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チョコとシュラを尾行していた女性は、自らの名をマーベラと名乗った。
やや横に広い体系に温和さが滲み出ている顔つき。
着ている衣服や装飾品からも裕福な家庭の出なのは明らかであり、恐らく単独で行動する機会そのものが稀である立場にある人物。
そんな彼女の案内のもと、三人は簡易的に用意された休憩所に腰を据えた。
「それで、一から説明してくれる?」
「一から、と言いますと…………?」
「アンタとセジリオの関係。あぁいや、それなら先にアタシの推測から喋ったほうが早いか」
一仕事終えたからか、シュラは全体的にまったりした態度で様子を眺めていた。
時折休憩所に用意されたメニュー表を眺めている辺り、本格的にチョコに任せる姿勢らしい。
「結論だけ言うと、この国は精霊を制御下に置くことで『帝国』の庇護を受けてる。具体的に言うなら、クライドラ王国を主体とする『王国』への牽制の役目を任されてる。そうよね?」
帝国。
それはクライドラ王国などを中心にした諸国家の総称『王国』と対を為す、東に位置する巨大国家の総称。
国土は『王国』の数倍を誇りながら、その中心は完全に閉ざされており詳細は不明。
クライドラ王国が誇る魔法学校であっても、未だに足を踏み入れた記録の残されていない未開の地である。
『帝国』はその莫大な規模を誇るのと同時に、自分たちが世界の中心であることを周囲に強く求めている。
早い話、諸外国を支配下に置くことで世界統一を為したい、というわけだ。
「本校が魔法体系の総本山、だなんて言われてるけど。実際は『帝国』側が魔法に注力してないだけで、本当に先を進んでるのかは『帝国』側しか知らない。ただ一つ言えることは、『帝国』と『王国』が結んだ平和条約には、魔法学校の一生徒から見ても明らかなほどに限界が見え隠れしてる」
「…………」
「国同士が何をしてるのかまではアタシも知らないし、そこには興味ない。でも、重要なのは表向きは独立を貫いてるはずのインキュリア王国が、『帝国』側に擦り寄ってる場合。そうなると、クライドラ王国にとっては厄介な楔になりかねないの」
地理的に見れば、インキュリア王国と『帝国』でクライドラ王国を挟みこめる位置関係にある。
特段、これだけで情勢がひっくり返ることはないが。
仮にこれは真実だった場合、状況としては大きく不利になるのは明確なことだった。
「魔法学校がインキュリア王国の依頼を受け入れた理由も、きっとこの辺りでしょうね。精霊がいるかどうかは建前で、本当のところは国家の中枢に『帝国』の人間がいるのか探らせること。幸い、精霊科の生徒なんて消えれば儲けものなわけだし。理には適ってるわ」
「…………そこまで」
ついに我慢できなくなったのか。
あるいは、これ以上は不要と判断したのか。
マーベラはおずおずと、どこか縋るようにチョコに尋ねる。
「そこまで分かっておきながら、どうして私の話を聞こうと思ったのですか?」
「決まってるでしょ。この話には、アタシの知る以上の裏があるからよ」
敢えてチョコは断言すると、近くのカウンターで奇妙な飲料を購入してきたシュラに声をかける。
「シュラさ、いくらなんでも適当すぎない?せめてアタシの話相手になってほしいんだけど」
「…………それもそうか。こうなるならトア殿を連れて来るべきだったな」
「アイツは絶対にダメ。騒ぎを三割増しで悪化させるし」
シュラが持ってきた飲料は、ガラスの容器に虹色のグラデーションが施されたスムージーに類似していた。
ただし、暖色系の液体からはポコポコと音が鳴り、寒色系の液体からは謎の冷気が漏れ出ているが。
「どう?いける?」
「存外に悪くない」
「あっそ。ならアタシも買おうかな。マーベラさんも同じのでいい?」
