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二体目の彫刻が完成した頃には、周囲は完全なる夜になっていた。
「はぁ…………」
何度目か分からないため息を吐きながら、サレンは今度は落とさないよう慎重に持ち直す。
「そんな落ち込むこと?そりゃ、気に入った作品が壊されたら嫌なのは分かるけど」
最初は同情気味だったチョコだったが、段々と鬱陶しく感じてきたのかそう尋ねる。
するとサレンは力なく首を横に振ると。
「売ったら大金になるって聞いたのに…………」
「え、そっち?」
「一攫千金のチャンスが…………あぁ、なんでこんな儲からないことをしないといけないんだろ…………」
解体したオオヅノガガリのうち、角はサレンが入学課題にて使用済。
肉と革、それと骨はシュラが学舎へと輸送するため、現在はサレンらとは別行動となっている。
「言っとくけど、せいぜい銀貨三十枚くらいよ?天然モノだって言っても、結局は動物科辺りから定期的に供給があるし」
「チョコ先輩、もしかしなくても裕福な家の出だったりします?」
「なにその意外そうな目?心配しなくても普通の家の出身よ。シュラとは違うわ」
何気ないチョコの一言に、思わずサレンは足を止め聞き返す。
「え、シュラさんは違うの?」
「アイツ、あれでも王家の末裔。極東にある島国の、確か三男だったかな?一応はここクライドラ王国と友好国だからって理由で留学に来てるわけ」
一瞬王冠を被ったシュラの姿を連想したが。
(…………なんか違う)
どちらかというと衛兵だな、と余計なことを考え、そこでサレンはあることに気づいた。
「…………あ、だから学士あるのか」
「そういうこと。詳しいことは後で説明するけど、アイツの場合は学士って称号を対価に精霊科に栄転させられた、って名目になってるわけ」
「ここ、聞いてたよりメンドクサイね」
「当たり前。魔法国家が運営する魔法学校の総本山だもの。政治的な思惑がないわけないでしょ」
サレンは地方の農民の家の出だからか、その手の話はお伽噺でしか聞いたことがなく。
全体的に、というよりも少なくとも自分とは無縁の話だと思っていた。
(だったら、さっきの人らもそうだったりするのかな?)
ふと気になったが、それでも過ぎたことを悔やんでも仕方ない。
とりあえずチョコが何も言わないのなら、きっと気にすることではないはずだ。
(ロアに聞いても分かんないだろうし、今は入学課題を提出して、そっから歓迎会に参加するんだっけ。もうお腹ペコペコだし、美味しい料理が食べられるといいな)
今日一日、本校に来てからもサレンには休息の時間がなかった。
主に精霊関係でバタバタしてたのもあるが、なにより食料を買うお金もないのが理由の殆どになる。
(本校の学食、美味しいといいな。使えるのか分からないけど)
聞いた限り、本校では学科によって使用できる設備が変わるらしく。
ここに来て分かった限りでいえば、恐らくは派閥などの関係で全体で共有するのが難しいのだろう。
(…………最悪、シルフィに泣きついて借りるしかないよね)
なんとも情けない話だが、本校にきて餓死は流石に洒落にならない。
最悪ロアの魔力でどうにか、と考えていると。
「なんか、騒がしいわね」
「いつものことじゃないの?」
向かう先。
造形科の窓口がある建物へ続く通りから、何やら怒鳴り声が聞こえてきた。
「いくらなんでもそこまで野蛮じゃないわよ。それに、懐古派の連中は基本根暗で引き籠りだから、動き出すにはまだ時間が早すぎるし…………」
「早いって、もう夜なんだけど」
「アイツらにとっては夕暮れ後は早朝みたいなもんなの」
どんな理屈なんだとサレンは呆れていたが、近づくにつれて怒鳴り声の正体が判明した。
「なに…………これ…………」
そこにいたのは大勢の人間。
そしてそれらの数倍はあろうかと見紛うほどの荷物を積んだ、巨大な荷車だった。
「やられた」
無意識に出たのだろう。
チョコはそっと呟き、そして一目散に駆け出した。
「ちょ、なにどうしたの!?」
「いいから急いで!」
入学課題を知らされた時か、それ以上か。
とにかく尋常じゃない焦り方を前に、サレンは慌ててチョコの後を追う。
そして数分ほど走ったところで、ガギリと奥歯を嚙み締めるチョコが立ち尽くしていた。
「なんかやってるね?イベント?」
「…………審査よ」
「え?」
訳が分からず尋ね返すサレンへ、チョコは最悪の事実を伝える。
「造形科の連中は、一作品を除いて自分の作品を学校の敷地内で保管することを禁じてるの。歴代の作品を保管してるから場所がないし、何の魔法が施してあるか分からない作品を放置するのは危険だからね」
