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地面を転がされたサレンは、視界の先でそれを見た。
「…………あ」
宙を舞い、緩やかに落下するサレン手製の彫刻と。
それが地面に激突し、粉々に砕け散る様を。
「見事、としか言いようがないな
「あーあ。綺麗に真っ二つになっちゃって」
「『…………』」
束縛された状態で体勢を確保できたシュラとチョコと違い、サレンは思いっきり顔面から倒れこんだ。
そして、その手には完成したばかりの彫刻が。
絶対に手放さぬように、丁寧に丁寧に抱きかかえられて、いた。
「おやおや、これはまた珍妙なものを。精霊科というところに属する者である以上は仕方ないのかもしれませんが、やはり美的感覚が劣るようですね」
「いや、それはサレン個人の問題だから」
「しかしながら、壊れても問題ないでしょう。なにしろ、壊れていなかったとて提出はできないのですから」
満足げに語る『鵂』の人物は、冷ややかな視線をサレンへと向けると。
「それにしても、あぁなんて醜い。基礎の基礎も満足にできていない状態で、よくもまぁ本校へと進学したものですね」
「…………ぇ」
そこでようやく、サレンの様子が変わっていることに気が付く。
そして。
「おやおや、いかがなさいましたか?」
「てめぇ何してくれてんだぁぁぁあ!?」
ガチギレした。
余りにも見事な激怒具合に、仲間であるはずのシュラとチョコですら呆気に取られてしまうほど。
それは芸術的なまでに完成された、既視感しかない激怒だった。
「せっかく、せっかくオレが苦労して作って、売ったら高値になるって言われてたのに、それでも退学になるくらいならって思ってたのに!テメぇマジでふざけんじゃねぇぞ!!」
目尻に涙を溜めながら怒号を撒き散らした直後、サレンの体が純白の光に包まれ。
「いい加減!ここに来てからずっと!なんか訳の分かんないルールだの伝統だのに巻き込まれまくって!オレを呼んでおいて追放するとか、だったら最初から呼ばなきゃいいだけじゃねぇか!!」
それはそう、とチョコは至極真面目に同意する。
「それが、それでも!なんとか我慢して、せっかく本校に来たんだからって思いで堪えて、チョコ先輩とシュラさんに助けてもらって!それでどうにかっ、どうにか課題を出せるって思ってたのに!!それを、他でもないオレの目の前で壊すってのはどぉいう了見だぁ!?あぁ!?」
「───────や、それは」
「喧しい!!」
一撃だった。
三人を縛っていた拘束魔法が再びサレンを縛った途端、その魔法があっという間に粉々に砕ける。
「…………」
「えぇ…………」
チョコだけでなく、割と冷静沈着なシュラまでドン引きしている。
その近くで優雅に肉球を舐めていたロアは、満足したのかサレンの足元へと近づく。
「『鵂』だか糸屑だか知らねぇけど、本校と関係ねぇなら遠慮もいらねぇってことだろ?つーか、この際テメぇがどこの誰だろうか知ったことか!オレの自信作を破壊した恨み、今ここで晴らさねぇと気が済まねぇ!!」
「…………自信作、だったんだ」
調子に乗って揶揄ったチョコだったが、今後は控えておこうと心に強く命じつつ思う。
(サレン、基本的にいい子なんだろうけど、一度着火すると延々と燃えてるとか。どことなーく奴にそっくりなのは気のせいよね?)
