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オオヅノガガリの皮を剥ぎ、骨に沿って肉を捌き、血を抜きつつ臓器を取り出す。
それら一連の作業の合間、サレンは唸りながら巨大な角と向き合っていた。
「サレン、まだ決まらないわけ?」
「…………こう言うのもなんだけど、私って自由創作って苦手なんだよね。こう、お題が指定されてる方が得意というか」
「条件が広すぎて決められない、というわけか」
「シュラさんの言う通り」
妖刀、と呼ばれた刀で解体作業をしている光景は、どことなく居心地が悪いとサレンは感じてしまう。
それに気を取られていると思ったのか、チョコは呆れた様子で魔法具から手を離すと。
「ほら、ちゃっちゃとやんなさい。せっかく邪魔が入らないんだから、ここで完成させて運び込めば課題は達成されるんだし」
「そうはいっても、急に作れるほどのテーマがないっていうか…………」
「アタシが言うのもアレだけど、サレンよく造形科に進もうと思ったわね。初めて聞いたわよ、創作活動が苦手な造形科の魔法使いなんて」
全く以て正論なのだが、生憎とサレンにはこれといった動機がなかった。
大前提として、サレンが魔法を修める理由は大金を得る為である。
そして芸術とは、その大多数がお金にならず娯楽として消費される。
そうした面で言うならば、サレンと造形科の最悪で。
なまじ知識だけはあるので、テーマを指定されれば力を発揮できるのが事態をややこしくしていた。
「じゃあもう、精霊でいいじゃない。オオヅノガガリの角を加工して、ロア?でいい?ロアの彫刻を作る。精霊科の人間なんだから、それくらいしたって許されるわよ」
「…………受取拒否とかは?」
「流石に、そこまではしないでしょ。絶対とは言い切れないけど」
万が一を考えるなら、普通で当たり障りのない、ごくごく普通の造形物を作るべきなのだが。
生憎と、いくら考えたって他にアイデアが出てこないのもまた事実だった。
「……………………分かった。それでいく」
「了解。こっちはオオヅノガガリを解体してるから。肉は今晩の歓迎会で消費するとして、革と骨、使わなかった角あたりは結構な値段で売れるし」
「売れる?」
被せ気味に尋ねられたからか、チョコはやや引き気味に驚くと。
「えぇ、野生のオオヅノガガリは人工繁殖された個体よりもストレスが少ないからって、各素材の質が高くなる傾向があるのよ。とはいっても、ここらへんにいるのは昔誰かが飼ってた個体が逃げ出したものだし、完全な天然モノとは呼べないけどね」
サレンは思わず、造形物を限界まで小さくすれば端材を打って金銭にできるのでは?と本気で考える。
だが、そんな考えを見透かすようにシュラが遠くからこう告げた。
「念のため、入学課題は大きく作るべきだ。万が一、秘密裏に処理されれば提出不備になりかねんからな」
「…………はい」
思ったようにならないな、と思いつつ、ロアの魔力を借りつつ工作を進めていく。
オオヅノガガリの角自体の強度は高いが、魔力を介しての加工ができないほどではない。
木の幹を掌で剥くような感覚で進めていく間、ふとサレンはあることに気が付いた。
「思ったんだけどさ、これ襲撃された困らない?」
「なんで?」
「なんでって…………森の中って言っても見晴らしのいい広間だし、そこそこ奥地だから目撃者もいないだろうし。私を本気で退学にさせたいんなら、私を襲って怪我させたほうが楽かなって」
似たことを分校時代にラシェトにされたのだが、正式な手順を踏んで行ってるだけ随分とマシなのだろう。
実際、サレン一人のために全体の課題を変える連中が、サレンを直接攻撃してこないのは違和感があった。
すると、チョコとシュラは一瞬だけ視線を交えると。
「ま、だからこそなんだけどね」
「知らぬのなら、それが一番だ」
「…………?」
意味が分からないサレンは足元のロアに視線を向けるが。
「『思うが、小生はもう少し勇ましい顔立ちではないか?』」
一ミリたりとも興味がないのか、サレンの作る彫刻に口出しをする始末だった。
