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これで第1章は完結です。
第2章 海楼国家インキュリア編は後日から更新します。
長くなりましたが、ここまでお読みいただきありがとうございました。
燃えていた。
それはもう、見事とした呼べないほどに燃えていた。
「……………………おかしくない?」
「なにが?」
時刻は深夜。
既に日付が切り替わった後だと言うのに、精霊科の生徒の多くがサレンの歓迎会に参加していた。
「いや、だって…………これって」
無事に入学課題を出し終えたサレンは、疲労困憊の体で精霊科の学舎へ帰還。
最後まで行動を共にしてくれたチョコと共に、先にシュラが準備を進めてくれているという会場に辿り着いたのが直前のこと。
「ほぼ火事じゃん」
「そう?キャンプファイヤーってこういうものでしょ」
そこで行われていたのは、焚火と呼ぶには明らかに過剰すぎる炎の塊。
ちょっとした一軒家が燃えてる、と説明されても納得できるほどの勢いのそれは、初めてここに来た時の光景と重なって見えた。
「どうせ誰も文句言ってこないんだし。やるからには派手にやらないと」
「でも、昼間はチョコ先輩怒ってなかった?」
「あれは昼だからね。昼にやるキャンプファイヤーは違うでしょ」
でしょ、と言われても何が違うのかサレンには全く理解できない。
(『これ、私がおかしいだけ?』)
(『郷に入っては郷に従え。極東に伝わる言い伝えだ』)
(『うん。ロアもおかしいとは思うのね』)
とにかく、サレンを歓迎するための会なのは違いないのだろう。
…………なんか既に食べてる人もいるけど、それでもきっとそのはずだ。
「遅かったな」
燃えるオオヅノガガリの頭部。
ちょっとしたランタンというには物騒すぎるそれを妖刀で刺し、シュラはなんてことない素振りで二人に近づいてくる。
「ちょっとシュラ!それ持って近づかないで!肌が乾燥するでしょうが!!」
「…………」
怒るとこ、そこなんだ。
段々とチョコの価値観が分からなくなってきたサレンは、ゴミ袋を投げ捨てるくらいの気軽さで頭部を投擲したシュラと目が合うと。
「サレン殿も気にするほうか?」
「人並みにはするけど、ちょっと分かんないかも」
自分が少し変わった性格をしていると自認していたサレンだったが、ここにいると大したことないのでは、と感じてしまう。
肌の乾燥がって言っていたチョコが、何食わぬ顔で焚火に近づいて焼けた肉を選んでる姿を見ると特に。
「本校は驚くことばかりだが、ここは特にそうであろうな」
「シュラさんも?」
「普通ではないだろう。あの火力は、ちょっとした火災事故だぞ?」
「プッ…………フフッ、シュラさんそれ狡い」
「む?そうか。それは悪いことをしたな」
そうこう話しているうちに、チョコが焼けた肉が刺さった串を両手で抱え近づいてきた。
「お待たせ。これと、これでいい?シュラもいいわよね?」
「わ、ありがとう」
「有難く」
焼けた肉には独特の味がしたが、元の肉の旨味と合わさって悪くないとサレンは感じた。
なにより、今日一日ずっと動きっぱなしだったのだ。
口に入れた途端、体が空腹を思い出し一気に食欲が加速する。
「とりあえず、サレンの入学課題はクリア。ひとまずの難は去ったかな」
「無事に終わったのか」
「無事って言っていいのか分かんないけどね。そこの、ロアが出してくれたアイデアを採用したんだけど」
「『やはり拙かったか?』」
応じる形でロアは姿を晒し、ドリルのように体を揺らしてから息を吐いた。
「方法がえげつなくて驚いただけよ。むしろアタシ的にはいいアイデアだったと思うわ」
「『小生の性質は『脈動』。盟友の体質とも相性がいいのでな』」
ロアはそう言いながら、サレンが持っていた串刺し肉を一つ奪い、地面に落とすことなく器用に食べ始める。
「まさか運搬用の魔器に魔力をぶち込んで故障させるって。普通に壊すよりタチが悪いわ」
鳴震。
それがロアがサレンに伝授した、絶対にバレない手法を行う技の名前だった。
「動力源に魔力を過剰供給したのか」
「え、これだけで分かるんですか?」
「流石シュラ。理解が早い」
驚くサレンに対し、シュラは褒めたチョコには触れず。
「噂になっていたからな。上から命令で学士より下の生徒が造形科の手伝いに駆り出されていると」
「なんだ、感心して損したわ」
「え、え、なんでそれで分かるわけ?」
「人体科の連中って、大半が魔法具の扱いは不得手なのよ」
