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サレンがクレアと邂逅した頃。
「で、ここに来たというわけか」
「この国で一番大きな市場だからね。当然、人の出入りも多いから情報が豊富ってわけ」
チョコとシュラは住民から場所を聞いたあと、三層に分かれる国土の一番外にある市場へと赴いていた。
市場は木材の骨組みと布の屋根で構築された屋台を中心とした簡素なものが多く。
多種多様な材料を扱うというよりも、人々にとっての交流を主体とする用途で設置されているように見える。
「移動するための車輪がついているな」
「調べた感じ、定期的に場所が変化してるみたいね。特定の場所で開催するっていうよりも、開催地が点在することを目的としてるのかも」
場所に拘らないメリットは、特定の地域に利益が集中することを防げる点にある。
仮に一か所でのみ開催することが許可されなかった場合、そこの土地を保有するものが使用料を求め利益を得ることができるだけでなく。
例えば売上の一部分を治めることで、収益を得られやすい区域を提供するといったことも可能になる。
(この国がそこまで考えてるのかは疑問だけどね。見た感じ、思いっきり精霊頼りの国っぽいし)
チョコの魔法は解析。
彼女が独自で組み合えた立方体の魔法具は、欲しいと思った情報を収集し自動で整理する機能が備わっている。
とはいえ、あくまで魔法具はチョコの魔法の補助であり。
得られた情報をどう使うかについては、彼女の意思決定に依存しているといえる。
(区域は三つで、一番外側が治安が悪い代わりに収入減になってる。治安維持のために区域分けしてるんだろうけど、立派な壁で隔てるやりかたは反感を買いやすい。というよりも、話した感じからして不満があるのは確定してるわけで)
しかし、そうだと周知させているチョコの魔法は、実のところは少しだけ異なっている。
それは、彼女が魔法具で得られる情報は、チョコの主観が大きく関与しているということだ。
「思いのほかに賑わっているな」
「食事処もあるし、物珍しさで観光客も来てるんでしょ」
チョコの魔法の本質は、ヒラメキと直感で構築された偶発的な代物だ。
法則を組み立て、理論的に論理立てする従来の魔法とは異なり、彼女は瞬間に起こる発想に重きを置いている。
「…………通貨は共通通貨のものか」
「ま、この時代に独自の通貨を持つ理由がないからね。価値を暴落させたところで、結局は互いに損するわけだし」
「そういうものか」
「その責を一方に押し付けられるなら話は別だけど、その押し付け合いの間に市民からの苦情の嵐で失脚するのが先なのが現状よ。特に今は沸騰寸前ってところだし」
だから、チョコはチョコが知り得られる範囲でしか情報を得られないし。
得られた情報からしか、彼女の魔法は発動することができない。
故に魔法具が収集してくる情報は誰でも得られるものに限定されるため、現地の人の意見などを得るには直接話すしか方法がない。
「世界全体が睨みあいのし過ぎで疲弊して、動き出す体力がない。というより最初に動けば確実に損するのが分かってるのもあるでしょうけど、先制攻撃で得られる成果が少なすぎるのも大きいのよ」
だから、チョコは常に自分自身がすることを第一としていた。
行って、会って、話して、見て、触れて、聞いて、嗅いで。
そうやって得られた情報は、古びた書物に記された記録の何倍も価値があるとチョコは信じているし。
だからこそ、彼女は歴史科から追放されることになったのだ。
「…………で、そろそろ話してもいいかしら?」
二人は殆ど立ち留まらず、かといって早足になるわけでもなく。
有り体に言うのなら、追いかけて来るのにちょうどいいペースで市場を直進し終えた。
「偶然なら謝るけど、明らかにアタシたちに用があるわよね?」
そこは市場の端にして、内側とを区切る壁の近くにあるからか人の気配が多くなかった。
店を構える店主が数名いるが、彼らの視線には物珍しいさの色は微塵もない。
「い、いつから、お気づきになられたのですか?」
「…………チッ」
出てきた人物を見て、チョコは思わず舌打ちをしてしまった。
別に面識があるわけではない。
年齢にして四十ちょっとの女性で、パーマをかけた髪型が特徴的なくらいだろう。
問題なのは、その女性が身に着けている衣服と装飾品の数々。
そのどれもが一級品であり、恐らく単体で金貨数枚で売れるほどの逸品だ。
「あ、あの…………」
「シュラ。任せていい?」
「委細承知した。そちらは任せるぞ」
「え、あ、その…………」
「遅すぎ」
シュラの気づきは決して早いわけではない。
むしろ、この女性が余りにも不用心すぎるのだ。
「アンタ、金品狙いの連中から狙われてるの気づいてる?」
「えっ!?」
「人数は二十と七。能力的には素人に毛が生えた程度だけど、アンタじゃ抵抗どころか反応すらできない相手かな」
チョコは苛立ちを隠すことなく、それでいて対話を拒否するわけでもなく女性に近づくと。
「何も気づいてないようだから、順番に説明してあげる。アンタに気づいたのはこの国に来てから。厳密に言うんなら、セジリオって執務官と話をしてる時から。あんな露骨に眺めてて気づかないわけがないし、ただの観光客にしては服装が裕福すぎる」
そして、チョコは続けてこう尋ねた。
「もう一つ。アンタ、セジリオと繋がってるでしょ?」
「っ!?」
余りにも不用心な反応だった。
どうして分かるのかと顔いっぱいに浮かべる女性に対し、チョコはほとほと呆れた様子で息を吐くと。
「それでよくバレないと思ったね。いや、むしろ尾行なんて大胆なことすること自体が特殊っちゃ特殊か。経験がないのは丸わかりだし」
「…………ですか」
「ん?」
「そこまで分かってて、どうして何もしなかったのですか?」
恐らくは決死の覚悟で尋ねているのだろう。
ふるふると震える体とは裏腹に、視線だけはチョコを真っすぐ見据えて離そうとしない。
そんな態度をじっと見たチョコは言う。
「しなかったんじゃくて、できないのよ」
「…………え?」
「この国は、他の国と比べて魔力量が偏りすぎてる。最初は地理的な要因かと思ってたけど、市場を眺めて、やっと理解できたからアンタに声をかけたってわけ」
イマイチ、相手はチョコの話を理解できていないのだろう。
瞬きを繰り返す彼女に対し、チョコは端的にこう口にする。
「具体的な手段とか、事の経緯とか背景とか。流石にそこまではアタシも分かってないから、そこはアンタから話を聞きたい。どう見ても、何か知ってる風の顔をしてるしね」
「…………それ、は」
「それに、この会話も向こうには捕捉されてる。だったら、洗いざらい話してくれると手間がなくて嬉しいかな」
サラリと言ってのけたチョコは、改めて魔法具を起動し嘯いた。
「序列持ちの精霊を相手するなんて、できるなら勘弁したいしね」