(…………私の考えすぎなのかな)
もしかして警戒しすぎかも、とサレンは顔を振って思考を切り替え。
急ぎ入学課題を進めるべく、完成へと神経を集中させていく。
そんな三人と一体がいる場所から、おおよそ十キロメートルは離れた位置。
厳密には距離の定義づけが甘く、徒歩であれば数分で到着できる位置に彼女はいた。
「やっぱりいた」
「あ、ホムラさま」
フードの奥に焦茶色の髪を覗かせながら、精霊科の一人であるホムラは学友であるライネに声をかける。
「たかだか新入生一人のために『友達』を動員するとか、ライネもお人好しがすぎるんじゃない?」
「え、えへへへ。そんなことは、ないと思いますけど…………」
ホムラの皮肉が通じていない時点で十分すぎるのだが、生憎と彼女にそれが通じないのは分かり切っていることだった。
(むしろ気づかないでいてほしいけどね、ぶっちゃけ)
黄緑色の癖の混じった髪に、使い古された革製のバック、ハンチング帽と制服の下に来ているセーターはどこか山歩きを趣味としている者を連想させた。
背丈はホムラより一つ低く、童顔に加え舌足らずの言葉遣いは他人の庇護欲を刺激する出で立ちをしている。
「見たまんまだとは思うけど、怪我は?」
「だ、大丈夫です。ウチの『友達』は優秀、なので」
「でしょうね。それにしたって…………」
二人が話しているのは、数分前まで森だった場所。
木々が生い茂り、真っすぐ歩くことすら困難な森林地帯だった空間だ。
だが今は、それら全てが完全なる更地と化しており。
武器を携帯した制服姿の男女が、呻き声を上げながら地面のあちこちで転がっている。
「ライネにしては派手にやったね」
「できることなら、もっと、穏便に解決したかったんですけど…………その、強く脅されてしまったので…………」
それなら仕方ないと、ホムラは彼らに対する同情を即座に引っ込める。
精霊科に関する鉄則は三つ。
近づかない。
関わらない。
直接は喧嘩を売らない。
間接的な嫌がらせ、特に犯人が分からないようなものであれば止めるどころか推奨する輩もいるが。
大抵の場合、分からない程度の嫌がらせに屈するほど行儀はよくないので意味がない。
なので必然的に、狙いやすいところから攻撃していこうと考える馬鹿も出てくる。
そして、狙われるのは一番弱そうで無害そうに見える人物。
すると、吸い寄せられるようにライネだけが狙われるのだが。
「馬鹿よね。ライネ、普通にやったらシュラより強いのに」
「そそそ、そんな!?そんなことはないですよ!?」
「人体科の魔法使い三十人を無傷で無力化してる時点で説得力ないから」
あぅあぅと涙目で否定しようとするライネを他所に、ホムラは遠くから感じる魔力の余波を探知する。
「い、意外です。あのクアムさまも出張るなんて」
同じものを感じ取ったのか、ライネが驚いた様子でそう呟く。
「どうせトアに誘われたんでしょ?あの人、強く押されると断れない性格だし」
「いい人、ですからね。少し申し訳なくはなりますけど…………」
「だからって巻き込まれたら、それこそ困るのライネじゃん。いいんだよ、あれでも上手くやれてるんだろうから」
そこで強く主張してこない辺り、ライネとてホムラの言いたいことは理解できているのだろう。
二人は近くに人がいないのを確認してから、サレンたちに顔を見せることなく学舎へと戻る。
「そ、そういえば…………」
その道すがら、ライネは思い出したかのようにホムラにあることを言った。
「今日の試験会場に、『鵂』が出たみたいです」
「『鵂』が?」
サレンが精霊を開示した時でさえ驚かなかったホムラは、ライネの言葉に本心から意外だという反応を示した。
「サレンさまの件といい、何かあるんです、かね?」
「さぁ。偶然じゃない?もしくは今年はいることがバレちゃっただけか」
「あ、その可能性もありますもんね」
「気にするだけ時間の無駄。どっちみち、こっちには関係ないんだし」
どこか棘のある言葉を発しながら、ホムラは鬱陶しそうにこう呟いた。
「…………ほんと、人間ってくだらない」