困惑するサレンに対し、チョコはそう言うと。
「魔法防衛局でも魔法具を使うことはあるんだけど、連中はどっちかっていうと実戦で戦う兵士って立場なわけ。そうすると、アイツらが使うのは整備が行き届いた魔法具であって、魔法具の整備なんかは他の人が担うのが通例なの」
「そして、その大半が造形科なのだ」
つまるところ、人体科の魔法使いは魔法使いではあるが、魔法を究めるという意味では魔法使いではないのだ。
彼らはただ、戦う手段として魔法を習得しているだけ。
必然的に、魔法そのものの研鑽や勉学に励む意味を見いだせず。
それで困らないので、誰も現状を変えようとはしないで今に至る。
「人体科と造形科は派閥は違うけど、国全体で見ると協力関係にあるの。でも、そんなことはアタシら学生は知ったことじゃない」
「この手の話は今日だけではない。必然的に、機会さえあれば容易に破裂するのだ」
「んでもって、過剰魔力での故障なんて誰が考えても魔力を込めた奴が悪く見える。今回の場合、それが可能だったのは誰だか分かるわよね?」
そこまで言われてやっと、サレンは二人の真意を理解し始める。
「じゃあ、チョコ先輩が偽名を使えって言ったのも…………」
「当然、元造形科として今回の犯人に仕立て上げられる可能性があるからよ。名前は偽ったけど、分校の生徒を狙って手伝いをしてたってアリバイもあるわけだし。これで犯人扱いは流石に無理でしょ」
理由も知らされぬまま、造形科の手伝いをさせられた人体科と。
本校特有の理由で、人体科の手助けを受け入れるしかなかった造形科。
両者の不満は、魔法具の故障とサレンが単独で荷車を押せたことで一気に爆発し。
そういった事情に疎い分校出身の生徒と一緒に、何食わぬ顔で課題を提出。
制服の違いを見れば内部組と外部組を見極めるのは容易で。
善意を受けた事実は、そういった学科同士の確執から縁遠い者が保証してくれる。
(…………あ、頭いいなぁ。私、今聞くまで全然分かってなかった)
思わず、サレンは感心してしまっていた。
実行した張本人なのだが、事前に説明され理解できていたことは三つだけ。
鳴震で魔法具の動力源に魔力を流し込むこと。
サレンだけで運搬用の荷車を押すこと。
そして、手助けした相手にロアという偽名を名乗ること。
(なんとなく、壊すよりいいかって思ってたけど。まさかあの短時間でそこまで考えてたんだ。直前のことで驚きすぎて、そっちに考えが向かなかったのもあるとは思うけど)
万全の状態で、果たして同じことができたか。
焼けた肉を嚙み締めながら、サレンは延々と咀嚼を繰り返す。
「なんにしても、これで入学課題はパスできたわけだし。直近で重要なのは中間考査だけど、こっちはまだ期間あるし…………」
「ねぇ、チョコ先輩」
「ん?どしたし?」
「私、どうやったら学士になれる?」
考えた末の発言なのは、チョコも言われてすぐ理解できたのだろう。
隣で話を聞いていたシュラは、発言を譲るためか成り行きを見守っている。
「方法は二つ。一つは、この本校で優れた成績を残すこと」
「でも、精霊科に属する以上は絶対に無理なんだよね?」
「えぇ。そこは全員が同じことを言うわ。だから、もう一つをアタシはサレンに提案する」
「まさか、アレを勧めるのか?」
驚いた様子でシュラが尋ねると、チョコは真剣な眼差しで頷くと。
「今日、一緒に行動して確信したわ。サレンならきっと、何があっても乗り越えることができるって」
「そんなヤバイの?」
行動を共にしたのはサレンも同じ。
少なくとも、大抵のことで警戒するほどチョコの実力は低くない。
そのチョコが、明らかに起こるであろう何かに警戒しているのだ。
分かっていて、回避できない何かが。
「もう一つの方法は、本校の外から届いた依頼を解決すること。学校内の答えが用意された課題じゃない、答えそのものが最初から存在しないかもしれない。そんな、一生徒が向き合うような難易度じゃない課題が王国経由で生徒に舞い込むの」
「海楼国家インキュリア。ここから南東に向かった先にある、海の底に存在する国家の一つ」
「そこから、達成不可能だった依頼があるのよ」
こうしてサレンは、入学二日目にして本校を飛び出ることになる。
向かう先は海中に存在する独立国家。
無限の進化が齎した生命の楽園。
あるいは、変わることを強いられた揺り籠。
「依頼の内容は一つだけ。同類である精霊使いを連れてくること」
そして、サレンは知ることになる。
序列持ちの精霊。
それと契約を結ぶことの、本当の意味を。




