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女生徒であるサラ・イグナシアにとって、これほど憂鬱と思う日はないだろう。
サラの生家イグナシアは先祖代々魔法使いの家系だが、その実力は贔屓目に見ても中の下。
父は魔法統括局で働いているが、サラが生まれる前に地方へと配置換え。
以来その地で育ったサラは、本部のある首都へと帰還を願う一族を背負わされ。
分校出身の一人として、晴れて本校の高等部へと入学を果たした。
(最悪すぎる…………よりにもよって、こんなことになるなんて思ってもいなかった)
サラに訪れた苦難は下記の通りだ。
まず、同期に精霊使いが現れた。
平均より背丈の低いサラは直接その姿を見たわけではないが、迸る魔力の放流を認知しただけでも只事ではないのが分かった。
その精霊使いは別の分校出身で、同じ分校からは『原典』持ちの魔法使いまでいた。
おかげで、元から根深い内部と外部の亀裂は修復不可能なほどに悪化してしまった。
(別に。精霊がどうこうってのは昔話すぎて実感はないけど、実害あるんだったら話は別なのは当然よね)
次に、入学課題の内容が変更になった。
これそのものは大した事態じゃなかったが、問題だったのは誰かが口にした一言。
「この課題は『導師』が審査するから、なるべく大きく作ったほうがいい」
誰が言い出したか分からないが、それが的外れだとはサラは思わなかった。
新入生の作品は、今の段階では大きな差はない。
ならば、審査される優先順位に、作品そのものの大きさが影響すると考えるのは当然のことではある。
結果的に、競い合うように作品は巨大化。
やがては荷車を用いた魔法具を使わなければ運搬すらままならない、どう考えても大きすぎるだけの凡作が山のように生まれたのだ。
(…………それに乗っかってる時点で文句言える立場じゃないんだけど。運搬作業に外部の人間を使っちゃダメってのは、知らないで完成させた時点で痛すぎた)
機密性の確保が主な理由らしく。
内部組はどこで話がまとまったのか、他の派閥である人体科の生徒が運搬作業の補助をしてくれているのに対し。
外部組は、完全に自分だけの力で動かすことを要求されている。
(パパ、ドン引きしてたもんな…………そりゃ、この大きさの作品を一人で積んで運んでってなったら、完全自動で完結する魔法具を購入か、レンタルしないといけないわけで。取り寄せするのに高価な転送魔法を使うし、あと持ち込み許可にもお金がかかるし…………)
こんな感じでも、サラはイグナシア家にとっては唯一の希望の星。
どんな援助も惜しまないと豪語した両親は、明らかに無理をしているとしか思えない出費を許可し。
おかげでサラは、課題提出の待機列のなか、自分の番が来るのを待つことができていた。
(魔法具に貯蔵されてる魔力だけじゃ間に合わないから、一応はちょこちょこ魔力を足してるんだけど)
そんなサラの憂鬱は、ここまでの苦難の後で起きているものだった。
それは。
(…………これ、魔力足りないかも)
サラの魔力量は本校全生徒の中でも下のほう。
分校では頭一つ抜けていたが、世代の優秀者が集うここでは凡人のレッテルすら貰えない環境だ。
当然、ただの魔法使いであるサラに魔法具なしで荷車を動かす筋力はない。
というより、魔法を使わず単独で動かせる人間はいないはずだ。
「手伝おうか?」
「…………え?」
知らぬ声。
咄嗟に振り向いた先にいたのは、何故か白く発光している長髪の女性だった。
「だ、だれ、ですか?」
「オレの名前はロア。同じ造形科の新入生で、同じ分校出身の一人」
人懐っこい笑みを向けられ、サラは思わず心臓がドキリと脈を打った。
オレと自称する男勝りな部分もそうだが、なによりも距離が近い。
(な、なんでこんな遠慮なく近づいてくるの?)
