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「そんな感じで、クレアとの話は終わって。あとは普通に戻ってきた感じかな」
「…………」
場所は変わって、とある宿屋の一室にて。
シングルベットが二つ、窮屈に押し込まれた空間にて、サレンは事の流れをチョコとシュラに説明し終えていた。
話を聞いたシュラは少しだけ目を細め、チョコは口をあんぐりと空けながら話を聞き終えてから。
「…………それ、普通にダメじゃない?」
「え?」
「いやだって、そのクレアって人からの印象悪いまま終わってるじゃん。聞いてた限り、友達になれないって言っちゃったわけでしょ?」
チョコの指摘に対し、サレンはコテンと首を傾げると。
「そうなる、のかな?別に絶対ってわけじゃないけど」
「いやいやいや、話の流れ的に相容れませんって言ってるようなもんじゃん。それよか、普通に戻ってこれてる時点で向こうはサレンを見限った感あるし」
割と見切り発車で事を進めがちなサレンは。
そこでやっと、自身が置かれている状況を客観的に眺めることに成功する。
「……………………もしかしなくても、私やっちゃった?」
「盛大にね」
「聞いた限り、その精霊使いは相当に幼いな」
頭を抱え落ち込むサレンを横に、シュラが小さくそう呟いた。
「んえ?」
「いや、サレン殿の話の通りであれば、その精霊使いにとって友人とは家族と同義なのだろう?ある程度の年齢に達すれば、違いくらいは理解できると思うが」
「そこは物の例えでしょ。家族くらいの付き合いにしたいってことじゃないの?」
チョコの指摘で納得できたのか、シュラはそういうものかと言ってから再び口を閉ざす。
「どちらにしても、今回の学外依頼は相当に厄介なのは間違いないわね。アタシらが日中にあった人もだけど、全体的に裏がありすぎるわ」
「確か、マーベラさんだっけ?」
「そ。昼頃に会って、別れたのは一時間くらい後だったかな?あんまり長々と話すと精霊に睨まれそうだったから、適当なところで話を終わらせたのよね」
「そう、なんだ」
サレンはそこで、この国にいる精霊の名前をチョコとシュラに伝える。
「『進化』のパンサラサ。水の精霊の第二位ってことは、ロアと同じくらいって思っていいわけ?」
「『奴と同列に語られるのは不快だが、序列という括りにおいては適切ではあるな』」
「なに、そんな嫌いなの?」
「『相容れぬだけだ。お互いにな』」
これ以上は言うことはないと主張したいのか、ロアは体を子猫ぐらいの大きさに変え、ベットの上で眠りだしてしまう。
「…………こう見ると、時折ホントに精霊なのかって思うわね」
「それは私も同感」
そして、話題は今回の目的である依頼についてに戻る。
「分かってることは三つ。精霊は実在している。依頼は達成はできるが全面的には無理。この依頼には何かが隠されてる。とりあえず、精霊の存在を本校に連絡するのは辞めておきましょう」
「え、しないの?」
普通に驚くサレンに対し、チョコはジロリと睨みつけると。
「最初に言ったでしょ。そんなことしたら、まず真っ先にサレンが潰されるわ。そうならないためにも、アタシたちはクライドラ王国が否定できない後ろ盾がないといけないの」
「で、その可能性はサレン殿によって下がったままか」
「まだ分かんないけどね。アタシが言ったのは単なる推測で、その精霊使い?確か名前はクレアだっけ?その人次第なわけだし」
依頼の内容は、クレアと友達になること。
サレンはそれを、全ては受け入れられない。
「とにかく、明日また行ってみて交渉するか、アタシらと一緒に交渉できる材料を探すか。どっちみち、このまま待ってても解決はできないどころか、時間かけるほど不利になるのは間違いないでしょうし」
「…………分かってたけど、学外依頼ってこんな大変なんだね。ちょっと舐めてた」
どさりとベットに倒れこむサレンに対し、チョコは呆れた様子でこう告げる。
「当然でしょ。学外依頼なんて、結局は国が対処できない外光問題を解決させようっていう無茶ぶりから来てるわけだし。簡単だったら精霊科に依頼なんて来ないわよ」
「そりゃ、そうか…………」
「なに?サレン眠いわけ?まだ夕方よ?」
「疲れたのかも。一日が長い気がするし」
「ま、よく分かんない生命体の発光で昼夜を区別してるくらいだしね。時間間隔が麻痺するのも当然っちゃ当然か」
独特な空間に、割とありふれた白基調の街。
あちこちに仕込まれた謎のギミックの数々も、パンサラサの魔力で成立していると見れば納得はできる。
(そりゃ精霊がいるって確信するわけだわ。むしろよくバレてこなかったって感心するくらい)
チョコはインキュリア王国に到着してから、ずっと解析魔法を稼働させた状態を維持している。
おかげで欲しい情報は大体手に入ったのと同時に、絶対に無視できない矛盾にも気が付いていた。
「サレンはさ、クレアって子が王様に見えた?」
「どういうこと?」
ゆっくりと体を起こすサレンへ、チョコはこう付け加えた。
「会った印象だけでいいし、特に理由がなくてもいい。とにかく、率直な印象だけ教えてほしいの」
「うーん…………」
腕を組み眉間に皺を寄せながら、サレンは暫く唸っていると。
「…………見えなくはなかった、かなぁ。私、王族の人とか全然知らないし、高貴そうな人って親友のシルフィくらいしか知らないから」
「でも、断言するほどじゃなかったんでしょ?」
「それは…………そうかも。見た目はまんま子供だけど、妙に大人びてたし。でも、王様って言われると分かんないかも」
無視できない矛盾。
それは、マーベラから感じた裕福さを、年下のはずのクレアと名乗る少女からは連想できない点。
(アタシの魔法が間違ってるとは思わない。仮に間違ってたとしても、シュラも同じ意見なのは確認できてる。それに、あの身なりで地方の魔法使いってのは流石に無理がありすぎる)
人の印象は、育ちの環境に強く影響される。
少なくともマーベラからは、王族の末裔と説明されても納得できる風格はあったし。
事実、彼女の親類が王位継承権を獲得したことで、相応の地位を譲与されたと考えれば辻褄は合う。
(子供の見た目をしてるだけで、実年齢はクレアのほうが上。そう仮定すれば一応は筋が通る。だけど、あの世間知らず具合と無鉄砲さは、どっちかっていうと理性じゃなく母性本能に近い)
例えるなら、小さな子供を放っておけないような。
マーベラの言動からは、クレアに向けられた同情と情愛が確かにあった。
(でも、先に生まれたのがマーベラなら、後から生まれたクレアにそれが一切ないのは理解できない。なにより、そんないいとこのお嬢様が精霊と二人きりで幽閉されることを我慢できるとも思えない)
何かが、おかしい。
もっと根本的な。
分かってしまえば他の選択肢を全て消去できるような。
絶対に鍵になるヒントがあると分かっていながら、未だ正体を掴めない。
「とりあえず、何か食べに行かない?」
そんなチョコの思案を他所に、サレンは小さく鳴った腹を擦り照れ笑うと。
「今日一日、何も食べてなくて。この国って独自の食材を使った料理が有名だって聞いたから、二人がいいって言うならだけど…………」
どうやら会議中に食い意地を張ることが恥ずかしいらしい。
隣で爆睡してるシュラを見て素直にそう思える辺り、実にサレンらしいと感心しつつ。
「もちろん。実際、アタシもやけに一日が長く感じてお腹空いてたのよね」
腹が減っては戦はできない。
答えの出ない考えを一旦忘れると、チョコは食事に向かうためにシュラを叩き起こすのだった。




