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刀身が鞘から覗かれた瞬間、サレンは反射的にシュラから距離を取っていた。
「へぇ、分かるんだ」
感心した様子のチョコに構う余裕すらなく、サレンはびっしりと冷汗を浮かべながら半身に構える。
「平気よ。それは確かにヤバいけど、少なくともサレンに危害が及ぶことはないわ」
「…………分かった」
禍々しい。
そう形容する他ない異質さが、僅かな隙間から覗く刀身を中心に空間を歪めているように感じる。
「『妖刀の類か』」
代わるようにして。
いつの間にか元の大きさに戻っていたロアが、その正体を一言で看破する。
「精霊ってそんなことまで知ってるのね。いや、別にバカしてるわけじゃなくて、単純に人間が作ったものに興味がないと思ってたから」
「『そういう在り方の精霊もいる以上、小生は肯定も否定もできんな』」
端的にロアはそう返すと。
「『その刀、なかなかの曰く付きと見るが?』」
「察しの通りよ。おかげで、シュラは魔法が使えない体になってる」
「…………え?」
先ほどの移動。
サレンはその際、僅かながらロアの魔力を借り受け身体能力を強化していた。
そして、恐らくチョコも同様だったはず。
(…………嘘、でしょ?この人、生身で肉体強化した魔法使いと同じ速さで動けるわけ?)
単純な身体能力だけでは説明のつかない速さ。
もはやそれは、ある種の祝福に似た呪いだ。
「とにかく、トドメはシュラに任せて大丈夫だから。サレンは陽動と、隙を作る崩しを任せるわ」
ここでやっと、この状況がサレンのことを想ってのことだと思い出す。
サレンは一つ息を吐き、両手で頬を軽く叩いてから。
「分かった。必ず隙を作るわ」
「そんな気合入れなくても、シュラがいるから成功するわ。それにアタシもいるわけだし、ドンとやっておいで」
差し出された拳に自らの拳を重ね、サレンはオオヅノガガリへと姿を晒す。
「『平気か?』」
含みの無い問い。
真っすぐ向けられた視線に、サレンは思わず苦笑いを浮かべると。
「ぶっちゃけて言うなら、割とギリギリかな」
入学初日から、サレンの身の回りで様々なことが起こり過ぎた。
精霊の露呈、『導師』の襲撃、精霊科への転科、曰くつきの先輩たち。
どれも単体でも重たい議題が、サレンの納得を待たずして次々と進んでいくのだ。
抵抗することも、自らの意思で進むこともできないまま、ただただ力不足を痛感させられるだけの時間。
それは想像するよりもずっと辛く、サレンにとってストレスでしかなかった。
無論、そうなることを予見できていなかったわけではない。
だけど、予見できていたからといって、全てに耐えられるほどサレンは特別じゃない。
「…………でも、手ぇ貸してもらってるんだ。無様な姿は晒せないでしょ」
だからこそ、サレンは嘯くように獰猛に笑った。
爛々と輝くサレンの瞳は、オオヅノガガリの警戒心を一気に跳ね上げる。
「───────!」
咆哮。
ヘラジカに似た巨躯を震わせ、オオヅノガガリは蹄で地面を抉りブルルと息巻く。
「やるぞ、ロア!」
「『承知した』」
手が湿り、脚が僅かに重い。
頭蓋の頂点から足元まで、走るように悪寒が覆う。
「『鳴山震谷、泰山齎破』!!」
途端、サレンの体は純白の光に包まれた。
短く揃えられた黒髪は白に染まり、服装もまた制服からチーパオへ。
頭部には一対の髪飾りを、閉ざし開かれた瞳は眩い白光を帯びて輝く。
「…………すっご」
その姿を見たチョコは、思わず役目を放棄しかけていた。
(ロアって名乗った精霊、確かに凄い魔力量を秘めてるなって思ってた。でも、ぶっちゃけあれくらいだったら『席』レベルの魔法使いと同じくらい。だから、禁忌って呼ばれてる割に大したことないなって思ってたけど)
歴史科に属していたチョコは、精霊に関する知識をサレン以上に有していた。
なにしろ、魔法の歴史は精霊との歴史。
必然的に、歴史を学べば精霊にも詳しくなることができる。
だから、チョコは侮ったのだ。
いくら精霊とて、所詮は過去の遺物だと。
(…………違う。あの精霊の本質は、内部に備えた保有魔力じゃない。世界そのものから魔力を集め、契約者に流し込む力。言い換えれば、魔法の本質そのもの)
魔法とは世界に存在する奇跡を、魔力を介して行使する技術。
かつて精霊から授かった力は、今となっては人間の手で自在に扱えるようになった。
それ故に人間は精霊と袂を分かち、次第にその存在は記録にのみ残されることになったのだ。
(『原典』より近い、ある種『原点』とも言える存在。こんな力を人間が扱えるんなら、そりゃ禁忌に指定されるわけよね)
動く。
嘶きと共にサレンへと突進を開始するオオヅノガガリ。
その速度は緩やかなものだが、巨体が伴うと途端に脅威度が代わる。
「サレン!?」
対して、サレンは動かない。
あろうことか棒立ちのまま、迫るオオヅノガガリを静観している。
「ちょ、あの子なにして───────」
「案ずるな」
咄嗟に飛び出ようとするチョコを、シュラが片手で制する。
「この勝負、既に決している」
「…………それって」
どういうこと?
そう尋ねるより早く、角を使った薙ぎ払いの一撃がサレンを巻き込んだ。
「はぁ!?」
止めた。
片手一本。
腰を落とさず、膝を曲げず、上半身に力を込めたわけでもない。
ただ、近くにある私物に手を伸ばすくらいの気軽さで。
木々すら容易に薙ぎ払う一撃を、サレンは難なく受け止めていた。
「言った通りであろう?」
ぶわり、と。
サレンは掴んだ角をそのまま、片手だけでオオヅノガガリを宙へと浮かす。
「今のサレン殿であれば、気遣うまでもないと」
「シュラ!!」
サレンからの合図。
それを聞くよりも速く、シュラは木陰から飛び出す。
「───────壱ノ太刀、柳」
空中を駆けあがり、抜刀。
その一撃は、一番の近くのサレンですら目視できず。
「…………やっば」
感嘆と共に、オオヅノガガリの首が胴と一対の角から別れていたのだった。




