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依頼を失敗してほしい。
その理由を聞くよりも先に、サレンとセジリオが乗っていた移動具は王宮へと到達してしまった。
「では、私はここで。ここから先は専属の者にお願いしておりますので」
「あっ、ちょ…………」
呼び止めるも時すでに遅く。
真っすぐ線を引いたような姿勢のまま、セジリオはサレンを置いて離れていってしまう。
(『なんか、上手く出し抜かれたような気がする』)
(『相違ないであろうな』)
特に慰めるわけでもなく肯定するロアを内心で睨みつつ、サレンは案内役の大人に従い王宮の中へと向かう。
王宮の中は、驚くほど静寂に包まれていた。
水底に体を沈めたような。
しぃんと張り詰めた空気が呼吸と共に体に入り、吐き出す空気の音が遠くへと消えていく。
やがて、進むごとに段々と光が弱まっていき。
景色は周囲の、大海原によって描かれる潮流が見えるほど透き通る空間へと変化していった。
「『分かるか?』」
気づけば、ロアは実体を持ちサレンの横を歩いていた。
恐らく先導する案内役ならば口外しないと判断したのだろう。
サレンはロアの判断を信じ、敢えて喉を震わせ声を発する。
「分かる。なんていうかこう、痺れる感じがする」
「『小生も同様だ』」
「つまりは、そういうことでいいんだよね?」
サレンにとって、初となる序列持ちの精霊との邂逅。
そしてそれは、同類という言葉の真意を確信することと同義である。
「『案ずることはない。小生とて序列持ちの精霊。加えて、盟友がいれば敗北は絶対にない』」
やけに力強い断言に、サレンは一瞬だけ驚き苦笑いを浮かべた。
「なんで戦うのが前提なわけ?」
「『すまぬが、小生の知る限りでは奴とは絶対に分かり合えぬのでな』」
「知ってる相手なんだ?」
「『面識がある。それも、互いに思い出したくない類のものだ』」
「んじゃ、私が相手するから。ロアは気配消しててもいいよ」
「『それが可能ならば、小生とて苦心しておらん』」
「そりゃそうか」
歩くたびに刺すような気配は強まり。
案内役が立ち止まった扉からは、もはや殺気に近い何かが溢れ出ていた。
「一人で入る感じ?」
案内役は顔に白の仮面をつけ、全身を覆うローブを纏っていた。
おかげで外見から得られる情報はなく、声も発しないので性別すら分からない。
(ま、立ち会われても困るけど。せっかくなら一人で会いたいし)
いつでもロアの魔力を借り受けられる準備を整え、サレンはグッと力を込め扉を押した。
重厚な扉は音もなく開かれ、中から伝わる冷気に似た空気がサレンの体を叩いた。
(───────なにこれ)
そこは、余りにも神秘的な空間だった。
深い青に包まれ、発光するのは恐らく珊瑚の類だろうか。
色鮮やかな魚が水の中のように自在に泳ぎ、揺らめく海藻は光を反射させ輝いている。
ごつごつとした岩場には貝類の姿があり、入江のように入り組んだ先には光が集中する空間があった。
「よくぞ、参られました」
幼い子供の声。
サレンは思わず驚きながら、次の瞬間には神霊概装へと変身していた。
「わたしの名はクレア。インキュリア王国の国王であり、あなたと同じ精霊使いの一人です」
「『そして、我の名をパンサラサ。水の精霊序列二位。『進化』を司る者である』」
そこにいたのは、小柄な少女と一頭のサイだった。
小柄な少女はクラゲを連想させる白色のドレスと、貝殻をあしらった髪飾りとネックレス。
華奢な手足をシャコガイに似た玉座に乗せ、悠々とした態度でサレンを歓迎している。
「『して、そちは名乗らんのか?紛いなりにも『脈動』と契約を交わした者であろうて』」
問題は、サイのほうだった。
サイズはクレアの数倍以上。
成熟した大人の大きさのサイは、敵意を剥き出しにした瞳でサレンを容赦なく睨みつけ。
自身の体色と同じ青色の光を、さながら凶器のように晒していたのだ。
「サレン。姓はないわ」
「『土の精霊序列二位。『脈動』のロアだ』」
「『案ずるでない。そちのことは嫌でも知っておるわ』」
「『…………』」
「『そも、こんなところに来ること自体が驚きであるというのに、性懲りもなく人と契約を交わすとは。ほと、そちの見苦しさには呆れるばかりだろうて』」
「パンサラサ」
棘のある言葉をぶつけるパンサラサを、クレアは一言で制止する。
それで黙ったのを確認してから、クレアはひらりと立ち上がりロアへ向けて謝罪の言葉を発した。
「わたしの精霊が失礼しました。何分、気難しい性格でして」
「『案ずるな。此度の件において小生はついでだ』」
「ならば、サレンさまに謝罪をすべきですね。申し訳ございませんでした」
ふわりと水色の髪が揺れ、クレアは恭しく頭を下げる。
終始唖然としていたサレンは、そこでやっと正気に戻り慌てて口を開いた。
「あ、いや、えっと!そこまでしなくていいっていうか、私もロアと契約して幼いっていうか、そんな長くないから。こう、ロアの過去をあれこれ言われても知らないっていうか…………」
「『盟友よ、一度落ち着くべきだな』」
「いやっ…………!?」
でもだって、と続ける前に、小さく笑うクレアが視界に入る。
「…………分かった。ごめん。ちょっと驚いたっていうか、てっきり王様って聞いてたから年上かと思ってたんだけど」
「安心してください。皆さん同じように驚かれますし、この国ではパンサラサと契約できた者が王位につく仕来りになっているんです。なので、わたしのような子供がなることも、実はそれほど珍しくないんですよ」
てきぱきと話すクレアを前に、サレンは内心で驚き慄いていた。
なにしろ、クレアの容姿から推定される年齢は五歳ほど。
もしかすれば一つ二つは上かもしれないが、少なくとも魔法学校の初等部に入れる年齢ですらない。
それが、こんな王宮の奥深くにいて、しかも一国の王様をやっているのだ。
人生で一度も王族と会ったことのないサレンからすれば、余りにも想像とかけ離れている。
(…………あ、でも入学試験の会場にいたかも。いやでも、あれを会ったとカウントしていいのかな?ぶっちゃけ誰も覚えてないけど)
とにかく。
事前に聞いてた情報と一致する要素も多いのもあって、サレンは驚いたあとで一度冷静になることができた。
できれば自然と、ここに来た目的が脳裏によぎる。
「私、礼節とか全然だから普通に話すけど。ここにきたのは貴女が出したっていう依頼を達成するため。で、会ったら終わりってわけじゃないのは私でも分かる」
「…………」
「教えて。オレはここから、何をすればいい?」
同類を連れてくること。
この依頼の文面から分かることは、依頼主は会うことを前提にした別の目的があるということ。
そしてそれは、同類でないと叶えられないことだということ。
だから自然と、サレンは幼少期の口癖のままクレアにそう問いかけていた。
「…………はい。仰る通り、依頼の目的は精霊使いと会うだけじゃなくて」
そしてクレアは、サレンにこう告げた。
「わたしと、友達になってほしいんです」




