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「友だち…………?」
予想だにしない提案に、サレンは思わず逡巡を脳裏で起こしていた。
(どういうこと?確かに同じ精霊使いではあるんだろうけど、たったそれだけで友たちになろうって。言葉通りに捉えていいんなら、私に断る理由がないんだけど…………)
引っかかるのは、セジリオから言われた内容。
(依頼を失敗してほしい。つまりは、クレアの提案を断って友だちにならなければいい。でもそれって、全体的に誰に得があるわけ?)
仮に友達になることを断るとする。
当然、提案してきたクレアは残念に思うだろう。
もしかすれば、なんて失礼なんだと怒るかもしれない。
だけど、そこまでだ。
(受けるにしても断るにしても、私に向けられるデメリットがなさすぎる。それに、ここまできて断るなんて絶対にありえない)
一度たりとも忘れていない。
サレンがここに来ているのは、魔法学校を卒業し魔法統括局に入ること。
そのために必要な学士を所得するための、絶対に揺るがない実績を獲得すること。
だから、サレンにとってクレアの提案は渡りに船でしかなく。
絶対に、何があっても受け入れるべき条件なのだと。
「…………別に、私は構わないけど」
だからこそ。
「クレアの言う、友達の定義ってどんな感じなのかは教えてくれる?」
この期に及んで出てきた言葉に、サレン自身が酷く驚いた。
「『…………』」
無言を貫くロアが姿勢を一度変えたタイミングで、クレアは静かに口を開いた。
「意外、ですね。てっきり、即答されるのかと思ってました」
そうだろうな、とサレンは他人事のように納得し。
「認識に齟齬があったら困るでしょ。友達って言っても色々あるわけだしさ」
そのうえで、主導権を握り直すように言葉を続ける。
「私の認識でいう友だちって、どうでもいい話をしたり、好きな物事を共有したり、遊びに行って美味しいものを食べたり。そんなくらいのを想像してるんだけど…………」
「安心してください。少なくとも、わたしに外出の許可は下りませんので」
「だったら何するの?言っとくけど、クレアを楽しませる芸とか何も覚えてないけど」
「そういうのではなくて。いえ…………わたしの立場を踏まえるのなら、そう勘違いされても仕方ありませんね」
クレアはそこで一呼吸置くと。
「わたしはパンサラサと契約をし、それ以降ずっとこの王宮の奥深くに住み続けています。特に不便があるわけではありませんが、多少の退屈は覚えるのも事実です」
「『我だけでは物足りんようでな』」
「なので、サレンさまには雑談の相手を。可能ならば、サレンさまの話を聞かせてほしいんです。それができるのであれば、それ以上のことはわたしは望みません」
どうでしょうか、と視線を向けるクレアを前に、サレンは静かに思う。
(…………なんか、すっごい普通だ)
想像通り。
むしろ想像通りすぎて拍子抜けすると言うべきか。
サレンが懸念していた事項は特になく、この様子を見る限りでは話の中身で処罰される可能性も低いだろう。
「もし、サレンさまが望まれるのでしたら。サレンさまのご家族を我が王宮へと招きいれることもできます。衣食住には困らせませんし、当然相応の報酬も支払うことを約束しますよ」
「…………、」
少なくとも、この時までは。
「ですからどうか、ずっとわたしの傍にいてほしいんです。共に寝て、共に起きて、一緒に同じものを食べて、同じ景色を眺めていたい。わたしが望む友だちとは、そういう間柄でありたいのです」
音もなく。
サレンは背中に感じる、嫌な感覚に体を震わせる。
「見たところ、サレンさまは魔法学校に通われる学生だと思われますが。望まれるのでしたらサレンさま専用の研究施設を作らせ、存分に魔法の研究をされても構いません。わたしはあまり魔法に詳しくありませんが、サレンさまが興味を持つ分野には関心がありますので」
余りにも純粋で、それ故に手の付けられない歪み。
それは作為的な何かが見え隠れする、どこか人工的なズレだった。
だからこそ、サレンはこう答えた。
「ごめん。それはできない」
拒否の言葉に、クレアは不思議そうに首を傾げる。
「何故ですか?見たところ、サレンさまは魔法の才能に恵まれているようにも、裕福な家庭に生まれたようにも見えませんが…………」
「それは否定しないけど。それでも、クレアの提案を全面的に受け入れるのはできない」
「それは、何故?」
空間が一つ、重たくなる。
肺に伸し掛かるような痛みを覚えながらも、サレンは力を込めてこう答えた。
「私は、魔法が好きなのよ」
それは、サレンにとっても思いがけない言葉だった。
少なくとも考えて出た言葉ではなく。
殆ど咄嗟に、滑るように口から溢れ出てきた。
だからなのか。
サレンは特に躊躇うことなく、委ねるように続けていく。
「確かにクレアの言う通り、私に魔法の才能はないし、私の目標は大金を稼いで家族の生活を楽にすること。だから、クレアの提案は凄く有難いし、受け入れれば目標は達成されると思う。私の家族が受け入れるかは分からないけどね」
なんとなく、サレンは想像してみた。
クレアの提案を受け入れ、インキュリア王国に居住し生涯をクレアと共にする姿を。
それによって得られた権利と財産を用いて、家族に豊かな生活をさせる情景を。
「でも、それは私が納得できないの。だって私は、ただ家族の生活を楽にするためだけに魔法を学ぼうと思ったわけじゃないから」
サレンが初めて魔法に憧れたのは、三歳の頃だ。
故郷において魔法は珍しいものではなく、誰であれ扱うことのできる手段の一つで。
サレンの両親もまた、生活の過程を教えるために見せたのだろう。
後に読んだ書物の一節に心を奪われたが、それは単なる理想の一部分でしかない。
「結局、私は魔法が好きで。才能がないって分かってても諦めきれないくらい大好きで。それと同時に、精霊科の先輩たちのことが好きになっちゃってる」
今のところ、深い関係にあるのはチョコとシュラだけ。
残りの面々とは関わるどころか、姿を見かけたことすらない状況だ。
だけど、いやだからこそ。
謎めいた彼らを知りたいと、本心からそう思えている自分がいる。
「我ながら単純かよって思うけど。今のところ、あの人らから離れるって選択肢は私にはないの。だから、クレアの提案を全て受け入れるのは無理。友達になれない、ってわけじゃないけどね」
「…………それならば」
口を開いた時には。
先ほどまでのクレアはおらず。
「その人たちを全員ここに連れてこれれば、サレンさまは友達になってくれるのですか?」
どこか神々しい青色の光を纏った。
余りにも人離れした、全く別のナニかがそこにいた。
「…………ぶっ飛びすぎてて、イマイチ返答に困るんだけど」
それに対し、サレンは静かにこう返した。
「そこまでする人と、私は友達になれないかな」




