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墜星のイデア ~生まれついて才能がないと知っている少女は、例え禁忌を冒しても理想を諦められない~  作者: イサキ
第2章 海楼国家インキュリア

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 ────────初めて父から言われたことは、同情を禁じるものだった。


「決してアレを人と思うな」


 厳格な父。

 食器の持ち方から、基本的な挨拶まで。

 父は一族に伝わる規則で己を律し、それを自分にも求めてくる人だった。


「いいか。我らが一族の目的は国家の安寧と繁栄。そして、アレはそのための装置でしかない」


 父は完璧だった。

 完璧すぎるあまり、自分は父が苦手だった。


 粗相をしたことも。

 所持品を失くしたことも。

 あるいは、ほんの些細なことでさえ。


 父は見逃さず、父は許さず、父は指摘し、父は求めてきた。

 

 正しさの権化。

 優しい母はそんな父に従うだけで、父の方針に口出しはしなかった。


「アレは気紛れな怪物だ。少しでもつけ入る隙を与えれば、そこから一気に呑み込まれる」


 正解の奴隷。

 厳格の現身。


 周囲の者たちは父をそう呼び、自分もまた内心でそう思い。

 自由を求める少年心は、必然的に父を嫌った。


「慣れ合うな。飼い慣らせ。人の姿を真似するのは、こちらを油断させ取り入るための手段に過ぎないのだ」


 だけど、父はどうしようもなく完璧だったのだ。

 嫌悪感を抱きながらも、それ以上の敬意を抱いてしまうほど。


 まるで己を罰するかのように。

 どこまでも真っすぐな父が、自分にとっては格好良く見えたのだ。


「…………分かりました。父上」


 だから、自分は父を倣った。

 

 父のように。

 父上の期待を裏切らないように。

 偉大なる父上に失望されないように。


 そんな、盲目的な信仰は、やがては自分を高みへと導いてくれた。


 同年代の誰もが羨むほどの知識と技術を会得し。

 多くの大人が慄くほどの器量と才覚を自分は手に入れた。


「いつの日か、父上のようになってみせる」


 足りない。

 余りにも、自分は足りていない。


 どこまでも愚直な精神はやがて、とある契機を迎える呼び水となる。


「ついてこい」


 その日のことを、自分は今でも覚えている。


 何気ない日。

 いつもよりも少しだけ緩やかな潮流だと思いつつ、自分は父に呼ばれ背中を追った。


「今日から、お前には重要な役目を任せる」

「…………え?」


 いきなりのことで、自分はそう尋ね返す。

 すると父は苦しい顔をしながらも、それでも自分から目線を外すことはしなかった。


「まだ、早いとは思うが。それが向こうの意向である以上、我々は従うだけなのだ」

「…………父上は、困っているのですか?」


 今にして思えば、なんて命知らずな問いだろうか。

 父は大きく目を見開き、そして優しく笑った。


「そんなことはない。少し驚いたが、お前ならばと私が判断した」


 やや力強く頭を撫でられ、乱れた髪型を整えてから父は手を離す。


「だが、この役目に違和感を覚えたのなら。その時はすぐに私に伝えなさい。それができないのであれば、今回の話はなかったことにする」

「…………分かりました」


 父は、怯えていた。


 どうしてなのか、何に対してなのか。

 それが何なのかは今でも分からないままだったが、それでも父は怯えていた。


「よし。なら、ついてこい。向こうもお前を待っている」


 そして、再び無言へ。

 

 長い長い。

 音さえ遠くにあると錯覚するほど静かな廊下を歩いた先。


 明らかに周囲とは意匠が異なる扉の前で、父は足を止めた。


「この先に、お前を招いた(モノ)がいる」


 言葉の意味が違う。


 幼いながら、それは自分にも理解できた。


「行ってまいります」

「…………あぁ」


 手を掛けた扉は軽く、押せば容易く開くのは分かった。


 だから、自分は両肩に感じる違和感を無視し、その扉を力強く押した。


 今なら分かる。

 その違和感は、無視してはいけない代物だったと。


 そして、自分はすぐに知る。

 父が語る、アレと呼ぶ何かの正体を。


 それが運命の分かれ道だと、理解するには幼過ぎた、と。


 ───────。


 ───────。


 ───────。


 誰かが言った。


 それは幸福なことだって。


 誰かが言った。

 

 それは名誉なことだって。


 だから、わたしは嬉しく思った。


 だってこれで、パパとママを幸せにできるって。


 選ばれることで、パパとママが喜ぶって。


 だから、我慢したの。


 嫌だって思ったし。


 怖いなって思ったよ。


 でも、でもね。


 逃げ出したらダメなんだって。


 ワガママを言ったら、パパとママが困るからって。


 だから、わたしが頑張ったんたの。


 うんとたくさん、びっくりするくらい。


 だけど、それだけじゃ足りないんだって。


 もっと、もっと、もっと、もっと、もっと、もっと。


 びっくりするくらい終わりがなくて。


 だから、わたし聞いたんだ。


「いつになったら、終わるのかな」


 そしたら、お兄さんはこう言ったんだ。


「いつかきっと。必ず終わります」


 わたし、知ってるんだ。


 みんな、嘘をついてるの。


 みんながみんな、自分のために嘘をついてるって。


 だからもう、いいよね?


 わたし、たくさんがんばったし。


 色んなこと、いっぱい我慢したし。


 我慢して、我慢して、我慢して、我慢して、我慢して、我慢して。


 そしたら、おかしいなって気づいたんだ。


(オレ)が伝えたとおりだろうて」


 誰も、わたしを見ていない。


 一人だって私を名前で呼んでくれない。


 ここから、どこにもいけない。


「ここに、そちを求める者はおらんぞ、と」


 ねぇ、教えてよ。


 わたし、がんばってるよ。


 いっぱい我慢して、それでもがんばってるんだよ。


「諦めい。どれだけ呼ぼうと、応じる者はおらんて」


 ねぇ、お兄さん。


 なんで、わたしの名前を呼ばないの。


 パパとママに会わせてよ。


 よくやったって、わたしを褒めてよ。


「それが、そちに課せられた『誓約(せいやく)』よ」


 ねぇ、聞いてよ。


 わたし、ここにいるよ。


 ずっとずっと、ここにいるから。


 だから。


 どこにもいけないわたしから、あなたも逃げないで。

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☆☆☆完結済の過去作はこちら☆☆☆
異世界に転生したら最強になって無双できるんじゃないんですか!?
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