思わず距離を取ろうとし、サラは足がもつれ倒れそうになる。
「っとと。大丈夫か?」
「……………………は、はい」
相手の吐息が触れる距離。
胴体を支えるように抱えられたサラは、顔を真っ赤にしつつも慌てて立ち上がり頭を下げた。
「あの、ありがとうございます。ですけど、手伝うほどのことは何も」
「でも見た感じ、魔力足りないんじゃない?」
バレてる。
思わず視線を逸らしたサラを見て、ロアと名乗った人物はくしゃりと笑うと。
「やっぱり。遠慮しなくていいんだよ。オレがしたくてやってるんだから」
「だ、ったら…………その…………いいですか?」
「もちろん。オレが言い出したことだからね」
そして彼女は荷車に近づくと、両手を荷車に当て、腰をググっと落とすと。
「よいしょっと!」
「わっ…………!ほんとに動いた!」
まるで水流を受けた水車のように、ガラガラと荷車が動き出す。
その光景にサラは両手を合わせて喜んだが、直後に慌ててこう叫んだ。
「あのっ!ごめんなさい!進ませすぎると、その、前にぶつかっちゃうので」
「そうか。ごめん、気がつかなかった」
今の一瞬、サラは魔法具の魔力を全て切っていたのだが。
ロアと名乗った人物だけで、荷車は十分すぎるほどに進むのは間違いなさそうであった。
(…………誰だか知らないけど、こんな人が他の分校にいたんだ)
造形科の生徒は、懐古派の一つなのもあって運動を不得手とする者が多い。
大前提として外に出る機会が少なく、体を動かす必要がないのもある。
だから、体を積極的に動かす人体科との相性は悪く。
有り体に言うなら、根本的な性質が合わないのだ。
(でもやっぱり、これぐらいできたほうが格好いいよね)
どんな魔法を使ってるのか知りたかったが、そこでサラはふと後ろが騒がしいのに気が付いた。
「あれ…………?誰も来てない、ですね」
もしかしてサラが何かしたのかと勘繰ってしまうが、生憎とそんなことをする余裕はサラにはない。
なので何事かと、意識を集中して聞き耳を立てていると。
「なんで動かせないのよ!?その筋肉は飾りなわけ!?」
「無茶を言うなっての!こんな重たいもん、おいそれと動かせるわけねぇだろ!?」
「はぁ!?目の前で女の人が一人で押してたでしょ!?彼女にできて、なんで貴方たちにはできないわけ!?」
「んなこと知るわけねぇだろ!?大体、なんでこんな無駄に大きな作品を作ったんだよ!?造形科ってのは突発的な行動をしないと気が済まねぇのか?」
「っ、この!言わせておけば偉そうに!そっちだって、普段から威張り散らしておいて、荷車一つ動かせないって!?立派なのはプライドだけなわけ!?」
「んだとこの!懐古派の癖に俺たちに喧嘩を売ろうってのか!?」
「上等よ!積年の恨み、今ここで晴らしてやるわ!!」
とんでもないことになっていた。
(どうしよう)
巻き込まれなかったことに安堵すべきか、その原因が自分にあるのではと猛省すべきか。
もしくは、状況を把握して事態解決に赴くべきか。
(どうしよう!?なんか、物凄い騒ぎになってる気がする!?)
アワアワと右往左往するサラを横目に、ロアと名乗った人物はこう尋ねる。
「前、進んでるけど」
「え、あ、はい?」
「提出まで時間もないし、今はこっちを優先したほうがいいんじゃない?」
一切の曇りのない眼。
彼女はサラの身を案じ、置かれた状況だけを見て新設に提案してくれている。
そう考えたサラは、大規模な魔法抗争に発展している後方を眺め。
(…………ま、私には関係ないか)
なんとも素早く身軽に心境を切り替え。
「ところで、ロアさんは課題は出したんですか?」
「ついさっきね。だからオレのことは気にしないでいいよ」
「そうなんですね。ところで、なんでずっと光ってるんですか?」
「そういう体質なんだ」
「へー。珍しいですね」
人間、考えないでいいことは考えなくていい。
今日一日でそう学んだサラは、親切にしてくれたロアと名乗った人物に感謝の気持ちを向けるのだった。




