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サレンが入学課題に取り組んでいる頃。
「…………」
「いい集中力ですね。その調子ですよ」
シルフィもまた、植物科の入学課題を受けている最中だった。
試験の内容は至ってシンプル。
自らの魔法で咲かせた植物を、与えられた鉢植えの中で維持すること。
特別な妨害も地形操作もない、植物科の学生なら誰でも行える基礎的な訓練だ。
「…………あっ」
「二十と七分。まずまずといったところでしょうか」
ただし。
植物科の『導師』の魔力に晒されていることを踏まえるなら、この試験は余りにも難解すぎるものだった。
「やはり、残ったのはシルフィさんだけですか」
植物科の生徒は約百名。
その殆どが既に失格となり、指定された座席でロマニアと話すシルフィの様子を眺めている。
「どうです?思いのほか、拍子抜けしたのではないですか?」
「…………そんなことは、ありません」
一輪の薔薇を咲かせる。
たったそれだけのことではあるが、それ以外のことをしないようにとすると途端に難易度が上がる。
「ご謙遜がすぎますね。先に失格した者たちの殆どは、いわゆる内部組に区別される集団です。その彼らは早々に脱落し、外部組である貴女だけが今も試験を継続できている」
「…………性質の、違いです」
「ほぅ、面白い観点ですね」
絶え間なく話しかけてくるのも、恐らくはロマニアの策略の一つなのだろう。
事実、シルフィは意識を最大限に注ぎながら、ロマニアとの会話を成立させるため思考を強く巡らせている状況にある。
「私の魔法は、『薔薇』を咲かすのではなく、『薔薇』が咲く環境を生み出すことにあります。それ故に場所を問わず、あらゆる外的要因に強い性質を備えてる。なので、この手の試験と私の魔法が相性がいいのです」
「なるほど。つまりは、こちらの妨害では意味がないと?」
「そうではなく、向き不向きの問題です」
そして、ロマニアの魔法はシルフィの実質的な上位互換。
これが試験でなければ、恐らく数秒も耐えられないほどに強力な魔法だ。
(お話はかねがね聞いていましたが、『導師』との間にここまでの差があるとは…………)
手加減をしているとはいえ、ロマニアの魔力に耐えられるだけシルフィは上澄みなのだが。
それ以上に、目指すべき高みへの距離の遠さに、どうしても眩暈を覚えてしまう。
(…………いえ。今は辞めておきましょう。優先すべきは入学課題を突破し、サレンちゃんの様子を伺いに行くことだけ)
既に別れて半日以上。
きっと入学課題の存在は把握できていても、具体的な行動はできていない頃合いのはず。
(案外、すぐ友達ができてたりしてそうね。サレンちゃん、あんな感じだけど普通に社交的だし)
サレンが知る由もないことだが、サレンはあぁ見えて分校での顔見知りが多かった。
親友であるシルフィはその関係に心配していたが、存外対等な間柄を構築し、それなりの関係を維持できていたと思っている。
(それよりも心配なのは、サレンちゃんの美的感覚なのよね…………特別おかしいってわけじゃないんだけど、造形科を目指してた割に立体物に拘りがないっていうか…………魔法の発動だけで精いっぱいだったから仕方ないんでしょうけど)
シルフィは知っている。
サレンは知識こそあるが、技術があるわけではないということを。
具体的に言うのなら、手先の器用さにあまり恵まれていないことを。
(…………精霊科の人たちに指摘されて、一人で落ち込んでないといいけど)
そんなシルフィの杞憂は、まさに現実となってサレンを襲っていた。
「…………なんか、形おかしくない?」
「歪だな」
「うるさいなぁ。仕方ないでしょ、私こういうの苦手なのよ」
できあがったロアの彫刻は、遠目で見れば虎と分かる形はしていた。
だが、近くで見たそれは溝の深さや幅が不均一で、とある角度から眺めると明らかにバランスが崩れている。
精巧に作ろうと集中した結果、他の要素をおざなりにしたのが要因なのだが。
できる限りの努力をしたつもりのサレンからすれば、チョコとシュラの指摘は面白いものではなかった。
「見ての通りで、私の魔力量じゃポンポン造形魔法とか使えないし。発展させられるほどの魔力量もないから特別なことはできないし。だから、こういう実技は苦手ってだけ。文句ある?」
「まぁ、別に。文句はないんだけど」
チョコはそう言いながら、チラリと視線を斜め下に向ける。
するとそこには、完成度の低さに落ち込む精霊ロアの姿があった。
「『…………そうか、盟友には小生はこう見えているのか』」
それは見事に肩を落としているロアがいるので、チョコは内心少しだけ同情していた。
少なくともロアはサレンを慕っていて、きっと見事な彫刻を作ってくれると信じていたのだろう。
事実、そういう信頼関係があることは、第三者であるチョコの目から見ても明らかだった。
「だぁぁぁあ!もう、いいでしょ!そんなに落ち込まなくたって、実物が目の前にいるんだから誰も過小評価なんてしないわよ!!」
「『…………それを言い出せば、あらゆる芸術品の意義を失うと思うが?』」
「それはそれ!これはこれ!とにかく、提出期限に間に合わせればいいんだから、ちゃんとしたものは後で作るから!」
些か雑で歪な彫刻を担ぐと、サレンは足早に広間を去ろうとする。
既に時刻は夕方。
まだ数時間しか経っていないうえ、提出期限は明日の明朝まで。
この短期間で完成させたと思えば、サレンの作った彫刻も幾分か言い訳の余地があるかもしれない。
「全員、止まれ」
だから、チョコだけでなくシュラですら接近に気づけていなかった。
「チッ、また厄介なのが…………」
「…………だれ?」
サレンら魔法学校の制服は、暗めの寒色系をベースとしたデザインの制服をしている。
だが、目の前にいる人物はその真逆。
汚れ一つない、まさに純白と呼ぶに相応しい軍服に包まれていた。
「魔法組合抗争仲裁委員会、監査官『鵂』が何の用だ?」
サレンの疑問に答える形でシュラが問い、行く手を遮る男が恭しく頭を下げると。
「善良なる市民から通報を受けまして。ここら一帯に生息する飼育生物を、あろうことか無許可で討伐し解体したと。それで、我々『鵂』が出張ったわけです」
「…………ざっくり言えば、完全中立の治安維持組織のことよ。各国から集められた魔法使いで構成された一派ってわけ」
「優秀な、と付け加えてもらえると嬉しいのですが」
その人物は深々と頭を下げ、次の瞬間には一振りの杖を握っていた。
「我々『鵂』に与えられた役割は魔法使い世界の秩序と安寧。要するに、出過ぎた杭は打たれるべき、というわけです」
「それで、人体科に媚び売ってアタシらの邪魔しに来たってわけ?優秀なわりに手段が小物すぎない?」
「生憎と、これは魔法使いとして当然の義務ですよ。なにせ、序列持ちの精霊など干渉どころか接触を試みるだけで大罪ですから」
やる気だ。
サレンが闘気を漲らせるより早く、『鵂』の一人はこう嘯いた。
「随分と悠長ですね?まさか、何も策もなく姿を晒したとお思いで?」
「えっ!?」
途端。
サレンの体が自由を失い、手足に強い圧迫感を覚え地面に倒れる。
「な、なにこれ!?」
「捕縛魔法。あぁ、無理に解こうとしないでください。それは藻掻くほどに激痛が走る仕組みですので。それと、こちらの目的は皆様方をここに留めることだけですので」
『鵂』の一人はそう告げ、改めて深く頭を下げた。
「どうかこのまま、夜明けを迎えてくれれば。これ以上の危害は与えませんので」