そして、チョコは続々と続く巨大な荷を積んだ荷車を眺めながら顔を顰めると。
「作品の大きさは人によって違うし、今回は規定がなかった。こういうサイズに制限がない時は、作品が展示されてる場所に審査員が赴くか、こうやって運搬用の魔法具を使って運ぶしかない」
「これ、全部そうなの?」
夜目が効くサレンでも端が見えない長さ。
恐らく並んでる生徒の数は十や二十では済まないほどで、作品らしき荷物は一律で大きい。
抱えられる程度の大きさのサレンの作品では、恐らく全体の装飾にしかならない規模だ。
「普通は設定したスケジュールに従って審査する。でも今回は、提出した後で審査することになってたはずで、この大きさを置いておく場所が敷地内にはないわ」
「…………え?」
「つまりは、持ち込んだ順番で審査して、名前を確認して提出を把握してる」
「え、待って。じゃあ、これから課題を出そうと思ったら…………」
「最後尾に並ぶしかない」
提出すれば合格になる課題を、敢えて提出した瞬間に審査せざるを得ない大きさで作成する。
これが他のコンクールなどのイベントなら意味があるが、これはあくまで本人の実力を推し測るための学校行事。
意図的に大きくする利点はなく、運搬費用がかかって逆に損をする形だ。
だが唯一、明確に得をする人間がいる。
「こいつらの狙いは、サレンを物理的な時間切れにして退学させること。市場に出回ってるオオヅノガガリの角を買い占めたのは、素材獲得を困難にさせるだけじゃなくて、妨害できるだけの規模の作品を作らせる時間を確保することだったのよ」
「…………」
それは、サレンの退学を望む者。
つまりそれは、精霊と契約した生徒を排除したいと望む者たちだ。
「やられた…………!道理で『鵂』の連中がアタシらの居場所を知ってたのも、アタシらの到着が早くなるのを見越して誘導してたってわけ!?」
「い、急いで並ばないとっ!」
「意味ないわよ。どうせコイツら、適当な理由をつけてギリギリで時間切れにするわ。この状況ができてた時点で既に詰んでる」
課題を出すには、受付にて手渡しするしかない。
しかし、その受付には物理的な理由で到達できない。
加えて、その理由に抗議できる隙がまるでない。
(新入生全員に巨大な作品を作らせたってなると、誰かが大きい方が有利だって噂を流した可能性が高いわね。あと、オオヅノガガリの角を加工するんじゃなくて、それを作品の一部に用いさせるのも同様か。じゃないと何が主役なのか分からなくなるし)
特定の素材を使用する課題の場合、それを中心とするか全体の一部とするかで派閥が割れる。
あくまで作成者の趣味趣向の話なので、示し合わせたように揃うことは本来は考えられないのだ。
誰かが裏で糸を引いてない限りは。
(素材が素材だから動物科は確定でクロ。鉱石関係も同じだから地質科と、ううん植物科も含めた自然派全体でサレンを潰そうとしてる…………?)
派閥同士の関係は険悪だ。
各々が己が究める魔法を至高と捉えているので、必然的に他の学科を下に見ている。
同じ派閥でも起こるそれが、派閥を隔てれば結果は見なくても分かること。
だが、この規模の輸送を行おうとすれば、周辺の警護のための人体科が出張ってくるはずだ。
多くの生徒を魔法防衛局に送り込んでる彼らは、他の学科による秩序の乱れを嫌う。
その取り締まり、ないし嫌がらせがない時点で彼らが計画に加わってるのは明確だろう。
(派閥同士で手を組んでまで追い出したいとか…………いったい、精霊に何が隠されてるわけ?)
精霊を忌避する意識はチョコも認める。
魔法使いにとって、精霊は禁忌の象徴だからだ。
だけど、ここまでやるのは余りにも異常すぎる。
少なくとも、この反応はただ嫌いだけでは説明がつかない。
「必死だね。彼らにとって、君は余りにも怖いらしい」
柔らかい声。
どこか艶を帯びた音に、サレンはふと振り返ると。
「やぁ、初めまして。僕の名前はユダ・アルゲスタ。サレンさん、で間違いないよね?」
金髪翠眼の男だ。
社交場にでも赴くのかと思うような礼服にローブ、首には朱色のペンラントを下げ、片耳には同色の耳飾りを。
手には一振りの杖が握られ、もう片方の手を胸元に当て深々とサレンに頭を下げている。
(…………アルゲスタって、確かラシェトの)
ここに到着してから暫く会っていない学友の顔を思い浮かべる横で、チョコは己の魔法具を展開すると。
「何の用?」
これまで一度も聞いたことのない。
不信と警戒の混じった、敵意を剥き出しにした声でユダを睨みつける。
「チョコ先輩、この人って誰なんですか?」
「天体科の第一席」
尋ねるサレンに、チョコはこう付け加えた。
「魔法学校本校にいる第一席の中で、今最も『導師』に近い男よ」