「…………あ、え。は、はい」
話は一旦そこで終わり、一息入れてから再び再開された。
「マーベラさんがセジリオと繋がってるって気づいたのは、アタシらの制服に何も疑問を抱かなかったことよ。普通、というよりも魔法学校の制服を一目で判別できる人間って少ないし。偶然にしては流石に都合が良すぎるもの」
「故に、先ほどのような敵襲は適宜起きる」
「だから気にしないでいいわ。あれくらいなら、ぶっちゃけ本校でも普通にあるし」
軽く引いてるマーベラを他所に、チョコは話を次へと進める。
「マーベラさんがセジリオと繋がってる。ここは合ってる?」
「はい。仰る通りです」
「だったら、依頼を失敗させようとするのも目的通り?」
「…………はい」
「狙いは?」
「…………」
不気味な沈黙だった。
葛藤しているとでも、思案しているとも違う。
例えるのなら、それを話していいのかと誰かに伺い立てているような閉口だった。
「…………彼女に、真実を知らせたくなかったんです」
「真実?ていうか、彼女って誰のこと?」
「それをお伝えするには、まず私の知る全てを伝える必要があります」
スッと、マーベラの姿勢に一本の線が引かれる。
思わず驚くチョコとシュラを他所に、マーベラは凛と張った声で語りだした。
「私の一族は『帝国』に代々使える魔法使いの家系です。とはいえ、地方の小さな一族でしかないので、中央に関する情報は何一つ持ち合わせていません」
「それで?」
「そんな私の一族に、『帝国』から命令が下されました。内容としては海楼国家における王位継承権を獲得すること。そして、内側から『帝国』側へと思想を向けさせることでした」
淡々と話しているが、その内容は恐らくは超がつくほどの機密情報だ。
恐らく、彼女を拘束し然るべき場所で同一の話をさせれば、それだけで外交上の有利不利が逆転するほどのもの。
だからこそ、チョコは敢えて興味がないと前置いたのだ。
立場と身分、そして魔法によって。
彼女こそが依頼達成の鍵そのものだと確信できたからこそ。
「工作は上手くいったんだと思います。証拠に王宮内は今すぐにでも『帝国』に服従の意思を示すべきだと主張する者が多くいるとか。私の役目はそれらの情報を受け取り、上へと報告すること。その過程でセジリオさまとは面識を持ちました」
「それだけ?」
「えっ」
こんな程度の情報だけなわけがない、と。
この期に及んで隠そうとするマーベラに強くそう尋ねる。
「仮にそれだけの関係なら、アンタが直接出向く理由にならない。いやむしろ、こんな雑務をアンタがする理由が一つとしてない。ついでに、そんな情報を執務官であるセジリオから渡されるなんて絶対にありえないわ」
「…………」
「加えて、アンタの装いは恰好だけじゃ説明できない豊かさがあるのよ。言ってしまえば貴族然としてると表現すれば分かるかしら?王位継承権をアンタの一族の誰かが獲得したくらいで、そこまでの待遇を用意するとはアタシは思わない」
確かにマーベラの話に嘘はないのだろう。
そんな安直な方法で王位継承権を獲得できるかは置いておくにしても、それができれば成果としては最上級のもの。
加えて王政を操作できているのなら、まさに完璧に近い工作行為だろう。
だからこそ、チョコは純粋に思ったのだ。
「アンタの一族に出した依頼は、役割と立場が乖離しすぎてる。一国まとめて乗っ取るための作戦を、中央とは関わりのない、地方の魔法使いの一族に任せるとは思えない。もし、そうする理由があるとすれば、考えられるのは一つだけ」
シュラはそこで、チョコが言わんとしていることに気が付いた。
そして同時に、どうしてマーベラが自分たちに接触してきたのかも。
「その依頼は、失敗する可能性が極めて高かった。いいえ、最初から失敗することを前提にするものだった。だからこそ、アンタは独断でセジリオに接触したんでしょ?」




