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チョコはこれまで、ユダを直接見たことがなかった。
しかし、その名声は学科を超えて轟いており、容姿についても詳しく知る環境下にある。
それゆえ、チョコは率直に思った。
(…………なに、コイツ)
『鵂』の長であるツグモとは対照的。
彼は佇まいからして凡人ではなく、ただそこにいるだけで危険だと五感が訴えてくる男とは違い。
気品こそあれど、立ち姿からは到底その実力が分からないほどに平凡。
もしかすれば、町中で見かけても気づかないほどに、存在感というものが希薄な男だった。
(…………生まれて初めてね。何も感じなさ過ぎて逆に気色悪いのって)
何も感じないわけがない。
纏う魔力は並大抵のものではなく、所作を見れば魔法の腕前は超一級。
身に着けている装飾品のどれをとっても、恐らくは金貨百枚で買えないほどの高級品だろう。
それなのに、解析を専門とするチョコが目視して理解できない。
ユダがどの程度の魔法使いで、どれほどの実力があるのか。
持ち物から分析はできても、魔法による解析が通用していないのだ。
「面白い魔法だね。統計による分析ではなく、感覚に依存した高速解析といったところか」
「っ!?」
魔法の看過。
それ自体は驚くことではないが、問題なのは彼がチョコの魔法を完璧に把握していること。
通常、魔法使い同士が対峙した際、お互いに魔法の正体を隠匿しあう。
理由は言うまでもなく、手の内を相手に明かすことによるデメリットが大きいからだ。
だが、これはよほどの実力差がなければ一方的にはならず。
大抵の場合は、互いに知れず知らせずで終わることが殆ど。
(…………やっば。コイツ、その気になってないだけじゃん)
笑ってしまうほどの実力差。
故にチョコは笑い、そして後輩であるサレンへと視線を向けた。
「……………………サレン?」
「アンタ、正気?」
そこにあったのは、驚愕と嫌悪だった。
まるで親しい者の死体でも見つけたかのような、あるいはその死体が無惨に玩ばれていたような。
どう見ても友好的とは呼べない、かといって敵意とも異なる視線をユダへと向ける。
「少し、意外だね」
まるでそよ風のように、ユダはサレンからの視線を受け流すと。
「君もこちら側だと思っていたが、存外にそうではないようだ」
「…………そうだな。悪いが、そこまではオレにはできねぇ」
口調の変化。
チョコはそこに驚き、そして再び驚かされる。
「手を貸そう、といったところで。君は受けてくれないだろうね」
「当たり前だろ」
「…………仕方ない。今回は君の顔が見れただけ収穫としておこうか」
目的はサレンに会うこと。
『鵂』の長といい、今日だけでも相当な人間がサレンに接触している。
(ありえない。とは言い切れないのよね。過去にもそういう人がいたのは記録に残ってるし、確か人体科の『導師』は初日に『鵂』と戦って勝ったことがあるって言ってたくらいだから)
だけど、それは事前に噂された者に限定される話。
今回のように、恐らく誰もサレンを知らず、まして精霊と契約していたなんて把握しているわけがない。
(…………逆って考えると自然なのよね。予め、サレンの情報を流してた奴がいたか、もしくは来たことを伝えた奴がいたか)
チョコが考えを巡らせる間に、ユダは満足した様子で学舎の奥へと姿を消していく。
「そうだ。一つだけアドバイスを送ってあげよう」
「…………?」
「一連の計画は、突発的に行われたものだ。つまりは、誰も君が精霊と契約していることを知らなかったし、今も知っていない」
それだけ言い残し、ユダは暗がりに溶けるように去って行った。
残されたサレンとチョコは、そこで周囲に暗幕目的の結界が張られていたことに気が付いた。
「今、私ら死んでたよね」
「向こうがその気だったらね」
周囲の喧騒が聞こえたところで、サレンらが置かれている状況が再び目の前に現れる。
造形科の生徒によって作られた巨大な作品に、それらを運ぶ荷車の魔法具。
交通誘導をしているのは、恐らくはこのために雇われた人体科だろう。
制服の胸元に施されたワッペンに、シンボルである羊が見える。
「さっきの話」
「あぁ、突発的にーって話?そりゃまぁ、その通りでしょうけど」
だからといって、サレンらにできることがないのは変わらないのだ。
現状は課題の提出先は一つで、そこには待機列という物理的な障害が存在する。
強引な突破、例えば横入りなどすれば問答無用でアウト。
かといって、素直に並んでも向こうの匙加減で絶対に受理してもらえないのは見えている。
「もしかしたら、どうにかできるかも」
「は?サレン何言ってんの?」
思わず尋ね返したチョコは、サレンに引っ張られる形で待機列から見えない位置へと移動する。
「ロア、出てきてくれる?」
「『どうかしたか?」
サレンの呼びかけに応じ姿を見せたロアは、灯りのない学舎の間では異様に眩しく輝いている。
「ちょ、こんなとこで出して平気なわけ?」
「大丈夫。今はチョコ先輩にしか見えないようにしてるし、ここなら他の人からも見えないだろうから」
自慢げにサレンは胸を張ったあと、改めてロアにこう尋ねた。
「ロア、なんか遠隔で攻撃できる技とかある?」
「『あるぞ』」
「あるんだ…………じゃなくて、サレン何する気?」
案外話が通じるロアにびっくりしつつも、チョコはサレンにそう尋ねる。
すると、サレンはなんとも人の悪そうな笑みを浮かべると。
「ロアの魔法で、作品を運搬してる荷車を破壊する」
「…………」
「破壊って言っても、そんなドカン!みたいなじゃなくて。こう、車輪の一部だけピンポイントで破壊する感じで…………」
「…………言いたいことは、分かったわ」
サレンの立案した作戦はこうだった。
作品を搬入する列は絶対に途切れない。
なにしろあれは、サレンが入学課題を物理的に提出させないための防壁だからだ。
だからサレンは、それそのものを破壊しようと考えたのだ。
待機列を形成する荷車は、急いで用意した急ごしらえのもの。
そしてそれを動かす者も、それらを誘導し警備する者も、みな一律で事態の全容を把握はしていない。
「『念のために聞くが、新入生ならばサレンのことを知っているのではないのか?』」
「顔は分かるんじゃない?もしくは名前だけとか」
「『ならば、盟友に疑いの矛先が向くと思うのだが…………』」
ロアの疑問に対し、サレンはあっけらかんとして言った。
「そうならないための方法を、ロアから教えてほしいなって」
なんとも身勝手で他人任せの作戦なのだが。
生憎と、この場合においては何も間違っていない。
「『…………理解した。ならば、少し手法を変えるが構わないか?』」
「手法?別に私は壊せればなんでもいいんだけど…………」
「『ここまで話を聞いていてな。この世界の魔法に関しても、おおよそのことは把握できた。故に、小生からもう少し安全な方法を伝授できると思った次第だ』」
ブワリ、と全身の毛を立てながら。
ロアは静かに、どこか確信を持った声色で二人に告げる。
「『この手法ならば、絶対にバレることは起こりえない。今から伝授するのは、それに特化した技だと思ってほしい』」




