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「オオヅノガガリは最大で五メートルにもなる大型の草食獣。一番の特徴は体躯の半分を占める巨大な一対の角。大きくて硬くて重いから、当然それを支える首も異様に発達してる。ぶっちゃけ、思いっきり振り回したら木々を薙ぎ払えるくらいにね」
街から本校の敷地内へと戻る道すがら、チョコの説明は続いた。
「その代わり機動力は低くて、警戒心も低い。元々野生だった個体を飼い慣らせるくらいだし、近づくのはできると思う。だけど、危害を加えんとする敵意には普通に敏感」
「なら、奇襲で倒すとかはできない?」
「無理でしょうね。それと、敬語!アタシもシュラも嫌がらないから辞めていいわ。むしろ気になるから使わないでほしいくらい」
「同感だ」
れっきとした先輩、しかも片方は『学士』を有している魔法使いだ。
なので自然と敬う気持ちを持っていたのだが、そう言われた手前拘るのは違うとサレンは判断する。
「なら、ちょっとずつ辞める。でも普通に混ざるかもだから」
「サレンって思ってるより細かいのね。そんなこと気にしてたら、普通に禿げるわよ」
「イグニア殿が最たる例だな」
「アイツは別。っとに、助手を雇うなり、仕事を分散するなりしろって言ってんのに。サレンも困ったらすぐ相談しなさいね。抱え込まれて自滅されるのが一番困るんだから」
先ほどあった精霊科の担任、の話なのだろうが。
生憎と、サレンの中では事務的な話しかしない大人、という印象しか残っていない。
「じゃあ、これから野生のオオヅノガガリを倒すってこと?」
「素材が買い占められてる以上、それしかないわ」
チョコとシュラが選んだ方法。
それは本校の敷地内、未定義地域に野放しにされているオオヅノガガリを倒し、その素材を入手するというもの。
未定義地域は広さすら定まっていないため、恐らく誰一人として具体的な範囲を知らないはずだ。
下手すれば平地から一転して山脈、洞窟、海辺など、誰かが定義し放置された区域と遭遇する可能性だってある。
当然、それらが一か所に留まっていることはなく、恐らくは完全なる乱数で入れ替わり続けているのだろう。
それらの中からオオヅノガガリが生息する区域を探し出し、討伐し、素材を回収して課題を作成。
「時間、足りる?」
「楽勝ね」
そんなサレンの杞憂を、チョコは一言で否定する。
「アタシの魔法は解析。で、これはアタシの思考を最適化し、アウトプットした代物なの。さっきからやってるみたいに魔力から情報を収集して、分析。ほしい情報だけを拾い上げて入手することができる。だから、サレンは何も心配しなくていいわ」
ゾワリ、と。
サレンの目からでも分かるほどに、チョコの纏う空気が一変する。
「この手の奪い合いで、アタシが後れを取ることは絶対にないわ」
既に魔法に意識を集中させているのだろう。
先頭を走るチョコが黙り込み、変わる形で二番目を走るシュラが口を開いた。
「チョコ殿が精霊科に属しているのは、扱う魔法が先鋭的すぎたからだ」
「先鋭的?」
「その魔法具はチョコ殿のオリジナル。そして、歴史科において魔法具の自作や改造は原則的に認められていない。そうあることが、ある種の保険になっているのが主な理由だ」
歴史科の存在意義は、正しい歴史を記録し、過去にあった歴史を調査することで誤謬を防ぐことにある。
歴史は時代の流れと共に解釈が変化していくため、望ましくない形に湾曲されないよう防止。
また、歴史的価値のある史跡や文献、宝物などが破損しないよう、できうる限りの魔法を用いて保護。
客観的に、主体性を持たず、ただあるがままを残す。
そうするために、歴史科では設立時から使用された道具のみを使用する規則があるのだ。
「チョコ殿からすれば、理解できぬところなのだろう。時代と共に正しさの尺度は変わる。故に、道具が変わるのは必然だと主張し。結果として精霊科に飛ばされた」
「…………なら」
