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「お待ちしておりました。第三十七代執務官を任されております、セジリオといいます」
インキュリア王国に足を踏み入れた途端、サレンらの前に一人の男性が待ち構えていた。
「この度は我が国の依頼を引き受けて頂いたこと、大変うれしく思います。滞在中における要望や不満につきましては、このセジリオにお伝えくだされればと」
浅黒い肌、灰褐色の髪。
グレーの燕尾服には皺の一つもなく、額を広く見せる髪型も相まって爽やかな印象を与える青年だった。
「分かった。よろしくね、セジリオ」
サラリとチョコがそう告げたあと、微笑を保ったままセジリオは頭を挙げると。
「…………ところで、一つ先に確認しておきたいことがあるのですが」
「なに?それってこんな大勢が見てる中でしないといけないこと?」
四人がいるのは多くのカザハコエイが出入りする港だった。
ちょうど卵型の端にあるそこには絶え間なく人が出入りを繰り返し、近くには待機するための小屋や椅子、手続きを進めるための窓口が幾つも設置されている。
出入りしている人種はざっと分けて三つで。
一つはここインキュリア王国に遊びに来たであろう観光客、もう一つは各種荷物を運搬するための業者。
そして最後に、明らかに一般人とは思えない風体の輩たち。
(意外と、治安が悪いんだ)
故郷で見かけたら近所の子供たちを自宅に避難させるであろう人間を、周囲にいる人たちは全く気にする素振りがなかった。
むしろ関わることで却って危険だと判断しているのか、とにかく触れないよう意識しているようにサレンの目には見える。
「今回、我が国からお送りした依頼の答えを、皆様方にお答えいただければと思いまして」
セジリオはそう言いながら、薄く細める目元の奥からサレンへと視線を向ける。
「依頼の内容は、同類を連れてくること。仮に相応しくない場合、今ここで帰国してもらうことになりますので」
「魔法学問の総本山、そこの生徒を疑うっていうの?」
「まさか。ですが、こちらとしてもタダで通すわけにはいかないだけですよ」
「それを疑うって言うんじゃなくて?」
「これからお会いされるのは、我が国の国家元首であられる御方。安全確保を目的とした確認としては、むしろ緩すぎると思いますが?」
強気の姿勢を崩さないチョコに対し、セジリオもまた主張を譲ることはしなかった。
今回の依頼について、最初からよく分かっていないサレンは思わずロアにこう尋ねてしまう。
(『これ、普通に見せたらダメなわけ?』)
(『小生が思うに、盟友の学友は場が悪いと思っているのだろう』)
(『場って、この港に人が多いから?』)
ちらりと視線を向けただけでも、明らかにこちらの様子を窺っている者たちの視線が分かる。
大半はサレンと目が合うと知らぬ顔で遠ざかるが、中には遠慮なく眺める者までいる始末だ。
(『…………なんか、思ってるよりメンドクサイ』)
(『仕方なかろう。小生の存在を明かす行為は、そのまま例外を容認することに繋がる。学友がここまで渋るということは、見られては困る存在が近くにいると推測するのが適切なはずだ』)
そう言われたところで、チョコとセジリオの会話は終わらない。
むしろ段々と、建前という最低限の礼節が剝がれていっているのが分かる。
「だったら、私だけ会わせてよ」
「…………失礼ですが、貴女は?」
「サレン。今回の依頼でいう、同類ってのは私のこと」
これ以上揉めたところで解決される気がしない。
サレンは適当にそう判断すると、驚くチョコを退かしつつセジリオにこう提案した。
「この二人は同じ学科の先輩で、私の付き添いで一緒に来てくれたの。だったら私だけ国家元首に会わせてもらって、こっちの二人は来賓として扱うのは?」
「…………」
「私が嘘をついてたり、そっちの要望通りじゃなかったりするかもしれない。その時は素直にそっちの命令に従う。これでもダメ?」
余りにも不利すぎると、チョコは愕然と思ってしまう。
だけど、止めに入るには既に遅すぎる。
サレンが提案した以上は、横から何を言ったところで変わらない。
むしろサレンの性格を考えれば、何も意味がないのは目に見えている話だ。
「畏まりました。そうしましたら、サレン様だけ登城してもらうと。それで構わないですね?」
「うん。というわけで、チョコ先輩とシュラさんは適当に時間潰してもらって、会ったらすぐ戻って来るから」
「承知した。チョコ殿も、それで構わないな?」
「…………分かったわ」
渋々といった様子でチョコが快諾したので、サレンはセジリオの後を追う形で街の中央へと向かってしまう。
残されたシュラは人混みの中にサレンの背中が消えるのを確かめてから、改めてチョコに視線を向けると。
「…………大丈夫か?」
「まさか」
意外にも、チョコは怒ってはいなかった。
但し、そこには前向きな感情は一切なく。
「連中、何か隠してるわね」
「分かるか」
「あの反応、明らかにアタシらを怒らせて帰らせようとしてた。この依頼は緊急性が低いものだし、急な来訪が困るのは分かるわ。でも、今ここで絶対に解決しないといけない理由がないし、帰らせて不利益を被るのはインキュリア王国側だもの」
勘違いしそうになるが、依頼は基本的にクライドラ王国が容認して申請を許可している。
立場を考えれば依頼主が下で、魔法学校の本校は上になる。
だからここで、依頼を受けた人間を怒らせて帰らせることに、インキュリア王国のメリットは殆どない。
解決されて困るのなら、そもそも依頼を出さなければ全て解決するからだ。
「だからこそ変なのよね。この手の依頼で執務官が直々に出迎えることなんて滅多にない。ううん、なんならこの国の執務官って国王の補佐役、実質的には二番目に偉い人よ?それがこんな、魔法学校に出した依頼程度で出て来るなんてありえないわ」
「…………怒っていた割には、意外と冷静なのだな」
とにもかくにも、チョコとセジリオの会話は人目を集め過ぎた。
ひとまずは適当なベンチに腰掛け、ゆるく周囲を眺めてから話を再開させる。
「そりゃ怒ってたけど、サレンに助けて貰って落ち着いただけ。シュラじゃ頼りないからアタシがって思ったけど、やっぱ失敗だったわね」
「そんなことはないと思うがな。寧ろ拙者がやっていたら即殺し合いになっていた」
「シュラの場合、洒落にならないから辞めてほしいんだけど」
適当な軽口を言い合ったあとで、二人は徐に話を止め。
「…………見られてるわね」
「どう思う?」
「知ってれば魔法学校の制服だってすぐ分かるわけだし。注目されるのは当然ではあるわ」
「ただ、出所をこちらに悟らせない辺りは、確実に素人ではないな」
「どういうつもりか知らないけど、売られた喧嘩はきちんと買わないと」
チョコとシュラはそこからゆっくりと歩き出し、ゆっくりと人通りの多い地域から離れていく。
そんな二人の姿を眺める者は、静かにその後を追いかけるのだった。




