの選択肢だけは、ロアには伝えられないと。