「本当に異なるのなら、除籍処分で終わる。それだけ伝えれば、サレン殿でも理解できるだろう?」
チョコの主張は正しいが、それを認めるのは前例に反する。
ただそれだけの理由で歴史科から排斥され、忌み嫌われる精霊科に来たのなら。
「理不尽じゃん」
「返す言葉もないな」
「それ、どうにかならないわけ?」
「不可能だな。歴史科は懐古派ではあるが、立ち位置的には文学科と同じ王国に近しい。由緒ある伝統は、大概にして保守的になりがちだ」
納得がいかない様子のサレンが可笑しかったのか、シュラは嬉しそうに目尻を細めると。
「なんとなく、チョコ殿が気に入った理由が理解できた。どうやら、魔法使いとしての在り方が近いようだ」
「なら、シュラさんは違うの?」
不意を突く問いだったのだろう。
一瞬だけ驚いた表情を浮かべたあと、シュラは視線を前方へと移し。
「そうであれば、よかったのだがな」
どことなく寂しい声色だ。
走りながらサレンはぼんやりとそう思い、そして見られていないことを確認してから心の中でロアに叫ぶ。
(『この人たち、ありえないくらい足が速いんだけど!?』)
(『見事な健脚だな。ついていくので精いっぱいか』)
他人事のようにロアは言うが、そのロアは姿を小さくしてサレンの肩に乗っかっている。
実質何もしていない奴に呑気に言われると腹が立つが、今はそれ以上に追いかけるので必死だった。
(勝手に親近感を抱いちゃったけど、私と違って正式な手順で本校に入学したんだもんね。そりゃ、魔法使いとして優秀なのは当然か)
三人が走るのは未定義地域の森の中。
木々の根っこでボコボコな足元を、先に走る二人は障害とすら感じない速さで駆け抜けていく。
(チョコ先輩の魔法具は宙に浮いてるから分かるけど、シュラ先輩が持ってるのって刀?だよね?確か極東の国でのみ扱われてる特異な武器っていう…………)
あくまで知識でしか分からないが、恐らく打刀と呼ばれる代物だろう。
大きさは鞘と柄を含めれば一メートル弱、鞘の色は髪と同じ紺色。
本校の制服を着て携帯する姿は、武装というより仮装のような印象をサレンに抱かせた。
(背丈は私よりずっと大きいし、厚みもあって頑丈そうな体。なんとなくだけど、脱いだらムッキムキなんだろうな)
サレンの兄たちも農作業によって体は引き締まっていたが、シュラのそれは鍛錬によって得られたもの。
だからか、精悍な顔立ちも相まって走る姿ですら貫禄がある。
(…………って、そこで張り合っても意味ないか。運動神経だけなら負けないって自信があったから、こう、私より優秀な人がいてショックだったってのもあるけど!)
基本的に、体を鍛える魔法使いは多くない。
そもそも魔法の行使に筋肉は関係なく、鍛えたところで魔法への耐性があがるわけではないからだ。
生まれついて魔法の才能がないサレンは、だからこそ誰よりも身体能力を向上させるトレーニングを積んできた。
おかげで先行する二人についていけるのだが、それがギリギリなのは正直少しだけ悲しいのが本音だった。
「見つけた」
そんな思案を遮るように、チョコの鋭い声によって前進が止まる。
そして指差した先に、目的の生物を視界に収めることに成功した。
「…………でか」
「角も立派。あれなら文句ないわ」
標的として相応しいと判断したチョコは、くるりと振り向くとサレンに視線を合わせ。
「サレンって、戦える?」
「精霊を使っていいなら」
巻き込む心配もあったが、二人なら上手く対処してくれるはずだ。
そう考え伝えると、チョコは納得した様子で一つ頷き。
「なら、オオヅノガガリの注意を引いてくれる?その隙にシュラが首を跳ね飛ばす」
「…………分かった」
一瞬、どうやって首を飛ばすのか。
刀の長さよりも、オオヅノガガリの首のほうが太いのではと考えると。
「案ずるな」
躊躇うことなく、シュラはカチンと鯉口を鳴らすと。
「あれしきならば、一刀で容易だ」
その瞬間、サレンは気が付いた。
シュラが持つ刀の、その異質さに。