今、この場に彼がいないことに最大限の感謝をしつつ、チョコは意識を現実へと戻す。
「ま、待ちたまえ!というよりも、なんでこちらの魔法が効かない!?」
「んなチャチな魔法で、このオレが止まるかぁ!!」
拘束魔法。
恐らく原理はどこかの教義を元にした、史実ベースの再現魔法。
いわゆる『原典』ではなく、人が人のために整備した魔法だ。
手順は三つ。
対象を捕捉し、杖についた鐘を振るい、対象へと手を向ける。
鐘にはクラッパーと呼ばれる音を鳴らす部品が備わっておらず、恐らくはそれ自体が構築要素の一環なのだろう。
無音の鐘を鳴らす、と言えば恰好がつくうえ、なにより敵に察知されずらい。
(とはいっても、史実ベースの魔法って『原典』から派生した魔法より精度が落ちるから。この国の魔法使いは使いたがらないんだけど…………)
チョコの魔法とて亜流ではあるが、その本質は精霊由来の魔法だ。
魔法具はあくまで魔法の補助であり、魔法を成立させる要素ではない。
(コイツ、別の国出身の魔法使いね。それも任期が浅い素人当然。そうなると…………)
『鵂』とサレンの戦況は、もはや成立してすらいない状態だった。
拘束魔法は一秒すら時間を稼げず、互いに手を伸ばせば届く距離にいる。
「───────そこまでにしよう」
やはり、来た。
予感が現実となったチョコは、即座に魔法具を起動させ拘束魔法を素早く解除した。
「だれ、アンタ?」
第三者の介入。
頭に血が上っているサレンは、しかしそれでも足を止め名前を尋ねた。
「ツグモ。こう見えて、魔法組合抗争仲裁委員会『鵂』の委員長を任されている身でね」
ツグモと名乗った男は、拘束魔法を扱う人物と同じ服装に身を包んでいる。
性別は男。
眉にかかる長さの黒髪と縁の細い眼鏡、指穴の開いた手袋から覗く指に彫られた刺青。
背丈はサレンと同程度で、全体的に細く筋肉を感じさせない。
「こちらの彼はシエナラ。訳あって数日前から『鵂』に配属になったばかりでね。少し教育はしたんだけど、まだ少しやる気がありすぎるみたいなんだ」
「…………」
穏やかな、人のよさそうな笑み。
ツグモは丁重に謝罪をしながらも、一度たりともサレンらに向けた視線を外そうとはしなかった。
「今日のところは退散しよう、シエナラ。彼らの相手をするには、今の君では些か実力不足だ」
「…………畏まりました」
「オイ、待てよ」
刀に手を触れた状態のシュラは、思わずサレンのほうを見遣り驚く。
「こっちはそっちの勝手で邪魔された挙句、入学課題を破壊されたんだ。一言謝って終わりとか、そんなのありえねぇだろ」
緊張が走る。
シュラもチョコも、シエナラが新米だと分かった時点でツグモの登場は予測できていた。
なにしろ彼は、自らの手で新人教育を行うことで有名だからだ。
そして、それ以上に。
ツグモという存在だけで、『鵂』という組織の中立性が保たれていると評価されるほどの人物。
その彼が、他でもない精霊科に干渉するという行動を把握できていないわけがない。
「…………なるほど。確かに、元造形科であるサレンの言う通りだ」
名前を把握されている。
その事実に驚くサレンを前に、ツグモは無防備のまま両手を掲げると。
「なら、一撃だけ。君の攻撃を僕が受けよう。それで解決という形で構わないかい?」
「…………正気?」
「至ってね。シエナラの過ちは、上司である僕の責任だ。罰を受けるのが僕なのは当然じゃないかい?」
感覚的にサレンは分かる。
(『ロア』)
(『盟友の感じた通りだ。この男、これまで会ってきた誰よりも、圧倒的に危険だ』)
例えるなら猛毒の生物が住まう容器に手を突っ込むような。
考えずとも、体の五感がツグモを危険だと強く警鐘している。
「…………いや、いい。そこまでされたら、これ以上は私が悪くなるから」
神霊外装を解き、霧散する魔力を感じながらサレンは口を尖らせ言う。
「でも、二度とこんなことはさせないで。課題を作り直すのは変わらないんだから」
「もちろん、二度とないよう周知を徹底するよ」
ツグモは和やかに笑うと、まるで煙に巻かれたかのようにシエナラと共に姿を消す。
残されたサレンら三人と一体は、更なる来訪者が来ないことを確かめてから大きく息を吐くと。
「…………じゃ、ひとまずサレンは課題の作り直しね」
改めて残された事実に、サレンは思わず天を仰ぐのだった。




